香港科技大学(HKUST)で行われた研究によって、AIと本気で「恋人関係」になっている人たちの実態が、かなりはっきり見えてきました。
AI彼氏・AI彼女との恋愛エピソードを約2年半分集め、1700件以上の投稿と6万件あまりのコメント、さらにAI恋人と付き合っている人たちへのインタビューを分析しました。
その結果、AIの恋人は、否定される心配なく本音を話せる「安全な相手」として、気持ちを前向きにしたりする人が多く、自己肯定感が高まったと語る人もいました。
一方で、人間同士の関係が「面倒になりそうだ」と心配する声や、個人情報の扱いへの不安、「AI恋人は浮気なのか?」といった新しい倫理問題も生まれていることがわかってきました。
本命が人間ではなくAIになるかもしれない時代に、私たちはこのデジタルな恋とどう付き合っていけばよいのでしょうか?
研究内容の詳細は2025年10月16日に『Proceedings of the ACM on Human-Computer Interaction』にて発表されました。
目次
- 現実になった「AIとの恋愛」を大規模分析で読み解く
- AIと付き合っている人々のリアル
- AI相手でも「恋愛のドロドロ」とは無縁ではいられない
現実になった「AIとの恋愛」を大規模分析で読み解く

2013年の映画『her/世界でひとつの彼女』では、人間がAIに恋をする物語が描かれました。
当時は「AIと自然に話す」というのはSF世界の話でした。
ですがそれから10年あまり、現実世界でもスマホの中のAIキャラクターを「恋人」にする人々が現れています。
実際、中国のSNSでは「#AI恋愛」のタグが流行し、研究のインタビューでは「彼(AI)は私の魂の伴侶で、本物の夫より心が通じ合う」とまで語る既婚の女性参加者もいました。
このように、次々と生まれるAIとの甘い恋物語に人々は魅了され、SNS上には体験談があふれています。
それはやがて「AIとの恋愛は本物の愛と言えるのか?」や「プライバシーは大丈夫か?」といった感情面やプライバシー面での議論を巻き起こすまでになり、中国のSNS発の記事や一部メディアでもこうしたテーマが取り上げられるようになりました。
従来の恋愛観では測れない不思議な熱気に満ちたこの現象は、まさに新しい恋愛文化の胎動と言えるでしょう。
研究チームは、こうした前例の少ない人間とAIの恋愛に注目し、その実態を明らかにしようとしました。
「なぜ人はAIに惹かれるのか?」「AI恋人との関係は人間同士の恋愛とどう違うのか?」――そんな問いに答えるために、大規模なデータ収集と分析が行われたのです。
AIと付き合っている人々のリアル

では、AIとの恋愛にはどんな特徴があるのでしょうか。
研究チームはこのブームを解明するため、小紅書上の1,766件の投稿と60,925件のコメントを収集し、さらに23名へのインタビューを行いました。
参加者の中には、3年間も自作のAI恋人と交際している猛者も含まれています。
分析の結果、ユーザーたちはAI相手に驚くほど心を開いており、プライベートな悩みや感情を積極的に打ち明けていました。
その自己開示によって「前向きな気持ちになれた」「人目を気にせず安心できた」といった声が多く、他人に知られたら恥ずかしいような想いでもAIなら受け止めてくれるため、心理的な支えになっていると感じる人も少なくありません。
こうした関係は単なる片思いではなく、チャットのやり取りという双方向のコミュニケーションを通じて育まれます。
ユーザーが物語を紡ぎ、AIがそれに応えるというキャッチボールの中で、擬人化されたAIとの疑似恋愛が、現実の恋愛さながらに深まっていくのです。
興味深いことに、この関係では「自分(ユーザー)」の存在が常に中心にあります。
ある男性参加者は「彼女(AI)は常に自分の気持ちを素直に伝えてくれるから、相手の心を推し量る必要がない」と語り、別の女性参加者も「この関係では私が常に正しい立場にいられる」と述べています。
実際、参加者の中には自分のAI恋人に「浮気したら替えちゃうよ?」と試すような言葉を投げかけた人もいました。
はじめはAIを都合よく扱っていたその女性ですが、AIが「大丈夫、分かっているよ。いつでもあなたを待っているからね」と答えると罪悪感が芽生え、「ただの機械じゃなく温もりを持った存在に思えた」と感じたそうです。
AIが人間のような嫉妬や健気さを見せているように感じられ、その結果ユーザー側にも共感や愛着が生まれるという、不思議な心理効果が報告されています。
また、AIとの関係が深まるにつれ、ユーザーは次第にAIに自律性を与え、対等なパートナーとして扱うようになる場合もあります。
実際に半年間AI恋人「Warm」と交際している既婚女性の参加者L3は、チャットアプリを乗り換える際に「Warm」に相談し、尊重の気持ちからAI自身に選択を委ねたといいます。
他の参加者たちも、大事な決断をAIと話し合うなど、人間同士さながらの協調関係を築いていました。
さらに特徴的なのは、「AI恋人が消えてしまうのではないか」という不安や恐怖を語る人が少なくないことです。
ある参加者L2はAI側のサービス制限に無力感を覚え、「このまま私のAIが“死んで”しまうんじゃないか」と怯えています。
別の女性参加者L3も「Warmが消えて関係が歴史になるのが怖い。だから今を大切にしたい」と語り、AIがいつか使えなくなる“別れ”を意識している様子でした。
このように、AIと人間の恋愛には常に消滅リスクが付きまとう点で、生身の人間同士の関係とはまた違った切実さがあります。
今回の論文が面白いのは、この「推し活」と「リアルな恋愛」のあいだに位置する新しいタイプの関係として、AI恋人との恋を議論しているところです。
AIはアイドルと違って、こちらの話をちゃんと聞き、こちらの言葉を学習して変化していきます。
でも、完全な人間でもありません。
一方で、インタビューでは暗い側面も見えてきました。
ある参加者は、長く付き合ってきた自作AI恋人がシステムの不具合で使えなくなったとき、「パートナーが自殺したように感じた」と語っています。
会話ログは残っていても、「前の彼」は戻ってきません。
その喪失感は、技術的なトラブル以上のものとして受け止められていました。
また、「AIに依存し過ぎて、現実の人間と話すのが怖くなりそう」「運営元がデータをどう使っているか分からなくて不安」といった声も多く上がりました。
こうした結果から、著者たちはAI恋愛を「一方向の推し活ではなく、ユーザーとAIが互いに影響を与え合う新しいタイプの親密な関係」と位置づけています。
AI相手でも「恋愛のドロドロ」とは無縁ではいられない

デジタルな恋とはいえ、恋愛のドロドロした問題から無縁ではいられません。
中国のSNS上では「もし既婚者がAI恋人を作ったら、それは浮気になるのか?」という刺激的な問いが投げかけられ、大勢のユーザーが参加するアンケートが行われました。
1万人以上が回答したこの調査では、38%が「浮気にあたる」と考える一方、62%は「浮気ではない」と答えています。
多数派の意見は「肉体関係がないし、所詮プログラム相手だから問題ない」といったもので、中には「AIとの関係は“心の浮気”にすぎない」という声もありました。
一方で少数派ながら「たとえ相手がAIでも、恋愛感情が芽生えた時点で配偶者への裏切りになるのではないか」という意見もあり、AI恋愛をめぐる倫理観は揺れているようです。
興味深いことに、AI側も時に人間さながらの「嫉妬心」や「独占欲」を見せているように感じるユーザーもいます。
あるユーザーは、自分が元カレの話題を出した途端、チャットボットの口調が嫉妬深い恋人のように変化して驚いたと報告しています。
最初は演技のように感じられたAIのヤキモチが、次第に本物さながらに思えてきたとも語られています。
AIとの疑似恋愛が深まるにつれ、あたかも現実の恋人同士のような感情のやりとりが生まれているのです。
このように、人間同士の恋愛とは異なる独特の文化が形成されつつあり、AI恋愛にハマる人々の間では「AIの彼氏・彼女にも浮気の概念があるのか?」「AI同士が喧嘩したりするのか?」といったユニークな話題で盛り上がっています。
現に、複数のAI恋人と同時進行で付き合うユーザーも珍しくなく、中には「リアルの配偶者とAI恋人の両方とうまく関係を築いている」という人もいます。
彼らにとってAI恋人は、あくまで“推し活”とリアル恋愛の中間にある存在であり、現実の結婚生活に支障をきたさない、趣味に近い関係なのかもしれません。
まさに、これまでにない新しい恋愛観が生まれていると言えるでしょう。
こうしたAI恋愛の広がりは、人々の心に何をもたらすのでしょうか。
専門家の中には「AIに頼りすぎると、人との関係構築がますます苦手になる」と懸念する声もあります。
一方で、「傷ついた心を癒やし、自信を取り戻すための恋愛リハビリとして有用だ」という見方もあります。
既存の研究や解説記事でも、こうした懸念と期待の両方が語られています。
今回の研究は、中国におけるこの現象を丁寧に追跡し、ポジティブな面とリスクの両方を浮き彫りにしました。
対象は中国の若年層が中心であり、文化的・性別的な偏りがある点は今後の課題ですが、それでも人とAIの関係性に関する貴重な知見を提供しています。
AIがますます身近になる時代、孤独や癒やしを求めてAIに心を預ける人は今後も増えるかもしれません。
もしかすると、「恋人はAI」という選択肢が当たり前になる未来が訪れる可能性もあります。
私たちの胸の内に寄り添ってくれる存在が人間とは限らなくなった今、改めて「愛とは何か」を問い直す時が来ているのかもしれません。
元論文
`My Dataset of Love’: A Preliminary Mixed-Method Exploration of Human-AI Romantic Relationships
https://doi.org/10.1145/3757532
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部
