
東急電鉄は、鉄道設備の保守業務を高度化するため、日本IBMと共同で構築した「状態保全支援システム(CBM:Condition Based Maintenance)」の運用を2023年4月下旬から開始しています。また、レーザースキャナや3D点群データを活用する「鉄道版インフラドクター」も導入しており、設備管理・点検業務のデジタル化を大きく進めています。
これらの取り組みは、同社が推進する「鉄道DX(デジタルトランスフォーメーション)」の中核を担うものです。
鉄道保守の課題に挑むDX
鉄道インフラは老朽化が進み、保守点検にかかる人的負荷や夜間作業の負担が大きな課題となっています。東急電鉄は中期経営計画の中で「安全・安心の確保」「現場業務の効率化」を重点施策として掲げ、デジタル技術の活用による運行・保守の高度化を推進しています。
状態保全支援システム(CBM)の仕組みと効果
東急電鉄と日本IBMが共同で構築した状態保全支援システムは、鉄道設備の状態をリアルタイムでモニタリングし、異常の兆候を早期に捉えることを目的としています。導入初期は、主に転てつ機およびレールを対象としており、設備の稼働データを遠隔で収集・蓄積。クラウド上でAIが解析し、設備ごとに「リスクスコア」を算出・可視化します。
この仕組みにより、経験や勘に依存していた保守判断を定量的に行うことが可能となり、作業の優先順位付けやコスト削減に貢献しています。また、現地での定期点検に加えて遠隔確認ができるようになったことで、夜間作業の削減や安全性の向上にもつながっています。IBM側の技術発表によると、CBMシステムではクラウド基盤上で稼働データを統合し、設備ごとの異常傾向をAIが自動解析する設計となっています。将来的には、対象を変電所や信号装置などにも拡大する構想が示されています。
鉄道版インフラドクターで構造物点検を効率化
東急電鉄は2021年度から、トンネルや高架橋などの構造物点検に「鉄道版インフラドクター」を導入しています。
このシステムは、レーザースキャナや高解像度カメラで取得した3D点群データと画像を組み合わせ、トンネル内壁や建築限界部の変状を自動検出・可視化する仕組みです。
従来は人手と時間を要していた点検作業を短縮し、検査日数の削減や作業コストの抑制を実現しました。点群データを活用することで、構造物の変化を定量的に把握でき、長期的なモニタリングや保全計画の最適化にも役立っています。この技術は、東急電鉄・首都高グループ・日本工営などが共同で開発したもので、大手民鉄として初の導入例とされています。
鉄道DXの深化
東急電鉄はこれらの保守DXをさらに拡張し、データ統合による運行最適化や安全性向上を目指しています。保守データ、運行データ、地理情報などを統合することで、将来的には鉄道運営全体の“知能化基盤”を構築する計画です。
同社は「現場の安全と効率を両立させるデジタル活用」を掲げ、技術伝承や人材育成にもデータ活用を広げていく方針を明らかにしています。これにより、保守分野における人材不足やノウハウ継承の課題にも対応していくとしています。東急電鉄が進める「状態保全支援システム」と「鉄道版インフラドクター」は、鉄道の安全・安定運行を支えるDXの代表的な事例です。現場の経験とテクノロジーを融合し、設備の“健康状態”をデジタルで可視化する取り組みは、鉄道インフラ維持の新しい標準を示しています。東急電鉄は今後も、運行・保守・安全のあらゆる領域でデジタル技術を積極的に取り入れ、鉄道事業の次世代化を加速していく見込みです。
レポート/DXマガジン編集部 小松
