人間の「三大欲求」の1つである「食欲」。
この食欲には、2つの発生要因があります。
例えば、何時間も食事をしていないと、脳は必要に迫られて空腹の信号を出し、食欲が湧き上がります。
しかしそれ以外にも、私たちはお菓子やジャンクフードなど「楽しむために食べたい」という食欲を抱くことがあります。
空腹への対処は生物として重要ですが、快楽目的の食欲があまりに強くなってしまうと、私たちの健康を損なう恐れがあります。
では脳は、この2つの食欲をどのように調整してるのでしょうか?
最近、アメリカのベイラー医科大学(Baylor College of Medicine)に所属するヨン・シュウ氏ら研究チームは、マウスにおいて「空腹による摂食」と「快楽による摂食」のバランスを取る脳回路を発見したと報告しました。
この研究を発展させることで、人間が食べ過ぎて肥満になってしまう問題にアプローチできるかもしれません。
研究の詳細は、2024年8月7日付の学術誌『Nature Metabolism』に掲載されました。
目次
- 「生きるために食べること」と「楽しむために食べること」
- 空腹時の食欲と快楽目的の食欲のバランスを取る脳回路が発見される
「生きるために食べること」と「楽しむために食べること」
私たちは、空腹になると何かを食べたくなります。
この欲求は、人間や動物が生きていくために欠かせないものです。
一方で、私たちが「食べたい」と感じるのは、それら必要に迫られた時だけではありません。
例えば、ケーキやチョコレートなどの「スイーツ・デザート類」、ポップコーンやポテトチップスなどの「スナック類」、ハンバーガーやフライドポテト、ピザなどの「ファーストフード・ジャンクフード」を食べる時です。
それら高カロリー・高糖質・高脂肪の食品は、単に空腹だから食べるというよりも、「楽しむ」ために食べられています。
この欲求は私たちの心をリラックスさせたり、ストレス発散に役立ったりと、精神的な健康面でいくらか効果的です。
ほとんどの人は、両方の欲求を経験しますが、バランスが崩れることも少なくありません。
このバランスが崩れると、体が栄養を必要としているのに食欲が湧かず、やせ細ってしまったり、快楽を求め続けて肥満になってしまいます。
特に肥満は、世界中の人々が抱える健康上の問題です。
「なぜ私は、高カロリーなものばかり食べてしまうのだろう」と悩んでいる人も多いでしょう。
しかし、摂食行動を制御する神経メカニズムに関しては、ほとんど理解されていません。
そこで今回、シュウ氏ら研究チームは、マウスのブローカ対角帯(DBB:Diagonal band of Broca)のニューロンに注目しました。
DBBは脳の下部に位置しており、これらのニューロンは、以前の研究から摂食行動との関連が認められています。
そして今回の研究では、オスのマウスのDBBのニューロンに光を当てて制御(活性化または非活性化)し、マウスの摂食行動にどのような影響があるか観察しました。
さらに空腹時や高脂肪・高糖質食品を与えている時に、DBBのニューロンがどのように活動しているかリアルタイムで追跡しました。
空腹時の食欲と快楽目的の食欲のバランスを取る脳回路が発見される
実験の結果、ブローカ対角帯(DBB)のニューロンは2つのグループに分けられ、それぞれのグループは別の脳領域に信号を送っていると分かりました。
その送り先の1つは、空腹の調整に関与する脳領域である「視床下部室傍核(ししょうかぶしつぼうかく。PVHまたはPVN)」でした。
この領域に信号を送るニューロンが活性化されると、マウスは空腹時に通常のエサを食べる傾向が高まりました。
このニューロンは、マウスがしばらくエサを食べていなかった時に特に活発になることも分かっており、これが空腹時の摂食を促していると考えられます。
つまり、DBBのうち、あるグループのニューロンは空腹による摂食を促し、身体に必要なエネルギーが確実に得られるように助けていたのです。
では、DBBのうち、もう1つのグループのニューロンは、何をするのでしょうか。
研究により、もう1つの信号の送り先は、快楽目的の摂食に関与することで知られている視床下部外側野(ししょうかぶがいそくや。LHまたはLHA)だと分かりました。
この領域に信号を送るニューロンが活性化されると、マウスは高脂質・高糖質のエサが自由に食べられる時でも、それらの摂取量が減りました。
そしてこれらのニューロンは、マウスに高カロリーのエサが与えられた時に活発になることも分かりました。
つまり、DBBのもう1つのグループのニューロンは、楽しむための摂食を抑制し、食べ過ぎを防ぐブレーキとして機能していたのです。
研究チームは、特に後者を「驚くべき発見」としています。
なぜならこれまで、この脳領域のニューロンは「快楽目的の摂食を促進する」と考えられており、今回真逆の結果が得られたからです。
そしてブローカ対角帯(DBB)のニューロンが、条件によって摂食を促したり抑制したりするという発見は、「食欲のコントロール」の観点で非常に興味深いものです。
研究チームは、この点をさらに詳しく調べるため、一部のマウスのDBBのニューロン全体を無効化しました。
そして通常のエサと高脂質・高糖質のエサのどちらかを選ばせました。
その結果、通常のエサの摂取量は減り、高脂質・高糖質のエサの摂取量が増えました。
これによりマウスは、体重が急激に増加し、肥満関連の代謝障害も発症しました。
この結果から、DBBのニューロン全体は、空腹による摂食と快楽目的の摂食のバランスを保つうえで重要な役割を果たしていると分かります。
マウスたちは、DBBのニューロンが正しく働くことで、食べなさすぎと食べ過ぎの両方を避け、健康を保つことができていたのです。
そしてチームは今回の研究から、「マウスの脳回路の一部の機能障害が、肥満の発症と関係している」と結論付けました。
またこの発見は、私たち人間が肥満に対処するための新たな道を切り開くかもしれません。
参考文献
Scientists uncover brain circuit that balances eating for necessity and eating for pleasure
https://www.psypost.org/scientists-uncover-brain-circuit-that-balances-eating-for-necessity-and-eating-for-pleasure/
元論文
Distinct basal forebrain-originated neural circuits promote homoeostatic feeding and suppress hedonic feeding in male mice
https://doi.org/10.1038/s42255-024-01099-4
ライター
大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。
編集者
ナゾロジー 編集部