読者の皆さんはお化け屋敷やジョットコースターは好きですか?
あえて怖い思いをしたくないと思う人もいるでしょうし、積極的にお化け屋敷などの恐怖や驚きを強く感じたいと考える人もいるはずです。
好きではない人の「恐怖を避けたい」という考えは簡単明白です。
しかし「なぜお化け屋敷やジェットコースターなどの恐怖体験を好む人がいるのか?」という問いに対して、科学者は疑問を持ち、心理的・神経的な観点から検討を行い、さまざまな仮説を述べてきました。
アメリカのピッツバーグ大学のマージー・カー氏(Margee Kerr)らの研究チームは、お化け屋敷を体験した後には、気分が改善し、脳の活動が落ち着くことを報告しています。
研究チームはこの現象を「自発的ネガティブ体験」と呼び、自分の意志で選んだ恐怖体験は気分を改善するなどの精神的なメリットがあるのだと述べています。
研究の詳細は、学術誌「Emotion」にて2019年6月19日に掲載されました。
目次
- 恐怖体験の前後で心理的・神経的な反応を測定した
- 自分で選んだ恐怖体験は気分を改善し、脳の活動を落ち着かせる
- 自己選択と安全性が確保されたうえでの恐怖が重要な要因か
恐怖体験の前後で心理的・神経的な反応を測定した
アメリカのピッツバーグ大学のマージー氏らの研究チームは、恐怖体験の前後で心理状態と脳波を記録し、恐怖体験が精神・神経的にどのようなメリットをもたらすのかを検討しています。
実験の対象になったのは、ピッツバーグで最も怖いと有名な「ScareHouse Basement」というお化け屋敷のチケットの購入者262名でした。
実験参加者は、お化け屋敷に入る前後で心理状態を尋ねる質問紙の回答とEEGによる脳波の測定を行ってもらいました。
質問紙では、「楽しさ」や「苛立ち」などの現在の気分を尋ねるものでした。
EEGによる脳波の測定では、①ランダムで大音量の驚愕音が流れる中で、持続的な注意を向ける課題と、②血の付いたナイフなどの高い覚醒を引き起こすような写真を見るなどの課題中の脳の活動を記録しています。
さて、お化け屋敷を体験する前後で心理的・神経的な反応に違いがあったのでしょうか。
自分で選んだ恐怖体験は気分を改善し、脳の活動を落ち着かせる
実験の結果、お化け屋敷の体験後には、お化け屋敷に入る前に感じていた不安や疲労、苛立ち、ストレスが緩和され、多幸感を感じており、気分が改善したことが確認されました。
この結果は、恐怖体験の前には強いストレスを感じ、苛立ちや疲労を感じることで気分が落ち込み、体験後に予期していた恐怖から解放されることで、満足感や幸福感を感じていたことを意味します。
またEEGによる脳波の測定では、脳のさまざまな領域で神経活動が低下したことが確認されました。
そしてランダムで驚愕音が鳴るような中、注意を維持しなければならない状況においても、脳活動の低下が見られ、ストレスや驚異的な状況に対処する能力が向上したことが分かりました。
そしてほとんどの実験参加者がお化け屋敷を楽しかったと感じており(95%)、また機会があったらもう一度お化け屋敷に行きたい(88%)と回答しました。
今回の実験参加者は自分自身の意思でお化け屋敷のチケットを購入していることから、強い恐怖や驚きを体験したことを楽しんでいたことが分かります。
これらの結果は、自分の自らの意思で選んだ恐怖体験である自発的ネガティブ体験は、気分の改善と多幸感、ストレス環境時の脳活動の低下を引き起こし、精神的な状態を緩和することを意味しています。
この恐怖体験前の疲労や倦怠を感じることは、次に体験する恐怖やストレスにうまく適応する準備をしているのではないかと考えられています。
自己選択と安全性が確保されたうえでの恐怖が重要な要因か
今回の研究結果は、自分で選択した恐怖を体験することで、気分を改善し、脅威を感じるような状況でも神経活動を落ち着かせることができることを示しています。
過去の研究では、「なぜ恐怖体験を好む人がいるのか」という問いに対し、恐怖感情に敏感になることで将来の恐怖体験を回避するために、あえて脅威を感じるような体験を経験するという仮説などが提案されてきました。
今回の結果は、恐怖体験を経験することで、将来獲得できる気分の改善や脅威刺激に対する耐性の向上を期待して、ホラー映画やバンジージャンプのような恐怖体験を積極的に行う可能性を示唆しています。
自発的ネガティブ体験の精神的なメリットが生じるのは、①自己選択で恐怖体験を行なっている点と②確保された安全性の中で恐怖を体験している点の2つの理由があると考えられています。
自己選択に関しては、過去の研究でもネガティブな情報に自分自身で求めるような自発的関与がある場合には、ポジティブな情報を処理したときと同じ脳の領域が活性化することが報告されています。
今回の研究では、お化け屋敷に行くことを自分で決めることで個人的な目標と同じように感じ、完了に伴い、達成感を感じたのだろうと考えられています。
安全性の中での恐怖を感じることに関しては、普段の大きな感情の起伏が起きないような日常生活の中に、あえて感情の波を起こすことで楽しみを得ているのだろうと考えられます。
研究チームは「私たちは安全な場所にいるとき、経験した脅威や危険が、喜びや幸福などの興奮反応と同じように解釈することができる」と述べています。
ホラー映画をよく見る人はパンデミックからの回復が早い
お化け屋敷のような一時的に高い覚醒度を伴う状況以外にも、ホラー映画を定期的に多くみるような自発的ネガティブ体験であっても、精神的にメリットのある恩恵が受けられることが分かっています。
2021年の「Personality and individual differences」に投稿された、シカゴ大学のコルタン・スクリブナー氏(Coltan Scrivner)らの研究では、ホラーやパンデミックなどを題材とした映画の視聴頻度と新型コロナウィルス感染症のパンデミックからの心理的な状態の回復度合いの関係性を調べています。
調査の結果、ホラー映画を多く見る人は新型コロナウィルス感染症のパンデミック下の心理的な苦痛を感じにくく、パンデミックをテーマにした映画を多く見る人は新型コロナウィルス感染症のパンデミック下で感じた精神的なストレスからの回復が早いことが確認されました。
これらの結果は、怖い映画を見ることは現実場面での恐怖や脅威に対するストレス耐性を強くする効果を持つことを意味しています。
研究チームは「本や映画、さらにはゲームなどの物語を楽しむことが単なる娯楽ではなく、将来の課題に備えるのに役立つ方法ひとつである」と述べています。
参考文献
Why Do People Like to Be Scared? https://www.psychologytoday.com/us/blog/media-spotlight/201906/why-do-people-be-scared The Science of a Good Scare https://www.discovermagazine.com/mind/the-science-of-a-good-scare元論文
Voluntary arousing negative experiences (VANE): Why we like to be scared https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30307264/