厚生労働省は5年に1度のペースで、公的年金の健康診断にあたる財政検証を実施しています。
前回に実施されたのが2019年になるため、通常であれば次の財政検証は2024年になります。
この結果を踏まえた次期の年金改正に関する議論が、社会保障審議会(厚生労働大臣の諮問機関)で実施され、2025 年の通常国会に改正法案が提出される予定です。
こういった事情があるため、最近はニュースサイトなどを見ていると、次期の年金改正に関する記事を頻繁に見かけるのです。
とても参考になるのですが、悪い点ばかりをいくつも挙げ、次期の年金改正は大改悪と主張する方が多いのには違和感を覚えます。
会社員などが加入する厚生年金保険には、産前産後休業や育児休業の期間中に、保険料の納付が免除される制度があり、免除期間は保険料を納付したという取り扱いになります。
一方で自営業者やフリーランスなどが加入する国民年金は、産前産後期間の免除制度が2019月4月に始まりましたが、育児期間の免除制度はありません。
そのため免除期間は4か月程度で終わるのですが、次期の年金改正には育児期間の免除制度を導入するという案があるため、今後は1年程度に改善され、男性も利用できる可能性があります。
この他にも次のような改善と評価できる案があるため、決して悪い点ばかりではありません。
在職老齢年金の見直しが検討されている
公的年金の保険料を納付した期間などが原則10年以上あると、国民年金から支給される老齢基礎年金の受給資格を満たすため、一般的には65歳から受給できます。
また老齢基礎年金の受給資格を満たしたうえで、厚生年金保険の加入期間が1月以上ある場合、厚生年金保険から支給される老齢厚生年金を、一般的には65歳から受給できます。
現在は老齢厚生年金の支給開始を、60歳から65歳に引き上げしている最中のため、経過措置である特別支給の老齢厚生年金を、60~64歳から受給できる方がいるのです。
ただ特別支給の老齢厚生年金を受給するには、老齢基礎年金の受給資格を満たしたうえで、厚生年金保険の加入期間が1年以上必要になります。
このような受給資格を満たしても、老齢基礎年金以外の年金(特別支給の老齢厚生年金、老齢厚生年金)は、在職老齢年金という制度によって全部または一部が支給停止になる場合があります。
例えば60~70歳までの間に支給停止の対象になるのは、厚生年金保険に加入している方です。
また支給停止が始まる目安は、「特別支給の老齢厚生年金(65歳以降は老齢厚生年金)÷12」と「月給+その月以前1年間の賞与÷12」を合わせた金額が、48万円を超える場合です。
中小企業の人手不足が問題になっているため、労働時間の抑制につながる在職老齢年金の見直しも、次期の年金改正のテーマになっています。
社会保障審議会の議論を元に作成された、「高齢期における年金制度」という資料を見てみると、「在職老齢年金制度の廃止について、優先順位を高く考えて検討すべきではないか」という意見が紹介されているのです。
もし廃止になれば労働時間を抑制する必要がないため、60歳以降に働く方にとっては、大きな改善になると思います。
参照:厚生労働省「高齢期における年金制度」
老齢厚生年金が年に1度改定される「在職定時改定」
65歳以降も厚生年金保険に加入しながら働いている場合、その月数や給与の金額に応じて老齢厚生年金は増えるのですが、この金額が改定されるのは次のような2つのタイミングだけでした。
・厚生年金保険に加入する上限の70歳に達した時
・70歳になる前に退職して1月が経過した時
例えば70歳まで一度も退職しなかった場合、65歳で老齢厚生年金の支給が始まってから、この金額が改定されるまでに、5年も待つ必要があったのです。
こういった仕組みが労働意欲の低下などを招いていたので、退職しなかった場合には年に1度のペースで老齢厚生年金が改定される、在職定時改定という制度が2022年4月に導入されました。
そのため基準日(毎年9月1日)に厚生年金保険に加入する、65歳以上70歳未満の方は、前年9月から当年8月までの加入記録を反映させて、当年10月に老齢厚生年金が改定されます。
次期の年金改正には厚生年金保険に加入する上限を、現在の70歳から75歳に引き上げ、5年延長する案がありますが、在職定時改定を受けられる期間も5年延長なら、良い面もあると思います。
また在職老齢年金の廃止とセットで実施されるのなら、在職定時改定で老齢厚生年金が増えても支給停止の心配がないので、改善と評価できると思います。
国民年金に加入する期間の延長が改善になる理由
次期の年金改正には国民年金に加入する上限を、現在の60歳から65歳に引き上げして、5年延長する案があります。
2023年度の国民年金の保険料は月1万6,520円になるため、5年延長された場合には、100万円(1万6,520円×12月×5年=99万1,200円)くらい負担が増えるのです。
ただ国民年金の保険料を従来よりも納付した分だけ、老齢基礎年金が増える可能性があります。
20歳から60歳までの40年(480月)に渡って、一度も欠かさずに国民年金の保険料を納付した場合、次のような金額の満額の老齢基礎年金を受給できます。
・67歳以下の新規裁定者:79万5,000円(2023年度額)
・68歳以上の既裁定者:79万2,600円(2023年度額)
前者の67歳以下の満額を、国民年金の保険料の納付期間である480月で割ると、1,656円(79万5,000円÷480月)くらいになるため、保険料を1月納付するごとに、この金額だけ老齢基礎年金が増えるのです。
そのため国民年金に加入する期間が5年延長された場合、
10万円(1,656円×12月×5年=9万9,360円)くらい
老齢基礎年金が増える可能性があります。
収入がない方や収入が低下した方は、国民年金の保険料の納付を全額免除される場合があり、これを受けた期間は1,656円の半分である828円くらい老齢基礎年金が増えるのです。
その理由として老齢基礎年金の財源の半分は、国庫負担(国の税金)になるからです。
仮に5年に渡って全額免除を受けられた場合、
5万円(828円×12月×5年=4万9,680円)くらい
老齢基礎年金が増えます。
つまり国民年金の保険料をまったく納付しなくても、年金が5万円ほど増えるため、国民年金に加入する期間の5年延長は改悪どころか、改善になる可能性があります。
次期の年金改正を改善にするには手続きが必要になる
国民年金に加入している方が産前産後期間の免除を受けるには、所定の届出を実施する必要があります。
そのため将来的に育児期間の免除制度が導入された場合には、所定の届出が必要になると推測されます。
また60歳以降に国民年金の保険料の全額免除を受けるには、60歳未満と同じように所定の申請が必要になると推測されます。
こういった点から考えると、次期の年金改正を改善にするには、それぞれの制度を上手く活用する必要があるのです。
なお65歳以降に社会保険に加入すると、在職定時改定で老齢厚生年金が増えるだけでなく、配偶者を健康保険の被扶養者にすれば、その配偶者は保険料の負担がなくなります。
また健康保険の被扶養者になれる年収は、配偶者が60歳以上だと130万円未満から180万円未満に引き上げされるため、こちらも上手く活用した方が良いと思います。