地球に住む私たちは、太陽が発する光エネルギーの恩恵を受けています。
植物が光合成をしたり太陽光パネルで発電できるのは、光エネルギーを利用しているからです。
そして光のエネルギーが消費されれば、光は消えてしまいます。
一方、光はエネルギーだけでなく運動量も持っていることが知られています。
そのためソーラーセイルのような光から運動量を受け取って徐々に加速していくシステムも考案されています。
ではこの光の運動量を0にしたら何が起こるのでしょうか?
2022年に米国ハーバード大学(Harvard University)で行われた研究は、光を全く屈折しない材料に入れると、運動量が0になり、存在確率が材料内部全体に拡散して、どこにあるか全く不明になる、と報告されました。
また運動量が0になった光を二重スリット実験に使用すると、理論上、光の波長が無限になって「しま模様」がなくなってしまうことが示されました。
運動量がなくなった光に、いったい何が起きたのでしょうか?
目次
- 光の運動量を0にすると二重スリット実験で「しま模様」が消えると判明
- 運動量が0に確定した光子の存在確率は無限に広がる
光の運動量を0にすると二重スリット実験で「しま模様」が消えると判明
光は多様なエネルギーを運んでいることは古くから知られていました。
私たちの目がたくさんの色を感じられるのも、太陽が発する光が色に応じた多様なエネルギーを持っているからです。
一方、光にはエネルギーだけでなく運動量も持っていることが知られています。
ただ、これは古典物理学に照らし合わせた場合、運動量として捉えられるというだけであって、古典物理学の運動量と量子力学の運動量はイコールではありません。
古典物理学(ニュートン力学)では、「運動量 = 質量 ✕ 速度」という式で表されますが、そもそも光は質量を持っていないので、こうした考え方で捉えることはできません。
この点には注意しておきましょう。
アインシュタインはかつて、光も弾丸や小惑星のように、衝突した物体に運動量を移動できることや、光が放出されたとき発信元となる量子を逆方向に押す「反跳」など、物体と運動量のやりとりをする性質があることを示しました。
しかし今回ハーバード大学の研究者たちはアインシュタインの理論の一部に疑問を投げかける発見を行いました。
研究者たちが開発した「光の屈折率が0に近い材料」に対して光をあてたところ、運動量を伝える性質を失うどころか「光そのものの運動量が0になる」ことが判明したのです。
いきなり、そんなことを言われても意味がわからないので順々に説明していきましょう。
彼らが行っていたのメタマテリアルと呼ばれる分野の研究です。
メタとは「超越」という意味で、自然界を超越した材料を生み出すという意味です。
これは光の波長より細かな微細構造を物質中に作り出すことで、物質の光学的な特性を自在に操ることを目的としています。
こう聞くと難しく思えますが、簡単に考えるなら物質の中を通過する光の動きを自在に操る研究ということです。
そのためメタマテリアルは「透明マントを現実に作り出す研究分野」と説明されたりしています。
そして、今回彼らが研究したのは、光の屈折率がほぼ0になるメタマテリアルの中では、光がどうのような状態になるかということです。
屈折とは、光が物質中を通過する際、真空中より速度が落ちることで進行方向が曲がる現象です。
この真空中より光の速度が落ちる割合を示したものが屈折率です。
メタマテリアルでは、この屈折率を操作する技術が進化を続けていて、負の屈折率を持つ材料というものも実現しています。
負の屈折率とは、入射角と反対方向に光が折れ曲がってしまう状態です。
しかし、マイナス方向の屈折率を持つ材料の作成には成功していても、0の屈折率という材料はまだ存在していません。
ではこの屈折率がほとんど0に近づいたとき、光はどのような振る舞いをするのでしょうか?
研究者たちが屈折率0の物質中にある光の状態を計算したところ、光はヤングの二重スリット実験を行った場合にも光の波の性質を特徴づける「干渉縞(しま模様)」を作らなくなることが示されました。
二重スリット実験では通常、光子などが1個ずつ発射され、二重スリットのどちらかを通過して、向こうの光に反応する壁にあたります。
光は粒子としての性質と波としての性質をあわせ持つため、向こうの壁には波同士が相互作用した証となる「しま模様」が形成されます。
しかし運動量が0になった光は、波長が無限大となり、波の山も谷も消えてしまったのです。
これらの結果は運動量が0になった光は量子的な性質のいくつかが抑制されていることを示します。
この材料中で光は一体どうなっているのでしょうか?
光はこのとき、どの様な状態だと解釈すればいいのでしょうか?
運動量が0に確定した光子の存在確率は無限に広がる
量子の世界は不確定性原理と呼ばれる奇妙な原理によって支配されています。
量子の世界では物体は確率的にしか存在できず、位置か運動量のどちらかしか正確に知ることができません。
また不確定性原理においては、位置か運動量のどちらかを詳しく知れば知ろうとするほど、もう一方が不確定になっていくことが示されています。
不確定性原理は子供向けの科学書には、観測手段の技術的な問題であるかのように表記されることがありますが、実際には量子が持つ位置が定まらない「波としての性質」によって決まります。
そのため光の運動量が0だとほぼ100%確定している状況では、光の存在位置は許される限り無限に広がっていくと予測されました。
研究者たちが実際に運動量が0になった光を調べたところ、光の位置が材料内部で全く不明になっていることが判明します(これは不確定性原理が単なる観測技術の問題でないことも示します)
光の波としての性質は、光の存在確率の強弱であると言う風に説明されます。
運動量が0となり、波長が無限大になった光は、存在確率の波が消え去り、材料中のどこにでも一様に存在しうる状態となっていたのです。
そのため、二重スリット実験の干渉縞が消えてしまったわけです。
研究者たちは、この材料を用いれば、物体を光(電磁波)による観測から完全に隠すことが可能になると述べています。
また材料内部全体に存在するという性質を利用することができれば、損失の無い光の伝達や単一の光子だけを発する光源など、さまざまな技術に適用することが可能になるでしょう。
どんなにネジ曲がっても光が伝播する光ファイバーのようなものも可能になるかもしれません。
研究者たちは最後に、アインシュタインの理論に実際の光の挙動が反したのは、屈折率0の材料を想定していなかったことが原因であり、偉大な先人の理論を進化させることができて嬉しいと述べています。
参考文献
In Einstein’s footsteps and beyond Zero-index metamaterials offers new insights into the foundations of quantum mechanics
https://www.seas.harvard.edu/news/2022/04/einsteins-footsteps-and-beyond
元論文
Momentum considerations inside near-zero index materials
https://www.nature.com/articles/s41377-022-00790-z
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。