上達したいなら頻繁に休んだほうがいいかもしれません。
アメリカの国立衛生研究所(NINDS)の研究によると、ピアノのような新しいスキルを習得する練習では、頻繁な休憩を行う方が効果的な上達ができるという。
この研究では、スキルの上達は練習中には起こらず、休憩中にのみ発生することが示されたようです。
新しい技術を習得しようとするときに、私たちの脳内ではどのようなことが起こっているのでしょうか?
この研究にかんする論文は、2021年6月8日付で科学雑誌『Cell Reports』に掲載されています。
目次
- 新しいスキルは休憩がなければ上達しない
- 休憩中の脳内では練習内容が超高速再生され上達効果をうんでいた
- 超高速再生が上達につながるのは記憶の圧縮と統合が起きているから
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新しいスキルは休憩がなければ上達しない

多くの人が、ピアノや自転車など、新しい技能の獲得のために時間をかけて繰り返し練習した経験があると思います。
皆さんはこうした練習の際、どのタイミングで技能が獲得でき、上達したと感じているでしょうか?
ひょっとすると、いくらやっても全然上手くできなかったのに「一晩寝たらできるようになった」ということはないでしょうか?
実はこれはよく報告されている事実で、この不思議な現象は脳科学でも大きなテーマにされています。
こうした休憩に伴う上達効果は、別に一晩置かずとも「目覚めた休憩」でも起こることが知られています。
難しくて投げてしまった部分を、トイレから戻ってやってみると、すんなりできてしまったという覚えを持つ人も多いでしょう。
しかし多くの人が経験として知っている現象であっても、僅かな休憩で技能が上達する理由はわかっていませんでした。
そこで今回、アメリカの国立衛生研究所(NINDS)の研究チームは、この「目覚めた休憩」が上達をうながすメカニズムの解明を試みたのです。
こうした研究で難しいのが、被験者たちに何を練習してもらうかという問題です。
ピアノや縄跳びなどスキルは数多く存在しますが、ピアノは音楽性やリズム感、縄跳びは筋肉量や肥満度など、上達を制限・ブーストする複数の要因があるため、結果にノイズがまじってしまいます。

そこで研究者たちは極めて簡単な作業練習を選択しました。内容は「4・1・2・3・4」という5ケタのキー入力を10秒間に可能な限り早く行うというものです。
この研究では、まず練習時の脳活動を測定するために、人間が特定の数字を脳内で念じた時に、どのような脳波パターンが発生するかが調査されました。
そしてその結果を反映させて、作業時に被験者が脳内でどの数字を念じているか感知する装置が開発されました。
研究者たちは33人の被験者に対して10秒間のキー入力練習と10秒間の休憩というセットを35回行ってもらい、その間の被験者たちの脳活動を測定しました。
すると意外な結果が分かりました。

上の図が示すように、練習の成果は練習中に全く上達しない一方で、10秒間の休憩が終わるごとに上達していたのです。
また上達度は35回のうち、最初の11回の休憩中が最も大きく、その後は横ばいになっていました。
これは日常的な経験則とも一致します。
楽器や自転車の練習でも、演奏中や乗車中にモリモリ上達するという感覚は少なく、日をはさんだり休憩をはさんで何度も取り組むうちに、気付いたら上手くなっていきます。
そして、その上達の度合いは最初が早く、繰り返すほど緩やかになります。
実験結果は、それが5ケタの数字の入力するという、極めて単純な作業の練習でも起きていることを示します。
さらに興味深いことに、起きている間の短い休憩は、1晩おく休憩よりも上達度を上げるのに効果的であることもわかりました。
どうやら休憩を挟んで起きる上達効果は、ほんの「秒」単位でも起きているようです。
しかしそうなると、気になるのが休憩中に脳内で何が起きているかです。
休憩中の脳内では練習内容が超高速再生され上達効果をうんでいた

なぜ上達は休憩中にのみ起こるのでしょうか?
謎を調べるために研究者たちは休憩中の被験者の脳波を調べました。
結果、休憩中の脳内では練習していた「4・1・2・3・4」の入力が、練習中の20倍という超高速で繰り返し再生されていることが判明したのです。
この際、脳内で繰り返されれた練習の再生回数は、練習初期の休憩が最も多く(25回)であり、以降の休憩に比べて2~3倍となっていました。
さらに興味深いことに、脳内の高速再生回数が多い被験者ほど、休憩後の上達度は大きく跳ね上がっていたのです。
また研究者たちは休憩中の高速再生の頻度情報だけを使い、被験者のその後の上達度を予測することにも成功します。
これらの結果は、休憩中に脳内で起きる練習の高速再生が、素早い上達に欠かせない要素であることを示しています。
超高速再生が上達につながるのは記憶の圧縮と統合が起きているから

今回の研究により、新しいスキルの上達に重要な要因が解き明かされました。
休憩中に脳内で起こる練習内容の超高速再生が、技能上達の鍵となっていたのです。
そして上達の個人差は、休憩中に起こる高速再生の回数に依存していました。
また休憩による上達効果は、経験的によく言われる1晩おくものではなく、ほんの「秒」単位で起こることも示されました。
さらに追加の実験から、休憩中の高速再生が行われるのは脳の「感覚運動領域」、「海馬」、「嗅内皮質(きゅうないひしつ)」の3カ所であることも判明します。
研究者たちは、休憩に入ることで、これら3カ所の脳領域が緊密に情報交換を行い、練習内容の圧縮・統合することで、上達効果をうみだしていると結論しました。
もし今後、新しいスキルを学ぶ予定があるのならば、練習の合間になるべく多くの「短い休憩」をとるといいかもしれません。
根性論的な、ぶっ続けの練習よりも大きな効果をうむかもしれません。
参考文献
Study shows how taking short breaks may help our brains learn new skills
https://www.ninds.nih.gov/News-Events/News-and-Press-Releases/Press-Releases/Study-shows-how-taking-short-breaks-may-help-our-brains
元論文
Consolidation of human skill linked to waking hippocampo-neocortical replay
https://doi.org/10.1016/j.celrep.2021.109193
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部
