はじめに
単なる移動手段としてではなく、その土地の個性や魅力が詰まった列車に乗って、ご当地グルメも楽しめる“観光列車”。お手頃価格で気軽に楽しめる、新しい鉄道旅のカタチとして今、注目を集めています。
今回は、その中でも最も人気の高い観光列車の一つ、愛媛を走る「伊予灘ものがたり」の乗車記をお届け。どこか温かい気持ちにさせてくれる観光列車に乗って、海沿いをのんびり旅してみませんか?
text・photo:猫珠深鈴
そもそも“観光列車”ってなに?
かつて、一度は消失しかけた「食堂車」。2013年3月に九州の第三セクター「肥薩おれんじ鉄道」が、「おれんじ食堂」という名で食堂車を復活させた時、ここまで注目を集める存在になると想像できた人は、一体どれほどいたでしょうか。
その人気に後押しされるかのように、同じ年の10月には、JR九州の豪華クルーズトレイン「ななつ星 in 九州」が運行を開始。これを皮切りに、JR各社では次々と“超豪華観光列車”を導入するようになりました。しかし一方で、その価格は庶民が簡単に手を出せるものではなく、また、予約は抽選でなかなか取れないといった状況が続くことに。
そういった背景もあり、手頃な価格で、列車に乗って風景や食事をゆったりと楽しむことのできる“観光列車”は、気軽に非日常を楽しめる鉄道の旅として、じわじわとその人気が高まっていきました。そして今では、その土地の魅力が詰まった多種多様な観光列車が、日本各地の線路の上を走っています。
観光列車の旅は、移動が目的ではありません。むしろ普通の列車よりもゆっくりと時間をかけて、車窓からの景色や食事などを楽しめるような工夫が盛り込まれています。普通列車なら乗り継ぎなどの関係で下車するのも大変な、いわゆる“秘境駅”にも、適度な時間停車してくれる点も魅力です。
今回はそんな観光列車の中でも高い人気を誇り、今やその名は全国区になった、愛媛の「伊予灘ものがたり」に注目。2014年から運行を開始した2両編成のこの観光列車は、松山駅〜八幡浜駅間と松山駅〜伊予大洲駅間を、それぞれ1日1往復していて、朝の便から順番に「大洲編」「双海編」「八幡浜編」「道後編」と命名されています。
「バースディきっぷ」を使って伊予灘ものがたりに乗車!
伊予灘ものがたりの予約は、基本的にはJRのみどりの窓口で、指定席券・食事予約券を取るのが一般的。おすすめの座席は海側ですが、山側も一段高くなっていて、海が見えるようにはなっているのでご安心を。
現在伊予灘ものがたりにはかなり人気が集中しているため、予約受付ができる乗車1ヶ月前の朝10時にみどりの窓口に来店しても、キャンセル待ちとなることも。旅行を計画したら、早めのチケット確保が必要です。今回は乗客の誕生月に発行されるお得なチケット「バースディきっぷ」で旅行したいと考えていたので、予約にはさらに手間がかかりました。
「バースディきっぷ」とは、乗客の誕生月に3日間、JR四国の特急列車(観光列車、グリーン車含む)が乗り放題になるチケットです。今回はJR四国の旅行代理店「ワープ」の大阪支店の窓口で直接発券し、その場で指定席券・食事予約券を取ることができました。しかし、JR四国管外に在住の場合、「バースディきっぷ」を使って指定席券・食事予約券を取る場合、基本的には電話かインターネットで予約し、郵送でチケットを受け取る必要があります。
食事予約券は席の予約ができないと購入できず、また、乗車日の4日前までが販売締め切りです。「大洲編」「双海編」「八幡浜編」は、席の予約さえできれば、食事は席数分確保されるので、食事予約券の手配を焦る必要はありません。「道後編」のアフタヌーンティーだけは限定20食のため、目当ての方は食事予約券も確保しておいた方が無難です。なお、「道後編」をツアーで申し込んだ場合、アフタヌーンティーではなく、季節のケーキしか付かないものもあるようなので、予約時によく確認しましょう。
車窓から見える「海」が美しい!
今回4コースをすべて予約していたのですが、道中トラブルがあったため残念ながら「大洲編」には乗ることができず…。そのため、今回は伊予大洲駅から「双海編」へと乗り込み、そのまま「八幡浜編」「道後編」と乗り継ぐことにしました。それぞれの便の乗り換えの間隔は30分程度しかないため、実際1日で4コースを制覇するのは、なかなか大変です!
さて、そんなトラブルがありながらも、ついに始まった伊予灘ものがたりの旅。その魅力のひとつは、なんとっても車窓からの眺めです。今回は台風が接近していたため天気が悪く、見晴らしはあまり良くありませんでしたが、それでも車窓いっぱいに広がる大海原の景色は圧巻でした!
このように、特に眺めのいい場所は、車内アナウンスとともに速度を落として運行してもらえるので、写真撮影もゆっくり楽しめます。こちらは、「双海編」乗車時に撮影した、串駅近くの鉄橋の様子。
また、あいにくの天気ながら、それでも車窓からは、大洲城の姿をしっかりと捉えることができました。「八幡浜編」乗車時、川の上から大洲城を臨む風景も、まさに伊予灘ものがたりならではです。
「双海編」「八幡浜編」「道後編」の料理
食事予約券を購入していなくても、車内販売のおつまみセットやスイーツなどの軽食を楽しめるようにはなっていますが、せっかく観光列車に乗車するからには、やっぱり料理は味わっておきたいですね。
食事予約券のある方には、乗車して30分以内には食事が供されます。先に温かいお吸い物やスープが出てきて、その後にメイン、ラストに食後のコーヒーという順番(「道後編」はアフタヌーンティーのみ)。下灘(しもなだ)駅をはじめ途中下車する駅が近づくと、食後のコーヒーを出すタイミングを調整してくれるなど、細やかな心配りに安心して、ゆっくりと食事ができます。
一番人気の「双海編」の食事、「愛媛 内子の里山 長月・神無月」は、豪華な2段の和洋折衷弁当です。それぞれの料理は、どれも季節感を大切にしつつ、内子豚や松山ひじきなど愛媛の特産品も盛り込まれていて、ボリューム満点! 一番人気なのも頷ける内容です。メニューの内容は二ヶ月ごとに変わるので、乗車する度に色々な味を楽しめるのもうれしいですね。
「八幡浜編」の食事、「洋風松花堂弁当」は一品一品が大きめの弁当箱に盛られ、しっかりとしたボリュームがあります。こちらも和洋折衷ではありますが、松山鮓(まつやまずし)など愛媛の名物をふんだんに取り入れつつ、フレンチ仕立てにしたという、「双海編」とはまたひと味違ったスタイルです。
「道後編」のアフタヌーンティーはこちら。乗車した10月のメニューは、紫芋や洋梨など、秋を感じるスイーツが多く、こちらも季節感たっぷり。少しずつ色々楽しめるのがポイントです。
2014年の乗車時よりも、さらに充実していた車内販売
伊予灘ものがたりで忘れてはいけないのが、車内販売。食事を予約しなかった方も、愛媛の味覚が楽しめるようにと、おつまみセットや季節のケーキ、地酒の飲み比べセットなどが用意されています。ドリンク類のラインナップも充実しているので、ぜひここでしか味わえないものを注文したいですね。写真のケーキは、伊予灘ものがたり3周年を記念して作られた、クリームチーズのムース「伊予灘らぶかん」。上にかかっているみかんのジュレと、ムースの中に入っているみかんが爽やかな味わいです。
以前乗車した際と比べると、車内販売が充実していたことに驚きました。一般的には車内販売は縮小傾向にある中で、伊予灘ものがたりのがんばりには感心するばかりです。
伊予灘ものがたりの真の魅力は「人」にあり!
さて、ここまで伊予灘ものがたりの魅力をお伝えしてきましたが、実際に乗車した私が最も魅力的だと感じたのは、実は車窓からの風景でも、料理でもありません。本当に感動したのは、伊予灘ものがたりのアテンダントさんや運転士さん、車掌さん、そして地元の方々との触れ合いでした。
途中下車の駅では、アテンダントさんだけでなく運転士さんも、必ず車両から降りて乗客を見守り、気さくに会話に応じてくれます。
アテンダントさんは、車内にいる時はちょうどよい距離感を保ちつつも、さりげなく声をかけてくれ、途中下車の駅では写真撮影や雑談にもにこやかに応じてくれるなど、単に丁寧な接客というだけでなく、どこか温もりを感じる応対が印象的でした。
さらに、途中下車の駅では、地元の方々のお出迎えや特産品の販売も。特に特産品の販売は、地元の方と直接お話しできる貴重な機会となりました。こちらは五郎駅の狸駅長さん。
伊予上灘駅では、リセ駅長とタマ駅長との出合いが。ミニチュアのフグを乗せた帽子がトレードマークの名物おじさんが、楽しい会話で2匹の駅長との交流を盛り上げてくれ、そのやりとりには笑いが絶えませんでした。
列車が発車する際には、タマ駅長がお見送りもしてくれます!
そんな伊予灘ものがたりのデザインは、著名人に依頼するのではなく、JR四国のスタッフの方々が自ら担当しているのだとか。車内を見渡せば、なるほど、アテンダントさんの手作りだという案内パンフレットや車内の小物など、目に止まるものひとつひとつに、どこか温もりを感じます。そしてそれらは、豪華さだけではない、伊予灘ものがたりの魅力を、静かに語っているような気がします。
JR四国のみなさんと地元の人々が、一緒に創る観光列車。風景も料理ももちろん一級品です。でも、その人気を支える秘密は「人」にあるのだと、今回改めて実感しました。料理やサービスなどは少しずつ変わっても、3年前に訪れたときと変わらなかったのは「人」の温もり。そんな温かい気持ちにさせてくれる伊予灘ものがたりに乗って、みなさんも新しいカタチの鉄道旅へと出かけてみませんか?
◆伊予灘ものがたり
電話番号:087-825-1662(JR四国旅の予約センター)