他の天体を探索するためには多くの課題が残っていますが、その1つが「壊れにくい探査車」を開発することです。
月や火星の表面は、急な斜面や鋭い岩、細かい砂に覆われており、しかも故障しても修理はできません。
そのため、探査車にとって「どんな環境でも走り続けられること」は、科学機器の性能以上に重要な条件になります。
こうした課題に対し、韓国科学技術院(KAIST)を中心とする研究チームは、直径を大きく変えられる“折り紙構造”の空気不要ホイールを新たに開発しました。
この車輪は、月の溶岩洞やクレーター内部といった極端な地形を想定して設計され、落下衝撃や高温にも耐えることが実験で示されています。
この研究成果は、2025年12月17日付で科学雑誌『Science Robotics』に掲載されました。
目次
- 宇宙探査用の「壊れない車輪」の開発
- オリガミ構造が生む「壊れにくさ」と実証された性能
宇宙探査用の「壊れない車輪」の開発
月面探査で特に注目されている場所の一つが、「溶岩洞」や「ピット」と呼ばれる縦穴状の地形です。
これらは太古の火山活動によって形成された地下空洞で、宇宙放射線や隕石、激しい温度変化から内部が守られている可能性があります。
そのため、将来、人類が月に長期滞在する際の拠点候補としても期待されています。
しかし、こうした場所にたどり着くまでの道のりは過酷です。
入口付近は急斜面で、柔らかい砂と岩が混在し、小型の探査車ではタイヤが空転したり、途中で動けなくなったりする危険があります。
大型ローバーを投入すれば走破性は高まりますが、1台が故障すればミッション全体が失敗するリスクも高くなります。
そこで研究チームが着目したのが、「小型ローバーを多数送り込み、互いに補完しながら探査する」という戦略です。
この方法なら、数台が故障しても残りで調査を続けられます。
ただし、そのためには小型でも高い走破能力を持つ車輪が不可欠でした。
今回開発された新しいホイール(画像はこちら。※プレスリリース)は、収納時は直径約230ミリと非常にコンパクトですが、展開すると約500ミリまで拡大します。
これにより、移動や輸送時は小型のまま、現地では大径ホイールとして段差や岩を乗り越えることができます。
しかも空気を使わないため、パンクの心配がなく、真空状態の月面でも問題なく機能します。
では、どのような仕組みがそれら新機能を実現させているのでしょうか。
次項では動画も確認できます。
オリガミ構造が生む「壊れにくさ」と実証された性能
このホイール最大の特徴は、従来のヒンジや関節といった複雑な可動部を使っていない点です。
構造の中核をなしているのは、熱処理された薄い金属帯を、らせん状に編み込んだフレームです。
これは、部材同士が支え合って自立する「ダ・ヴィンチ橋」の構造原理と、折り紙的な形状変化の考え方を組み合わせたものです。
金属帯は互いに力を分散し合う配置になっており、収納時には少ない力で巻き取れる一方、地面から強い力を受けると簡単には潰れません。
この性質により、落下や段差越えといった衝撃を受けても、車輪全体で力を吸収できます。
研究チームは、この挙動を「方向によって硬さが変わる特性」として解析し、数式モデルと実験の両方で確かめました。
また、実際の性能試験も厳しい条件で行われています。
人工の月面土壌を用いた走行試験では、柔らかい砂地でも安定した走行が可能で、約34度の傾斜を持つ段差状の障害物も乗り越えました。
また、「月の重力環境での約100メートル落下」に相当する衝撃を与えても、車輪の性能はほとんど低下しませんでした。
さらに、材料特性を活かした耐熱試験では、高温環境下(炎の中)でも形状を保ったまま走行できることが示されています。
月面では昼と夜で300度近い温度差が生じますが、研究チームは熱解析を行い、こうした極端な環境でも使用できる見通しを示しました。
今後は、このホイールを実際の探査ローバーに組み込み、通信や電源を含めたシステム全体としての実証を進める計画です。
材料を変更することで、月以外の天体環境に適応させる可能性も検討されています。
折り紙の発想から生まれたこの新しい車輪は、「壊れない探査車」という長年の課題に対し、現実的な答えを示しつつあります。
参考文献
KAIST-UEL Team Develops Origami Airless Wheel to Explore Lunar Caves
https://news.kaist.ac.kr/newsen/html/news/?mode=V&mng_no=56190
Helical rover wheel balloons from 9 to 20 inches &survives fire
https://newatlas.com/space/expanding-airless-wheel-fire-damage-resistance/
元論文
Soft deployable airless wheel for lunar lava tube intact exploration
https://doi.org/10.1126/scirobotics.adx2549
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部
