アイシン:世界トップクラスのパワートレインサプライヤー、全方位戦略で電動化の荒波を乗り越え、持続的成長を目指す
同社の競争優位性は、長年にわたる研究開発で培われた高い技術力と、製品群の幅広さにある。主力製品であるATでは、世界シェアトップのサプライヤーとしての地位を確立しており、その量産効果と信頼性が収益基盤を支えている。この強固な基盤の上で、自動車業界の電動化シフトに対応すべく、次世代の駆動ユニット「eAxle」や回生協調ブレーキといった電動化対応製品の拡販に注力している。同社の独自性は、AT、HVで磨き上げた「高効率」「小型化」の技術にあり、これがeAxleの高い競争力につながっている。また、パワートレインからブレーキ、サスペンション、車体部品までを包括的に手掛けているため、個々の部品供給に留まらず、車両全体での性能向上や最適化を顧客に提案できる点も大きな強みである。開発の初期段階から自動車メーカーと深く連携し、ニーズの本質を捉えたソリューションを提供することで、ドイツのZFやボッシュといった世界的メガサプライヤーと伍して戦える競争力を維持している。
直近の2026年3月期第1四半期決算は、売上収益1兆2,203億円(前年同期比3.1%増)、営業利益478億円(同42.1%増)と、増収大幅増益で着地した。これは、パワートレインユニットの販売台数が増加したことに加え、かねてより進めてきた体質改善活動が計画通りに進捗したことが大きく寄与した。特に競争環境が厳しい中国市場において、固定費削減などの構造改革を早期に刈り取ったことが奏功した。好調な第1四半期決算となったものの、2026年3月期通期の業績見通しは、売上収益4兆9,000億円(前期比0.1%増)、営業利益2,050億円(同1.0%増)とする期初計画を据え置いている。これは、下期にかけて不確定要素が多いとの慎重な見方によるものである。特に、米国の対中関税引き上げ政策の動向や、それに伴う自動車生産台数への影響など、地政学リスクを注視する必要があるため、現時点では大きな上振れも下振れも見込んでいない。
同社を取り巻く市場環境は、「100年に一度の大変革期」という言葉に象徴されるように、不確実性が高まっている。世界的な脱炭素化の流れを受け、自動車の電動化が加速しているが、その進展スピードは国や地域によって大きく異なる。EVシフトが先行する欧州や中国に対し、米国や日本では依然としてHVやPHVが高い人気を維持しており、この多様なニーズに対応する必要がある。こうした状況は、特定の技術に絞らず、あらゆる電動化車両に対応できるパワートレインの「フルラインアップ戦略」が生きる好機ともいえる。一方で、米国の関税政策や、eAxleの主要部品に使われるレアアースの取引規制といった地政学リスクなど、外部環境の課題も山積している。さらに、価格競争力を武器に海外展開を加速する中国メーカーの台頭も無視できない脅威であり、今後は単なる価格競争ではなく、車両全体での付加価値提案力が一層重要となる。
このような事業環境下で、同社は2030年を見据えた中長期的な成長戦略を推進している。既存のAT事業については、今後市場が縮小していくと見られるものの、競合の撤退も進むため、残存者利益を確保できる領域と位置づけている。設備投資が完了した既存事業で着実にキャッシュを創出し、それを成長領域である「電動化」と「知能化」へ再投資する方針だ。電動化分野では、HVや市場拡大が見込まれるEVにも搭載が進む回生協調ブレーキを中核に据え、競争力を高めていく。さらに、2030年以降の本格的なEV時代を見据え、EV専用のプラットフォームに不可欠な電池骨格や空力パーツといった車体製品群も新たな成長ドライバーとして育成する計画である。現在進行中の中期経営計画(2023-25年度)では、3年間で5,000億円のキャッシュを創出し、そのうち3,000億円を成長投資へ、2,000億円を株主還元に充当するキャッシュアロケーション方針を掲げている。
株主還元については、将来の成長に向けた投資を優先しつつも、株主への利益還元を重要な経営課題と位置づけ、自己株式取得や増配を積極的に実施していく方針である。PBR1倍割れが長く続いてきた状況を大きな課題と認識しており、資本効率を意識した経営を強化する姿勢を明確にしている。近年、トヨタグループによる株式持ち合い解消の一環で株式売出しが行われた結果、個人株主が大幅に増加したことを受け、個人投資家向け説明会の開催頻度を高めるなど、IR活動も強化している。自動車業界が直面する大きな変化を「リスク」ではなく「チャンス」と捉え、幅広い事業領域で培った技術力とものづくり力を武器に変革期を乗り越えようとする同社の取り組みは、中長期的な視点を持つ投資家にとって引き続き注目に値するだろう。
<HM>
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