「肥満でも健康でいられる」と主張する肥満系インフルエンサーが、次々と亡くなっています。
これは、外見への偏見をなくそうとする考えが、SNSやメディアを通じて、本来の意味とは異なる方向に強調され、広まっていった結果かもしれません。
そんな中で、砂糖含有量に応じて税金を課す「砂糖税」のような、「肥満を抑制し、健康的でいるよう人々に勧める」施策も登場してきました。
そして最近では、旅客機で「体重に応じた料金を支払う」という肥満の人にとっては不利なアイデアも生まれています。
アメリカのニューハンプシャー大学(UNH)に所属するマルクス・シュッカート氏ら研究チームは、高齢者に比べて、若者はこの「体重別運賃」に賛成する人が多いことを報告しています。
果たしてこの「体重別運賃」は、公平なアイデアなのでしょうか。それとも差別を助長するものでしょうか。
人々に受け入れられ、ダイエットを促したり、使用する燃料の削減に繋がったりするのでしょうか。
研究の詳細は、2024年11月2日付の学術誌『Transportation Research』に掲載されました。
目次
- 肥満に対する「社会運動」と「極端な主張」
- 賛否両論の「体重別運賃」は、若者には特に受け入れられている
肥満に対する「社会運動」と「極端な主張」
近年、「体のサイズ、形、肌の色、ジェンダー、身体能力に関係なく、全ての体に対して前向きな見方をする」という社会運動「ボディ・ポジティブ」が広まっています。
また、「肥満への社会的偏見の解消」を目指す社会運動「ファット・アクセプタンス運動」も活発になっています。
“When a society loses its moral compass, it collapses from within.” – G.K. Chesterton
A Thread Exposing the Decline of the West🧵
1. The Celebration of Obesity pic.twitter.com/2St2fnK3er
— MatrixMysteries (@MatrixMysteries) September 23, 2024
人々を苦しめる偏見や差別をなくすことは良いことですが、こうした活動や考えは、SNSやメディアを通して、本来の考えや目的から逸れ、過激になる場合があります。
例えば、スリムなモデルだけでなく、肥満のモデルがファッション雑誌に登場することが増えたり、肥満であることを売りにし、ファット・アクセプタンス運動を積極的に支持する「肥満系インフルエンサー」に一層注目が集まったりしています。
そして、そのようなインフルエンサーの中には、「肥満でも健康でいられる」と主張する人もいます。
しかし、実際、そのような主張をする肥満系インフルエンサーは、糖尿病や心臓病が原因で次々に亡くなっています。
そのインフルエンサーの言葉を信じた多くの人も、同じ道を辿るかもしれません。
どんな主張が飛び交おうとも、「過度な肥満は健康に悪影響を及ぼす」という事実は変えようがないのです。
だからこそ、肥満を容認することとは逆の流れも生じています。
人々の肥満化を防ぐための施策が、既に世界のあちこちで導入されているのです。
その1つは、「砂糖税(またはソーダ税)」と呼ばれるものです。
これは、清涼飲料水などに対して、砂糖含有量に応じて課す税金のことであり、肥満の一因とされる砂糖の消費を抑制する目的があります。
砂糖に税金を課して、人々が肥満化しないようにしているわけです。
これら様々な主張や施策を考えると、まさに今、肥満のトピックに関して社会が揺れ動いていると分かります。
そして最近では、このような揺れ動く社会で、「重い人ほど旅客機の料金が上がる」という、まるで「肥満税」とでも言えるかのようなアイデアも登場しています。
賛否両論の「体重別運賃」は、若者には特に受け入れられている
一般的な航空会社では、旅客機に載せる手荷物に対して重量やサイズに制限が設けられています。
それを越えると、超過手数料が求められる場合があります。
そして、こうした重量に対する超過手数料が、乗客自身にもかかるケースがあるようです。
例えばサモア航空は、2013年に世界で初めて「重い人ほど料金が上がる」という「体重別運賃」システムを導入しました。
この案に対しては、賛否両論の様々な意見が飛び交うことになりました。
確かに、乗客が重ければ重いほど、その分燃料が消費されるため、航空会社からすると「乗客への公平な要求の1つだ」と言えることでしょう。
また、この取り決めには、肥満な乗客の航空機の利用が低減したり、人々の肥満化を抑制したりする効果があるかもしれません。
そのため、環境や人々の健康に優しい取り決めだと主張する人もいます。
一方で、乗客に「肥満税」を課すものだとして批判する声も多く上がりました。
ちなみに少し前には、プラスサイズのインフルエンサーが、2席分の座席を使用(1席だとはみ出てしまうため)した際、2席分の料金を求められるのは差別的だとしてSNSで航空会社を糾弾し、大きな話題を呼びました。
このケースが示すように(倫理的に正しいかどうかは別にして)、「体重・体格別の運賃」に関して、航空会社や乗客は様々な意見を主張してきました。
では、体のサイズや肥満に対する社会運動が活発になっている現代において、「体重別運賃」のアイデアは、今後受け入れられていくのでしょうか。
こうした疑問に答えるため、最近、アメリカのニューハンプシャー大学(UNH)に所属するマルクス・シュッカート氏ら研究チームは、「体重別運賃」に対する世論調査を行いました。
アメリカの航空旅行者1012人に以下の運賃システムに関する意見を尋ねたのです。
- 標準ポリシー:全ての乗客が均一の料金を支払う
- しきい値ポリシー:設定された体重「160ポンド(72.6kg)」を超える乗客に追加料金が発生する
- 体重別ポリシー:体重と手荷物の合計重量に基づき運賃が決定される
その結果、全体としては標準ポリシーが最も受け入れられていました。
また研究チームの予想通り、体重が軽い人と重い人では回答の傾向が大きく異なりました。
例えば、体重が160ポンド(72.6kg)未満の人は、その71.7%が「しきい値ポリシー」か「体重別ポリシー」を受け入れましたが、体重が160ポンド以上の人の受け入れ率は49.8%でした。
一方で、今回の研究では、回答者の年齢によっても差が生じました。
18~35歳の回答者では、66歳以上の回答者に比べて、体重ベースの運賃設定の受け入れ率が20%高かったのです。
SNSからファット・アクセプタンス運動を頻繁に目にしている若者たちの方が、体重ベースの運賃を受け入れているというのは、興味深いことです。
もしかしたら若者たちは、メディアで話題になっている極端な見方よりも、健康や環境に対する意識の方が強いのかもしれません。
いずれにせよ、シュッカート氏は、若い旅行者がこのような施策を受け入れていることを「心強い傾向」だと述べており、「彼らの前向きな見方が、よりオープンな議論に繋がる」と続けています。
今回の研究は、今後、世界で「体重別運賃」が採用されていく可能性をいくらか示しつつ、最近過激化しつつある「外見に対する社会運動」の現状に一石を投じるものとなりました。
過度な肥満は健康を害しますが、果たしてこの健康問題を体重別運賃の施策と結び付けるべきでしょうか。
また、そのような施策は偏見を助長するものでしょうか。それとも、「個々に応じた料金」という意味で公平な施策でしょうか。
揺れ動く社会で、今後も議論は続きそうです。
参考文献
Is Weight-Based Pricing the Key to Sustainable Air Travel?
https://www.unh.edu/unhtoday/2024/12/weight-based-pricing-key-sustainable-air-travel
‘Fat tax’: 50% of heavier flyers would pay by their weight
https://newatlas.com/transport/airline-weight-charge/
These four social media influencers were swept up by a movement that claims obesity is perfectly healthy…The tragic truth is they have all died under the age of 45
https://www.dailymail.co.uk/health/article-12872397/These-four-social-media-influencers-swept-movement-claims-obesity-perfectly-healthy-tragic-truth-died-age-45.html
元論文
Assessing air traveler preferences for pay-per-weight pricing
https://doi.org/10.1016/j.tra.2024.104302
ライター
大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。
編集者
ナゾロジー 編集部