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手元の音を増幅する「日常ASMR」が”今”に集中させる


コーヒーを淹れるほんの短い時間でさえ、気づけばスマートフォンの画面をスクロールしてしまう人は少なくありません。

目の前で湯が沸き、香りが立ち上っているにもかかわらず、私たちの注意は「今」ではなく、いつの間にか画面の向こうへ引き寄せられてしまいます。

こうした現代的な注意の散漫さに対して、米国スタンフォード大学(Stanford University)の研究チームは、日常生活において、手元で生じる音を少し強調するだけで、注意を現在の行為に引き戻せる可能性を示しました。。

この研究成果は、2025年12月2日付の『Proceedings of the ACM on Interactive, Mobile, Wearable and Ubiquitous Technologies』に発表されました。

目次

  • 手元の音を増幅させると、「今」に集中できると判明
  • まるでASMR!?なぜ「手元の音」が注意を引き戻すのか?

手元の音を増幅させると、「今」に集中できると判明

心理学や医学の分野で用いられる「マインドフルネス」とは、注意を「今この瞬間」に戻し、そこで起きている体験に好奇心や開放性をもって気づいている心の状態を指します。

ストレス軽減、集中力の向上、感情コントロールの観点で、このマインドフルネスが注目されています。

瞑想や呼吸法を思い浮かべる人も多いかもしれませんが、マインドフルネスは本来、手を洗う、服をたたむといった日常の行為の中でも育てられるものです。

しかし研究チームは、スマートフォンや通知に囲まれた現代社会では、こうした「日常的マインドフルネス」を保つこと自体が難しくなっていると考えました。

そこで注目されたのが、私たち自身の行動が自然に生み出している音です。

手のひらをこする音や、ペン先が紙を擦る音のように、普段は意識されにくい微細な音には、注意を「今」に戻す手がかりが隠れているかもしれないからです。

研究で開発された装置は、構造としては非常にシンプルです。

両手首に小型マイクを装着し、手の動きによって生じる音を拾い、それをリアルタイムでわずかに増幅してイヤホンに返します。

新しい音を作り出したり、言葉による指示を与えたりすることはありません。

研究チームは60人の参加者を対象に、実験室内で検証を行いました。

参加者は、いくつかの物体を自由に触って観察する課題に取り組みます。

使われた物体は、はさみ、収納袋、紙コップ、マーカーと紙のセットなどさまざまでした。

半数は音の増幅あり、半数は増幅なしの条件で比較されました。

その結果、音の増幅を受けた参加者は、主観的に感じるマインドフルネスの水準が有意に高いことが示されました。

さらに行動面でも、物体を扱う時間が長くなり、試行錯誤しながら探索する行動が増える傾向が確認されました。

ここで重要なのは、作業の効率が上がったというより、注意が対象に留まり続けていた点です。

急いで終わらせるのではなく、対象のさまざまな側面を確かめるように関わる時間が増えたことが、この研究の特徴です。

では、なぜ手元の音を強調するだけで、このような変化が生じたのでしょうか。

まるでASMR!?なぜ「手元の音」が注意を引き戻すのか?

論文が示しているポイントは、装置がマインドフルネスの中核にある2つの仕組み、つまり「注意」と「好奇心」を後押しした可能性です。

音が増幅されると、参加者は、普段なら見過ごしてしまう「触っている物の音の特徴」に気づきやすくなります。

その気づきが、いま手元で起きていることに注意を引きつけ、探索を長引かせたと考えられます。

実際、研究者は試行錯誤行動を観察し、同じ行為を少しずつ変えながら繰り返す探索が、音の増幅がある条件で多いことを示しました。

これは、対象を「もっと確かめたい」という好奇心が高まったサインとして解釈されています。

動画でも分かるように、ASMRで得られる感覚にも似ています。

「特別な音ではないのに、なぜかずっと聞いていられる」といった心地よい感覚が、日常生活で得られるのです。

また、この研究は注意欠如・多動症(ADHD)や不安障害への応用可能性に言及しています。

それは、この装置が注意や思考を意志の力で制御させるのではなく、感覚入力を通じて注意が自然に「今」に戻るきっかけを与える設計だからです。

ただし、この研究自体がADHDや不安障害の症状を改善したと示したわけではなく、現時点では「応用できるかもしれない」という段階に留まります。

今後は、日常環境での長期的な検証や、既存のマインドフルネス訓練と組み合わせた研究、臨床現場での補助的利用の可能性が探られていくと考えられます。

私たちを「今」から遠ざけているのは、意志の弱さではなく、注意を奪いやすい環境なのかもしれません。

この研究は、日常の中にすでに存在している感覚を少し取り戻すだけで、世界との向き合い方が変わり得ることを示しています。

全ての画像を見る

参考文献

Audio-augmented wearable aims to improve mindfulness
https://news.stanford.edu/stories/2025/12/wearable-device-audio-augmentation-mindfulness-anxiety-adhd

ADHD ‘audio shield’turns sounds from daily tasks into powerful focus tool
https://newatlas.com/adhd-autism/audio-shield-manage-adhd/

元論文

Audio Augmentation of Manual Interactions to Support Mindfulness
https://doi.org/10.1145/3770706

ライター

矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。

編集者

ナゾロジー 編集部

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