昆虫というと、セミやヤンマ、カブトムシ、クワガタなど、子供たちの昆虫採集の対象にもなり夏のイメージが強いですが、実は秋もカマキリやバッタなどは活動最盛期で、戸外で昆虫を見かける機会の多い季節です。
また、秋の野辺に咲く花の種類が多いため、ハチ目、チョウ目などの吸密昆虫の活動も盛んです。この時期、公園に数多く植栽され、細かな花が無数に咲くアベリア(Abelia)は虫たちに人気の低木ですが、その中にホバリングしながら蜜を吸う背中が黄色くお腹側は白い毛に覆われた、下半身はエビのような変な生き物を見かけたことがありませんか?その名はオオスカシバ。全国に愛好家も多い隠れた人気生物です。
羽化直後に鱗粉全落ちでシースルー。奇天烈なオオスカシバの習性
オオスカシバ(大透翅 Cephonodes hylas)は、スズメガ科(Sphingidae) ホウジャク亜科(Macroglossinae)に属する「ガ」の一種です。透明な翅をブンブンとふるわせるオオスカシバを知らずに見かけた人が、これをガだと見抜くことはまずありえないでしょう。
オオスカシバは本州以南に広く生息し、都市・住宅地でも普通に見られる昆虫です。日本の他にも東南アジアや中国、インドなどの東アジア~南アジアに分布し、オーストラリア、中近東からアフリカ大陸北部、ヨーロッパ、北アメリカ大陸にも近縁種が数種分布します。アフリカなどでは、幼虫の食草としてクチナシと同じアカネ科のコーヒーの木の葉を食べます。概ねニ化生(一年に二世代を費やす)で、冬、土中で越冬したオオスカシバの蛹は、充分に暖かくなった頃、地上に這い出てきて羽化し交尾をします。オオスカシバの交尾は地上でさっと交接し、すぐに離れてしまいます。このためオオスカシバの繁殖行動はあまり見かけることがなく、不明なことが多いようです。
受精したメスはアカネ科のクチナシの葉に卵を一粒ずつ産みつけ、(クチナシがどうしても見つからない場合、スイカズラやキンモクセイなどの常緑性の葉に産み付ける場合もまれにあります)幼虫はクチナシの葉や花をもりもり食べて育ちます。
こうして夏には蛹化し、土中でしばしの休眠の後、這い出てきて、その年の夏の後半頃に二世代目の若い成虫が羽化するのです。
体長は約3~5センチ、開張5~7センチで、口先がとがり、明るい日中に好んで花の吸蜜に訪れます。くるんと巻いた管状の口吻をのばして、空中に停止しながら蜜を吸います。胴体は上から見るとほぼ寸胴で、横から見ると胸部が太くもりあがり後端に向けてやや扁平に厚みが薄くなるラミネートチューブ型をしています。
頭部から後背部にかけてのメインカラーはパッと目を引くカナリアイエローで、腹部は純白。腹部の中央付近には、胴を一周するように濃赤色、黒、白のボーダーラインが入り、このボーダー模様には個体差があります。最後端のお尻には刷毛のような黒い毛束があり、飛び立つときや、空中で垂直に近い態勢でホバリングする際に毛束を広げて、飛行機の尾翼のように浮力を強めます。この毛束を広げた姿が腹部のボーダーラインとあいまって、まるでエビのように見えるため、愛好家には「エビフライ」と称されます。
そして何と言っても特徴的なのは、チョウやガの仲間の最大の特徴である翅の鱗粉がまったくない、黒い翅脈以外は透け透けな翅。羽化直後のオオスカシバの翅は、オイスターホワイト色の鱗粉にびっしりと覆われていますが、いざオオスカシバが体を震わせ飛び立つ瞬間に、鱗粉は飛び散って剥がれ落ちてしまうのです。
チョウ・ガの鱗粉は、微小で薄い切片状粉粒である上層鱗(カバースケール)とそれがはまるソケットとなる基底構造の下層鱗(ベーサルスケール)のセットになっていて、容易に剥がれ落ちない構造になっているのですが、オオスカシバの翅の鱗粉は一粒が極めて大きく重く、翅への密着性が弱い構造になっています。イワシが危機に際してウロコを全部落としてしまうように、オオスカシバもこの重い「ウロコ」を落とし、名前の通りの「透かし翅」となって空に飛び立つのです。
理解不能?オオスカシバの形態は、何に擬態してるつもりなのか
なぜ、オオスカシバが鱗粉を落とすのかについては、明確な理由はわかっていません。
チョウ目の鱗粉が作り出す多様な模様は、発香鱗による繁殖ディスプレイや種の識別、擬態や威嚇に役立っています。しかし、飛翔能力には鱗粉があってもなくても大きな違いはない、ということもわかっています。世界には鱗粉が脱落した透明な翅を持つチョウは何種類もいますし(日本でもアオスジアゲハなどは、特徴であるハーモニカ状の青緑のラインの部分には鱗粉がありません)、また鱗粉がないセミやトンボ、ハチなども普通に自在に空を飛んでいます。
鱗粉を持つスズメガの仲間たちもオオスカシバと変わらない飛行能力を有していますし、ホシホウジャクに至っては、オオスカシバが一秒間に約70回羽ばたくことができるのに対し、一秒間に90回転するといわれ、オオスカシバを上回ります。ですから、オオスカシバが鱗粉をふるい落とす理由は、飛翔以外にあります。オオスカシバは何らかの理由であるとき重く大きな鱗粉をまとう進化をとげ、その結果それをふるい落とさなければならなくなったのでしょう。
オオスカシバが翅を透明にした理由として一般にはハチに擬態して捕食者の目をくらますベイツ型擬態(有効な自衛手段を持たない種が、有害・有毒な種に自らを似せる擬態の一類)をしているのだ、という説明がなされています。
鋭い毒針という武器を持つハチに擬態する昆虫は何種類もいて、トラカミキリはスズメバチに擬態していますし、コガネムシやアブの仲間にもハチにそっくりの姿を取る種がいます。また、ガの一属であるスカシバガ(透翅蛾 オオスカシバは種は違うものの、スカシバガよりも大型のため、オオスカシバと名づけられています)は、念入りで見事なハチへの擬態を見せてくれます。
それらと比べると、オオスカシバはどうもハチに似ているようには見えません。ハチ形態の特徴である胴のくびれ(胸部と腹部の接続部が細くなる)や、丸くて下向きの頭部が再現されておらず、胴部の縞模様もなんだか中途半端でハチらしい虎縞になりきっていません。それに、顔や胴体の下半分が真っ白いハチはいません。果して本当にベイツ型擬態なのだろうか、という疑問が湧きます。
オオスカシバが目指していたのはハチではなく…
筆者は、長年オオスカシバは何に擬態しているのだろう、と考え、観察し続けた結果、彼らは鳥に擬態しようとしているのではないか、という仮説に至りました。
まさかそんな、と思われるかもしれませんが、スズメガの多くの幼虫(芋虫)はヘビに擬態して身を守っています。成虫が鳥に擬態してもおかしくはありません。
オオスカシバの天敵は小鳥やカマキリですが、彼らにとって、鳥は天敵ではありません。背中が有色、お腹が白いというカラーリングは、ヨシキリやウグイス、スズメやノビタキ、メジロなどとかぶる特徴です。これらの小鳥によく見られる過眼線に擬したような黒いラインが、オオスカシバの複眼の付近にも見られます。頭部や胴体を覆う体毛は、いかにも脊椎動物、鳥類の胴体の体毛と似たマチエールです。つんととがった口元の形状は鳥のクチバシを、「エビフライ」に喩えられる尻尾の毛は、鳥の尾翼の真似と考えれば説明がつきます。
鳥に似せているとしたら、鱗粉を落として透明になってしまう翅は矛盾するようにも思われますが、むしろそれでこそ、なぜそもそも鱗粉を羽化直後に払い落としてしまうのか、という説明がつくのです。かつてオオスカシバの祖先は、鱗粉を鳥の羽毛に擬態しようと、大きな切片に進化させたのではないでしょうか。しかし、その進化選択は、鱗粉の重量を増加させ、また脱落しやすい重大な欠点も生み出してしまいました。そこでやむなく、鱗粉を羽化と同時に払い落として身軽になるという次の選択をした。翅が透明になってしまうことは鳥の羽根を擬態することにおいてはマイナスですが、翅脈を黒く太く目立たせ、風切羽の輪郭を模することでこれをカバーしました。
北アメリカに生息するオオスカシバの仲間は、日本のオオスカシバよりもたくみに翅の外縁の鱗粉を残存させ、あたかも鳥の羽根に見えるような形状をはっきりと際立たせています。
もしオオスカシバ類がハチに擬態したいのなら、ハチの翅脈は目立たないこと、多くの種で茶褐色に色づくこと、などの特徴を積極的に真似るはずですし、実際スカシバガはそのように翅を変化させています。同じガであるオオスカシバにそれが出来ない道理はなく、オオスカシバにはハチを真似る気がないことは、よくよく観察してみるとわかるのです。
鳥に擬態することが効果的なのかはわかりませんが、実際オオスカシバはユーラシアの多くの地域で新大陸のハチドリにあたるニッチを手に入れ、繁栄しています。というより、ハチドリのほうがオオスカシバやホウジャクなどのスズメガに寄せて進化した鳥である、という説もあります。
この秋、あまりにもキュートで個性的なこの虫に、是非注目してみてください。
参考・参照
野外観察図鑑 昆虫 旺文社
擬態する昆虫