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話は変わって、細胞生物学には「エレクトロポーション」と呼ばれる遺伝子導入の手法があります。
これはレシピエント(受け取り手)となる生物の細胞をDNA溶液に浸し、機械からパルス電流を与えることで細胞膜に穴を開けてDNA分子を入れ込む方法です(下図を参照)。
遺伝子導入は、細胞内で特定の遺伝子を発現させることで起きる効果を見たり、その発現によって作られる遺伝子産物を得る目的があります。
ただエレクトロポーションはあくまで実験室で人為的にのみ引き起こされる現象でした。
そんな中、研究主任の榊 晋太郎(さかき・しんたろう)氏は2020年6月、新幹線で帰宅中に何気ない妄想からイメージを膨らませる中で、突如として奇抜なアイデアを思いつきます。
それが「デンキウナギの放電を使うことで、エレクトロポーションと同じ遺伝子導入を再現できるのではないか」ということでした。
同氏は、河川環境でデンキウナギが放電した際に、近くにいる生物の細胞に作用して、水中に漂っている環境DNAが細胞内に取り込まれる可能性があると仮説を立てたのです。
実際、デンキウナギの放電は、エレクトロポーションで使う装置よりも遥かに高い電圧の電気を発生させています。
すぐに研究室の教授に提案したところ「面白そうだから、やってみればいいよ」と返事をもらい、本格的に実験がスタートしました。
研究チームは、デンキウナギを「電源」、ゼブラフィッシュを「レシピエント(受け取り手)」、GFP遺伝子を「導入する遺伝子」に見立てて実験セットを作りました。
ゼブラフィッシュは飼育や繁殖が容易であるため、実験用のモデル生物として世界中で普及しています。
実験ではゼブラフィッシュの稚魚を用い、デンキウナギに食べられないよう通電性の容器の中にGFP遺伝子を含むDNA溶液とともに入れて、水槽の中に垂らします。
側にはデンキウナギを近づけるために、餌用の金魚をぶら下げておきました。
またGFP遺伝子は緑色に蛍光する機能があるため、放電後にゼブラフィッシュの細胞内に導入されたかどうかが確認できます。
デンキウナギには研究室で飼育していたものを使用することに。
デンキウナギは餌の金魚に食いつくことで放電を開始し、その電流が通電性の容器内にいるゼブラフィッシュに伝わります。
そして実験の結果、本当にデンキウナギの放電によってゼブラフィッシュにGFP遺伝子が導入されたことが明らかになったのです。
遺伝子導入の効率は機械を用いたエレクトロポーションには及びませんでしたが、ゼブラフィッシュの細胞内にちゃんと緑色に蛍光するGFP遺伝子が確認されています。
この結果を受けて研究チームは「デンキウナギの放電に、周囲の生物の遺伝子組み換えを引き起こすポテンシャルがあることを示す世界初の証拠だ」と述べました。
もちろん、これは実験下で観察された現象に過ぎず、実際にアマゾン川で同じことが起きているかどうかは分かりません。
一方で研究者らは、これまでに静電気で線虫が空を飛んだり、落雷で土壌細菌の遺伝子組み換えが起こることを示唆した先行研究があることから、自然界で生じる電気現象には私たちの知らない生物への影響がまだまだ隠されていると考えています。
こちらは実験の様子です。
参考文献
デンキウナギの放電が細胞への遺伝子導入を促進する ~飼育下でゼブラフィッシュ幼魚への蛍光タンパク質導入を確認~
https://www.nagoya-u.ac.jp/researchinfo/result/2023/12/post-594.html
元論文
Electric organ discharge from electric eel facilitates DNA transformation into teleost larvae in laboratory conditions
https://peerj.com/articles/16596/
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
海沼 賢: 以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。