寒い冬の日、熱いお風呂にゆったりと浸かるのは、至福のひとときです。
しかし、その入浴タイムが命にかかわる危険と隣り合わせであることをご存知でしょうか。
実は日本では毎年2万人以上が入浴中に突然亡くなっており、特に高齢者の浴槽内溺死は世界でも突出しています。
しかし、奈良県立医科大学の最新調査により、入浴中の死亡事故には年齢以外のリスクが隠れていることが分かってきました。
目次
- なぜ冬に「入浴中の死亡」が増えるのか?
- 「室温」と「体表温度」が予防のカギ
なぜ冬に「入浴中の死亡」が増えるのか?
研究グループは今回、全国の死亡統計データと生活習慣調査をもとに、入浴中の急死=「入浴関連死」の実態を解析しました。
その結果、従来の「高齢化が進むから増える」という通説だけでは説明できない、多面的なリスクが浮かび上がってきたのです。
まず、浴槽内での溺死は、1995年から2020年の26年間で約11万件も発生しており、年齢調整死亡率で見ても、高齢者人口の増加以上のペースで増加していました。
「単なる高齢化」だけでは説明しきれない現象です。
特に冬になると、入浴中の死亡事故が急増します。
その理由のひとつが「寒さ」です。
研究チームは、1日ごとの平均気温と死亡例を突き合わせたところ、気温が低い日ほど浴槽内溺死が増える、という明瞭な関係を発見しました。
しかも、冬季のリスク上昇幅は地域によって大きく、比較的温暖な地域(例えば鹿児島県)では冬になると夏の約20倍ものリスク上昇がみられたのです。
一方、寒冷地の北海道でもリスクは増加しますが、その幅は約4倍。
これは温暖地の住宅が寒さ対策に弱い傾向や、独居高齢者の多さ、窓の断熱性の低さなど、地域ごとの生活環境も影響している可能性が指摘されています。
さらに、事故の多発日は冬だけではありません。
全国のデータを解析すると、「元旦」や「祝日」「日曜日」など、特定の日に浴槽内溺死が顕著に増えていました。
たとえば元旦は平日の約3.6倍ものリスクとなり、気温の低下と「特別な日」の油断が重なることで事故が起きやすくなっていると考えられます。
「室温」と「体表温度」が予防のカギ
チームはさらに一歩進んで、気象情報や人口データを使った「入浴危険度予測AI」を開発しました。
機械学習によるモデルは、翌日の平均気温や地域特性から、入浴中の死亡リスクを一定の精度で予測できるといいます。
重要な要因として、地域の人口規模や平均気温が挙げられ、湿度や気圧はあまり影響しないことも分かりました。
今後は天気予報と連動した「危険度アラート」など、実用化への期待も高まっています。
では、私たちが日々できる予防策は何でしょうか。
疫学調査データによると、外気温や室温が低い環境では、人はどうしても熱いお湯・長時間の入浴を選びがちになり、これが血圧の急変や意識障害の原因となります。
しかし、室温を上げたり、入浴前に体表温度(手首などの皮膚温)を高めたりすることで、熱すぎる湯や長湯を避ける傾向があることも分かっています。
つまり、脱衣所や浴室をしっかり暖め、入浴前に軽く体操や足湯をして体を温めておくといった「温度対策」が、最もシンプルで現実的な予防になるのです。
また、高齢者や一人暮らしの方には、元旦や寒波の日など“危険度の高いタイミング”で周囲が声かけをする、家族で入浴時間を見守るといった「小さな見守り」も大きな効果が期待できます。
「冬の風呂は危険」と聞くと身構えてしまうかもしれません。
しかし、入浴そのものは健康に良いものです。
大事なのは、急激な温度変化にさらされないようにすること。
ちょっとした室温調整や見守り、気象情報への注意で、入浴タイムのリスクは大きく下げることができます。
日本人の「お風呂文化」を安全に楽しみ続けるために、最新の研究が教えてくれる“ひと工夫”を、この冬から実践してみると良いかもしれません。
参考文献
入浴関連死の予防に向けた新たなエビデンスー 全国死亡データと実生活データにもとづく多面的研究 ー
https://www.naramed-u.ac.jp/university/kenkyu-sangakukan/oshirase/r7nendo/submersiondeaths.html
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部
