こんにちは、トラベルライターのさかいもとみです。
日本でも格安航空会社(LCC)を使って旅をする人々がずいぶん増えました。国内線だけでなく、東南アジアや遠くはオーストラリアまで飛ぶ便も現れ、旅のコスト削減に役立っているようです。
しかし、今のところ日本などアジア〜北米大陸を結ぶLCCは飛んでいません。日米間にはあんなにたくさんのフライトが飛んでいるにもかかわらず、です。東南アジア〜欧州をつなぐLCCはあるにはありますが、これまでにエアアジアXがクアラルンプール〜ロンドン線から撤退したり、ノルウェージャン(ノルウェー・エアシャトル)が欧州〜バンコク線の採算性で苦しむなど良い結果になっていません。
LCCのビジネスモデルによる中長距離便がうまくいかない状況になっているのはなぜでしょうか?今回はこの問題について考えてみます。
「ポイントtoポイント」の乗客だけでは席が埋まらない
フルサービスキャリア(FSA、レガシーキャリアとも)による中長距離便の一般的な集客モデルについて考えてみましょう。FSAは日本だと、日本航空(JAL)や全日本空輸(ANA)がそれに当たります。
たいていのフルサービスキャリアは自社の「ハブ」と呼ばれる運航拠点を持っていて、そこを中心に国内外各地へネットワークを広げています。ハブから放射状に伸びる路線の様子を自転車のタイヤに見立て、このような運航モデルを「ハブ&スポーク」と呼びます。これにより、需要の少ない都市の利用客はハブ空港を経由していろいろな場所へ旅行できますし、航空会社も多様な行き先に行く顧客を集めることが可能になります。
一方、LCCはどんな形で顧客を集めているのでしょうか?
フルサービスキャリアが行う「ハブ&スポーク」に対し、多くのLCCは「ポイントtoポイント」といって、2地点間を単純につなぐことに集中しています。たとえば乗り継ぎ先の最終目的地までの荷物をチェックインを受けるとか、搭乗券を発行するといったサービスはほとんどの会社で行っていません。乗り継ぎが伴うとその分予約システムが複雑になるほか、乗り継ぎ保証といった付帯するサービスなど煩雑化することからサービスの積極的な拡大はしにくいわけです。
例えば、広範なネットワークを擁するルフトハンザグループでも、LCCのユーロウイングスはポイントtoポイントでの輸送に特化しているとはっきり言及しています。
しかし、中長距離便のチケットをいくらLCCが安く売ったところで、座席を埋めきれないのが現状のようです。やはり、「周辺の就航都市から顧客をかき集め、中長距離便に流し込む」というフルサービスキャリアのモデルの方が今のところ収益性が高いと考えられます。
また、中長距離便でフルサービスキャリアがLCCと闘うための方策として、「レジャールートでは座席をLCC並みに詰める」、「旅客需要によって、クラスの組み合わせ(コンフィリゲーション)を変える」、「上級クラスや貨物収入をあてにして、エコノミークラスの価格を思い切って下げる」、「乗り継ぎ客を自社就航地点から集め、中長距離便に誘導する」といった手が打てます。
次にフルサービスキャリアとLCCの運航費用から見た違いを比べてみましょう。そもそも、LCCでもフルサービスキャリアでもコストが同じか、ほとんど変わらないものとして、燃料代や管制当局に支払う上空通過料などの費用、機体そのものにかかるリース料や保険料が挙げられます。
一方、LCCの努力や工夫できる項目としては、スタッフの人件費と関連費用(乗員の宿泊費など)の圧縮、機内サービスの簡素化、座席数(定員数)の増加、各種手数料の追加徴収などがあります。
このようにLCCが知恵を絞った結果、短距離便(飛行時間概ね4時間まで)ならレガシーと比べ運航コストが最大50%、平均でも25%は圧縮できるといいます。
ところが中長距離便では、いくら知恵を尽くしてもコストの大きな部分を占める燃料代や管制諸費用はレガシーと同じ、乗務員を短距離便ほどにはフル回転できない(乗務後の宿泊など)といった理由で、フルサービスキャリアとLCCの運航コストは10%台の前半しか差が出ないという研究結果が出ています。これでは、機材の数や就航地点などの「物量的に圧倒する」フルサービスキャリアにLCCが勝つのは難しい、ということになります。
遠くへ飛ぶ旅行にはコストがかかる
アナリストらは、見かけの運賃が安くても、家族でバカンスに行く際の荷物代や機内食などのオプション価格の高さに辟易し、予約を取るのをやめてしまうことや、バカンスにかける費用全体(服を新調したり、現地でそれなりのホテルやレストランを利用するコスト)から見ると、現在のLCC中長距離便の水準では、レガシーに乗ってもそんなに運賃の差がないことなどから、「LCCが中長距離でうまく行かない理由」として挙げています。
また、短距離便に限らず、飛行機を使った旅行の傾向として「フルサービスキャリアにビジネス客」「LCCにレジャー客」という棲み分けができているのが現状と言えます。
LCCが営業政策的に「ブルーオーシャン的な2地点間」を結ぶことでマーケットにインパクトを与えるかもしれません。しかし、中長距離路線は採算性を考えると一定規模以上のマーケットが存在する中規模都市以上を結ぶのが常套手段でしょう。ちなみに欧米では「LCCの中長距離便はコンスタントに搭乗率80%を超えてようやくトントン」という分析がなされていますから、あまり奇をてらうと結局「搭乗率が振るわず撤退」ということになってしまいます。
「乗り継ぎサービス」で稼いでも…
実はLCCでも「乗り継ぎ需要を狙ったビジネスモデル」を行っている会社があります。
例えば、中長距離便を飛ばしているエアアジアグループやスクートは自社ハブで乗り継ぎサービスを実施しています。うちエアアジアグループは、「乗り継ぎサービスでの売り上げ」が「預け入れ荷物代での収入」に肉薄するほど稼いでいるという面白い事実もあります。ところがエアアジアXの決算も芳しくなく、依然「中長距離LCCは儲からない」と厳しさが垣間見えます。
さらに、日本とハワイを結ぶ、スクートとエアアジアXの2社のLCCのうち、スクートは不採算であるとしてGW明けに撤退するなど、競争も激しさを増しています。
エアアジアグループのトニー・フェルナンデス最高経営責任者(CEO)は、3月に行った本誌の質問に、「中距離市場は期待できる。今後最終的にはフルサービスキャリアはビジネス、ファースト、プレミアムエコノミーに寄っていって、LCCの中距離の便が増えていくと思う」と述べており、まだまだ収益をあげることができるとみているようです。
欧州では2社が破たん
そしてこの3月、さらにひどいことが起きてしまいました。
「乗り継ぎサービスで米欧間を安くつなぐ!」と新たな旅客獲得を目指したアイスランドベースのLCC・WOWエアが資金不足で運航停止に追い込まれました。
自社ハブであるレイキャビクがアメリカ・カナダとヨーロッパの途中にある地の利を生かし、あまり遠くに飛べないけれど運航経費が安いナローボディ機を使って、「乗り継ぐと安い」というセールストークで顧客獲得を目指しました。しかし、WOWが言うところの「最安値運賃」ではなかなか買うことができない、乗り継ぎで時間がかかる、さらに荷物代を加えるとレガシーと比べてそんなに安くない……などの悪条件が重なり、結局資金繰りに行き詰まり、事実上倒産に追い込まれました。
同じように欧州と北米をつなぐビジネスモデルを展開しかけていたデンマークのLCCであるプリメーラも2018年秋に運航停止。こちらの破たんも「古い機材でやりくりを進めたものの、やはり料金的な旨みがそれほどなかった」という原因が大きいと考えられています。
救世主は?
欧州最大のLCC・ライアンエアーの代表、マイケル・オレアリー氏は「LCCはナローボディで200人運べれば、運営的に最も効率が高い」と話していたことがあります。そういった機材を太平洋・大西洋横断用に使えれば、魅力的な価格で飛べる可能性が高まるかもしれません。
機材の性能からして、これまでのナローボディ機ではオレアリー氏が期待する「定員&航続距離」は実現不可能とされていたのですが、実はあの「ボーイング737MAXシリーズやエアバス321LRならイケそうだ」と大きな期待が寄せられているのです。
果たしてどのLCCがどんな機体を使って太平洋横断を実現するのか、はたまたナローボディ機を使った北米〜ヨーロッパ間のLCCビジネスがしっかりと軌道に乗るのはいつなのか?さらなる各社の攻防を注目してみたいものです。