「セロトニン」は気分や覚醒リズムに関わる脳内の神経伝達物質です。
セロトニンの不足は不安や意欲低下を引き起こす原因の一つとなっていますが、その詳しい仕組みまでは分かっていませんでした。
しかし量子科学技術研究開発機構(QST)は今回、サルを実験対象にセロトニン不足で意欲低下が生じる仕組みを調査。
その結果、サルの脳内セロトニンレベルを下げると、ご褒美を期待することでやる気が高まる「報酬効果」が低下し、さらに課題クリアにかかるコストに敏感になり、行動したくないという「億劫感」が上昇することが判明しました。
研究の詳細は、2024年1月1日付で科学雑誌『Plos Biology』に掲載されています。
目次
- セロトニン不足はどのように意欲を低下させるのか?
セロトニン不足はどのように意欲を低下させるのか?
セロトニンは私たちの「やる気」や「元気」と深く関わる物質です。
セロトニンレベルが低下すると、気分や意欲が落ち込むだけでなく、イラつきを引き起こしたり、行動にかかるコストに敏感になるなど、様々な面で悪影響を起こすことが報告されています。
他方で、セロトニンを増やす薬はうつ病に見られる不安や意欲低下の治療薬として用いられています。
しかし「セロトニンの低下がどのようなプロセスで意欲生成を阻害し、やる気の低下に繋がるのか」という詳しい仕組みは解明されていません。
また脳内に10種類を超えるとされるセロトニン受容体のうち、どれがこの仕組みに関係しているかも不明です。
現状の治療薬は即効性が低いという問題点があり、これらの仕組みの理解はその改善に役立つと期待されています。
そこで研究チームは、これらの問題を解決すべく、サルを対象とした実験を行いました。
セロトニン不足は「報酬効果の低下」と「億劫感の上昇」を引き起こしていた
ある課題をクリアした際、何も貰えない条件と、クリアしたらお金が貰える条件があったなら、当然後者の方がやる気が出るでしょう。
このようにクリア後にご褒美(報酬)が期待できる場合に、課題への意欲が高まる作用を「報酬効果」といいます。
また報酬効果は、期待できるご褒美が大きく(多く)なるほど高まります。
チームは、この報酬効果がセロトニン低下によってどんな影響を受けるかを実験しました。
まず、サルにセロトニン生成を阻害する薬剤を2日連続で投与し、脳内のセロトニン濃度を正常時(コントロール群)と比べて約30%低下させます。
次に、サルに「縞模様の絵の上に現れる信号の色が変わったら握っているバーを放す」という単純な課題を訓練し、成功すれば報酬としてジュースを与えました。
ジュースの量は1滴・2滴・4滴・8滴の4段階あり、縞模様の数と対応しています。
すると正常時の場合、サルはジュースが8滴貰えると分かると熱心にバーを放す行動を取りましたが、1滴しか貰えないときは、バーを放さない不成功の割合(エラー率)が増えました。
報酬量が1滴から2、4、8滴と増えるごとに、エラー率は2分の1、4分の1、8分の1と反比例に減っており、期待できるご褒美の大きさに応じて意欲が上昇していること(報酬効果)が確認されています。
ところがセロトニンを低下させた場合、どの報酬量でもコントロール群と比べてエラー率が増加し、意欲が低下していたのです。
そして実験データを分析した結果、このセロトニン不足によるエラー率の増加は、ご褒美があってもやる気がでなくなる「報酬効果の低下」と、一連のバー放し行動にかかるコストに敏感になり、面倒だから行動したくないという「億劫感の上昇」によって説明できることが分かりました。
セロトニン不足は、この2つの要因を介して、やる気や意欲の低下を引き起こしていたと考えられます。
関係するセロトニン受容体を特定!
さらにチームは、10種以上の種類があるセロトニン受容体のうち、どれがこの仕組みに大きく関係しているかを追加実験しました。
ここでは4種類の主要なセロトニン受容体(5-HT1A、5-HT1B、5-HT2A、5-HT4)を対象に、それぞれに特異的に結びつくセロトニン阻害剤をサルに投与します。
4種類の受容体のいずれかを阻害した結果、5-HT1A阻害剤を投与した場合でのみエラー率が上昇し、先のセロトニン不足の実験で見られた「報酬効果の低下」と「億劫感の上昇」が再現されたのです。
また5-HT1B阻害でも弱いながら報酬効果の減少を引き起こしています。
このことから、セロトニン不足による意欲低下は「5-HT1A」と「5-HT1B」を介したセロトニン伝達の低下によって引き起こされることが分かりました。
以上の結果は、人と同じ霊長類であるサルで得られた知見であることから、精神・神経疾患に見られるセロトニン伝達の不調で生じる意欲低下の病態の解明に向けて、重要な手がかりを示すと期待されます。
加えて、セロトニン不足による意欲低下に関わる受容体をピンポイントで特定できたことは、うつ病患者に投与される従来の治療薬の効き目や即効性を改善するなど、大きな意味を持ちます。
チームは今回の成果を踏まえ、セロトニン不調を原因とする精神疾患への新たな治療法の確立を模索していく予定です。
参考文献
セロトニン低下によってやる気が下がる仕組みを明らかに-うつなど疾患の病態理解や治療法開発のための重要な手がかり-
https://www.qst.go.jp/site/press/20240102.html
元論文
Reduced serotonergic transmission alters sensitivity to cost and reward via 5-HT1A and 5-HT1B receptors in monkeys
https://journals.plos.org/plosbiology/article?id=10.1371/journal.pbio.3002445
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
海沼 賢: 以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。