「優柔不断」はなかなか物事の決断ができないという、大抵はネガティブな意味で使われます。
しかし優柔不断になってしまう原因は、決断力や判断力がないという否定的な要因ではない可能性が見つかりました。
アメリカのコロラド大学ボルダー校(University of Colorado at Boulder)に所属するザカリー・P・キルパトリック氏ら研究チームは、偏見を持つ人々の検討プロセスをシミュレートする数学モデルを開発し、偏見がある人は意思決定が早く、偏見がない人は判断が遅くなることを発見しました。
優柔不断と言われる人の中には、単に決断力がないわけではなく、偏見がなく平等に物事を見るが故に決定に時間がかかっているだけという人もいるようです。
研究の詳細は、8月12日付の学術誌『Physical Review E』に掲載されました。
目次
- 数学モデルで人間の検討プロセスをシミュレーション
- 偏見がない人は、時間は掛かるが最善の決断を下し易い
数学モデルで人間の検討プロセスをシミュレーション
物事の判断が遅い優柔不断な人には、いくつかのタイプが存在します。
あるタイプは、自分の判断に自信がなく、決断を下すこと自体を後回しにしてしまいます。
あるいは自分の中で答えが既に出ているのに、自信がないせいで言い出せない人もいるでしょう。
また自分の意見よりも他人の意見を重視したり優先したりする人も、なかなかはっきりとした意見を口にせず、優柔不断な人として見られてしまいます。
そして、優柔不断な人の中でも比較的多いタイプとして、単純に「答えを出すのに時間がかかる」人がいます。
今回のキルパトリック氏らの研究では、答えを出すのに時間がかかる人の頭の中の検討プロセスに焦点を当て、そのプロセスをシミュレートした数学モデルを開発しました。
そのモデルでは、私たちの代わりとして、「エージェント」と呼ばれる数学的な意思決定者が登場します。
そしてエージェントには2つの選択肢が与えられますが、その際、私たちと同じように、外界から情報を収集し、最終的にどちらか1つを選ぶよう設計されています。
例えば、エージェントは、夕食に「ピザを食べるか」それとも「タイ料理を食べるか」という選択肢の中から1つを選びます。
研究チームが、様々なパターンで数千のエージェントを使って合計数百万回のシミュレーションを実行した結果、エージェントは大きな偏見(または好み)を持っていた場合、迅速に決断を下すと分かりました。
たとえその決定が利用可能な様々な情報に反するものだったとしても、エージェントはそれらの情報を破棄して決定してしまいました。
例えば、エージェントがピザの方が好きだった場合、たとえタイ料理レストランの方がはるかに良い評価・口コミを得ていたとしても、エージェントはピザを即座に選択するというわけです。
対照的に、偏見の少ないエージェントは、非常に長い時間をかけて検討することが多く、最初の先入観はその熟考プロセスにより完全に洗い流されました。
「私たちの脳がどのように物事を決定するか」という疑問に対する答えとして、この研究の結果はおそらく納得のいくものでしょう。
もともと偏見がある人は、多くの情報を熟慮せず、すぐに決めてしまう傾向があるのに対し、偏見が少ない人は、多くの情報をじっくりと考慮するので、決断にはどうしても時間がかかってしまうわけですね。
偏見がない人は、時間は掛かるが最善の決断を下し易い
今回開発された数学モデルのエージェントでは、判断を下す際どのように偏見が反映されていたのでしょうか。
研究チームは、「水の入ったバケツをイメージすると分かりやすい」と述べています。
私たちが何かを検討する時には、まず情報を集め、それが一定の水準まで集まった時に決断が下されます。
情報を水、判断の水準をバケツの容量として考えた場合、最初からバケツの中程まで水が満たされていれば、その分決断は早く下すことができるはずです。
では、この事前にバケツに入ってる、判断に利用可能な情報とはなんでしょうか?
それが結局のところは、偏見や好みということになるのです。
当然、偏見が大きいエージェントは少ない情報からでも素早く決断を下しますが、その決断は最初から入っていた情報(偏見)に大きく影響されることになります。
対照的に、わずかな偏見からスタートしたエージェントは、利用可能なすべての情報を検討し、それらの情報から最善の決定を下そうとするため、決断までには時間がかかります。
そして決断が最も遅いエージェントは、完全に公平なエージェントと似ており、どちらもゼロから始めたかのようにじっくりと情報を集め、検討していました。
確かに判断の早い人は、よく直感や経験上こちらがいいと言うような判断理由を述べることがあります。
これは確かに素早い判断に有効な場合もあるでしょうが、もしこれが人事などの場合、直感でこいつは使えない、こういう経歴の人は経験上使えない、と言っているようなものなので、確かに偏見で物事を判断していると言えるかもしれません。
そう考えると、今回の数学モデルが示すように、偏見を持たず情報がゼロの状態から公平にジャッジするほうが、時間は罹ったとしても最もメリットのある決定を下せる可能性は高いでしょう。
もちろん、今回の研究は数学モデルを利用したシミュレーションであるため、モデルで考慮されていない要因があるのも事実です。
そのときの心理状態や、上司の意見や嫌いな人の意見の影響など、現実では様々な要因が複雑に関わって物事の決定は下されます。
そのためこの研究が決断の早さに対して完全な説明ができていないのは確かですが、それでも、単に決断が遅いことをデメリットと見るべきでないことは十分に分かります。
「レストランで何を食べるか」くらいであれば、好みや偏見に影響された素早い決断で構わないでしょう。
しかし、「どの大学にいくのか」「どの職場に就くのか」「誰を採用するか」という人生に関わる大きな決定の際には、偏見をなるべく取り除いた方が良い結果を導けるはずです。
普段、「優柔不断で判断が遅い」と言われるあなたは、もしかしたら、公平な目で最善の決定を下しているのかもしれません。
参考文献
Those with the biggest biases choose first, according to new math study
https://www.colorado.edu/today/2024/08/12/those-biggest-biases-choose-first-according-new-math-study
You’re Not Indecisive, You’re Unbiased. Science Says So.
https://www.sciencealert.com/youre-not-indecisive-youre-unbiased-science-says-so
元論文
Fast decisions reflect biases;slow decisions do not
https://doi.org/10.1103/PhysRevE.110.024305
ライター
大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。
編集者
ナゾロジー 編集部