私たちは、TVやYouTubeなど、膨大なコンテンツから自由に選んで楽しむことができます。
しかし、それらのコンテンツを味わっていても、「どこか虚しい」「退屈だ」と感じる人は少なくありません。
カナダのトロント大学(University of Toronto)心理学部に所属するケイティ・YY・タム氏ら研究チームは、その原因が「チャンネルを次々と切り換える」ことから来ていると指摘しています。
私たちは、退屈から逃れて、より効率的に楽しむ目的でチャンネルを切り換えるものですが、実はその行為が退屈を増長させていたのです。
研究の詳細は、こちら(PDF)で確認できます。
またこの論文は、いずれ学術誌『Journal of Experimental Psychology: General』に掲載される予定です。
目次
- コンテンツは増えているのに、年々人の退屈レベルは増加している
- チャンネルを次々に切り替える行為は退屈レベルを高める
コンテンツは増えているのに、年々人の退屈レベルは増加している
誰しもTVのリモコンを持って、チャンネルを次々に切り替えていくことがあるでしょう。
同じように動画再生を途中で切り上げてYouTubeの関連動画を次々にクリックすることもあるはずです。
また1つの動画を見る場合でも、シークバーを操作し、動画をスキップしながら見る人も少なくないでしょう。
TVに関してはザッピングという言葉もありますが、タム氏ら研究チームは、ネットの動画視聴も含めたこの行為を「デジタル・スイッチング(digital switching)」と呼んでいます。
私たちは、「短時間で複数のコンテンツをチェックし、より効率的に自分を楽しませる」目的で、これを行います。
しかし実際、チェンネルを次々に切り替えている時、またその後の私たちの気持ちはどうでしょうか。
結局、ため息をつきながらリモコンを置くことの方が多いのではないでしょうか。
これまでの調査で、2008年から2020年にかけて、若者の間で退屈レベルが増加していることが示唆されています。
無料ゲームや無料動画など、いつでも自由に楽しめるデジタルコンテンツの数は時間とともにどんどん増えているのに、それと逆行するように人々の退屈さが増しているというのはどういうことなのでしょうか?
この疑問に答えるため、タム氏ら研究チームは、次々とチャンネルを変える行為と退屈の関連性を調査することにしました。
チャンネルを次々に切り替える行為は退屈レベルを高める
タム氏ら研究チームは、複数の実験を行いました。
最初の実験では、140人の参加者が面白い動画と退屈な動画の両方を見せられ、それらを自由に切り替えました。
その結果、参加者は退屈だと感じた時に、動画をより頻繁に切り替えると分かりました。
これは、人々が退屈を紛らわせるために、動画をスキップしたり切り換えたりすることを明らかにしています。
多くの人が、この目的と行為に共感することでしょう。
しかし、今回の研究では、この行為が期待とはまったく逆効果であると示されたのです。
チームは次に、159人の参加者を使い、「切り換えあり」条件と「切り換えなし」条件の2つで、動画コンテンツを楽しんでもらう実験を行いました。
すると、退屈なら動画を切り替えて良いとした参加者の間で、より高いレベルの退屈が報告されたのです。
また1つの動画だけを視聴する実験(シークバーで「スキップできる条件」と「スキップできない条件」に分かれる)でも、スキップする方が退屈レベルが増すという結果になりました。
私たちは退屈を紛らわせる目的で動画を次々と再生したり、スキップしたりしますが、この行為が、私たちを一層退屈にさせていたのです。
今回の研究では、「なぜチャンネルの切り替えが退屈を生じさせるのか」という部分を扱っていません。
それでもタム氏は、「動画を早送りしたり切り換えたりする行為は、視聴体験の満足度、魅力、意義を低下させます」と述べています。
また、そのようにしている自身の体験から、次のようにも述べています。
「私はコンテンツに本当に没頭したり、楽しんだりしていないことに気づきました。
ストーリーの詳細を見逃したり、ある動画から別の動画に切り替えるのに多くの時間を費やしたりすることがよくありました」
確かに提供されるコンテンツが少ない以前の時代では、私たちは、それぞれの動画を「映画館で1つの作品を楽しむ」時のように、集中して細部までじっくりと味わっていました。
実は、この楽しみ方が、私たちに満足感をもたらしていたのです。
このような問題が表面化するのは、無料のコンテンツが増えたということも関係しているかもしれません。
お金を出して買ったコンテンツなら、私たちは多少退屈でも辛抱強く最後まで楽しもうと努力するでしょう。しかし現代は多くの動画やゲームが無料で楽しめます。
また無料であるがゆえに、作り込みの甘いとりあえず作ってみたというコンテンツが溢れてしまっているのも、1つの作品に集中しづらくなっている原因かもしれません。
映画に関してもレンタルビデオ店に出かけていちいち借りていた時代なら、つまらない映画を借りて失敗したと思っても、とりあえず最後まで見たかもしれませんが、サブスクで大量の映画やドラマを次々に見られる現代では、退屈なシーンがあればすぐ他の作品に視聴を切り替えてしまう人もいるでしょう。
多少退屈に感じても1つの作品を最後まで楽しむという姿勢は、コンテンツが溢れる現代だからこそ、一層必要なのかもしれません。
私たちはついつい面白いものだけを効率的にどんどん消化していきたいという欲求に囚われ、つまらない作品に出会うと早々に視聴を切り上げて次に行こうと考えてしまいがちです。
しかし、人生を楽しくしたいなら、クソ映画に出会ってもどっしり腰を据えて最後まで視聴するくらいの余裕が必要なのかもしれません。
次にTVやYouTubeを視聴する時には、スマホとリモコンを手放して、コンテンツの内容に集中して見てはどうでしょうか。
それはたとえ退屈な内容だったとしても、日々の生活の中で最近味わっていなかった満足感を与えてくれるかもしれません。
参考文献
New psychology research shows “digital switching” to avoid boredom often backfires
https://www.psypost.org/new-psychology-research-shows-digital-switching-to-avoid-boredom-often-backfires/
元論文
Fast-forward to boredom: How switching behaviour on digital media makes people more bored(PDF)
https://static1.squarespace.com/static/550b09eae4b0147d03eda40d/t/667193208eafde16cf803a58/1718719277973/Fast-forward-to-boredom.pdf
ライター
大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。