深海の海底で、じっと立ち尽くす「スポンジの茎」。
そう見えたものの正体が、実はイカだったようです。
太平洋の水深4000メートルを超える深海で、深海性のイカがスポンジの茎のように振る舞い、周囲に溶け込んでいた様子が初めて確認されました。
この発見は、深海生物が私たちの想像以上に巧妙な行動戦略を持っていることを示しています。
研究の詳細は英ハイランド&アイランド大学(UHI)により、2025年11月25日付で科学雑誌『Ecology』に掲載されました。
目次
- 深海で見つかった「動かないイカ」の正体
- 「隠れる」だけではない高度な擬態行動
深海で見つかった「動かないイカ」の正体
この観察が行われたのは、太平洋中央部のクラリオン・クリッパートン・ゾーン(CCZ)と呼ばれる深海域です。
研究チームは、遠隔操作無人探査機(ROV)を使い、水深約4100メートルの海底を映像で調査していました。
そのとき、カメラには一見するとスポンジ(海綿動物)などの茎状生物のような構造が映り込んでいました。
ところが数秒後、別のカメラに、イカが突然泳ぎ去る様子が捉えられました。
映像を詳しく確認した結果、驚くべき事実が判明します。
そのイカは、多金属団塊の間の泥に身を埋め、逆さまの姿勢で静止していたのです。

そして、2本の長い白い触腕だけを水中にまっすぐ突き出し、まるでスポンジの茎や管状生物の一部のように見せていました。
観察されたイカは、マスティゴテウティス科に属するウィップラッシュイカの仲間で、外套長は約10センチメートル、触腕は20センチメートル以上ありました。
このタイプのイカは、この地域では40年以上の調査でほとんど記録されておらず、今回の個体は未記載種の可能性も指摘されています。
「隠れる」だけではない高度な擬態行動
研究者たちは、この行動を単なる「隠蔽」ではなく、より高度な擬態戦略と考えています。
まず注目されたのは、「マスカレード」と呼ばれる擬態です。
これは背景に溶け込むのではなく、自分を生物ですらない“物体”に見せる行動です。
今回のイカは、深海に普通に存在するスポンジの茎や管状生物に見えるよう、触腕を硬直させて動かずにいました。
さらに研究者は、この姿勢が待ち伏せ型の捕食戦略である可能性も指摘しています。
スポンジの茎の周囲には、小さな甲殻類などの生物が集まりやすく、イカにとっては効率よく獲物を捕らえられる場所です。
深海では餌が乏しく、エネルギー消費を抑えることが重要なため、このような戦略は非常に理にかなっています。
こちらは探査中に撮影された映像。
実際、深海性の頭足類では代謝が低く、激しい泳ぎよりも「動かずに待つ」行動が有利だと考えられています。
ただし、イカが泥に身を埋め、逆さまの姿勢でマスカレードを行う例はこれまで報告されていませんでした。
この発見は、深海にイカが少ないと考えられてきた理由を、根本から見直すものです。
実際には、彼らは存在していたものの、あまりにも巧みに隠れていただけなのかもしれません。
深海の生態系は、今後、気候変動による海洋酸性化や深海鉱物資源の採掘といった人間活動の影響を強く受けると予想されています。
今回の研究は、そうした影響を考える前に、私たちが深海生物についてどれほど知らないかを突きつけています。
参考文献
Deep-sea squid caught masquerading as sponge stalks in Pacific abyss
https://phys.org/news/2025-12-deep-sea-squid-caught-masquerading.html
元論文
Discovery of a mud-covering cephalopod evidences the complex life habits in the abyss
https://doi.org/10.1002/ecy.70257
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部
