背後から声をかけられた時、私たちは振り返らなくても、それが誰なのかすぐに分かることがあります。
声には「声の指紋」とも言える個体固有の特徴が含まれているからです。
では、飼い猫の鳴き声についてはどうでしょうか。
フェデリコ2世ナポリ大学(The University of Naples Federico II)の研究チームは、飼い猫の代表的な2つの発声「ニャー」と「ゴロゴロ音」を比較分析し、意外な発見をしました。
リラックス時に発する「ゴロゴロ音」の方が、はるかに豊かな個体識別情報を含んでいたのです。
この研究は2025年12月9日付で学術誌『Scientific Reports』に掲載されました。
目次
- 猫の「声」を判別したいなら、「ゴロゴロ音」を聞くべき
- なぜゴロゴロ音は「声の指紋」になるのか
猫の「声」を判別したいなら、「ゴロゴロ音」を聞くべき
動物の鳴き声には、性別や年齢、体調といった情報だけでなく、「誰が鳴いているか」を示す個体固有の特徴が含まれていることがあります。
飼い猫は非常に豊かな音声レパートリーを持ちますが、 その中でも特に代表的なのが「ニャー」と「ゴロゴロ音」です。
「ニャー」は口を開けて発声されており、野生の猫同士ではあまり使われませんが、人間とのコミュニケーションでは頻繁に登場します。
食べ物をねだる時、注意を引きたい時、あるいは「不満」を表明する時など、状況に応じて音の高さや長さ、抑揚が変化します。
一方「ゴロゴロ音」は、口を閉じたまま鳴らす音で、数秒から数分間持続することもあります。
母猫と子猫の絆形成や、リラックスした親和的な場面でよく聞かれます。
研究チームは、この構造も機能も大きく異なる2つの発声に、どれほどの個体識別情報が含まれているかを比較しようと考えました。
当初の仮説では、人間とのコミュニケーションに特化した「ニャー」の方が、より明確な個体識別情報を持つと予想していました。
研究チームは2020〜2021年にかけて、ベルリンの一般家庭12軒と動物シェルター2施設で飼い猫の鳴き声を録音。
最終的に、14頭から276個の「ニャー」、21頭から557個の「ゴロゴロ音」を収集しました。
分析には、もともと人間の音声認識で広く使われる技術を用い、音声の周波数特性を数値化し、声の全体的な特徴を少数の係数にまとめました。
また、家畜化の影響を調べるため、博物館の動物音声アーカイブから野生ネコ科5種のニャーを抽出し、飼い猫と比較しました。
そしてこれらの分析の結果、研究チームの予想は見事に覆されました。
なんと、「ゴロゴロ音」の方が、「ニャー」よりも多くの個体識別情報が含まれていたのです。
つまり、猫の声の違いを判断するには、「ゴロゴロ音」を聞いたほうがよいのです。
では、具体的にどのような差が見られたのでしょうか。
なぜゴロゴロ音は「声の指紋」になるのか
分析の結果、「ニャー」の分類精度は64.4%だったのに対し、「ゴロゴロ音」は85.5%に達しました。
研究チームは、この結果について複数の要因を挙げています。
まず、ゴロゴロ音が個体識別に優れている理由として、解剖学的な要因が考えられます。
ゴロゴロ音は声道の形態に強く依存するため、個体差が安定して反映されやすいのです。
一方、ニャーは状況や感情によって音響特性を大きく変えるため、「声の指紋」としてはやや劣るようです。
また、飼い猫の「ニャー」を野生ネコ科5種と比較したところ、興味深い違いが見つかりました。
飼い猫の「ニャー」は、野生種に比べて種内での音響的ばらつきが有意に大きかったのです。
この理由については、家畜化と人間との共生が関係していると考えられます。
研究者は「生活習慣や反応が大きく異なる人間と一緒に暮らすうえで、『ニャー』を柔軟に調整できる猫が有利になったのだろう」と述べています。
これらの発見は猫の音声コミュニケーション研究に新たな視点をもたらしました。
私たちが「ただリラックスしているだけ」と思っていたゴロゴロ音には、実は豊かな個体情報が隠されていたのです。
また、猫の「ニャー」は、私たちとコミュニケーションをとるために変化してきたのかもしれません。
参考文献
Cats’ purrs reveal who’s who better than their meows
https://www.museumfuernaturkunde.berlin/en/museum/media/press/cats-purrs-reveal-whos-who-better-their-meows
元論文
Meows encode less individual information than purrs and show greater variability in domestic than in wild cats
https://doi.org/10.1038/s41598-025-31536-7
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部
