満を持して登場したFRスポーツ・BRZ/86。多くの注目を集めたが、サスペンションの仕立て方としては多くの疑問符がつく。
STORY:國政久郎(KUNIMASA Hisao) TEXT:松田勇治(MATSUDA Yuji)
トヨタが企画し、スバルとのコラボレーションによって開発した、後輪駆動の2+2クーペである。水平対向エンジンのFRという車両パッケージが、どのような操縦性安定性を見せるのか、楽しみにしていた。しかし、実車に試乗し、また業務提携先の開発用車両で各種のテストを行なった結果、このサスペンションに関しては「残念」と言うしかない、との結論に至った。
まずはフロントから行こう。すべては「中~軽量級スポーツカー」という商品企画に対して適切なプラットフォームが存在せず、どうせ新規起こしになるのなら……と、トヨタ側の開発主査である多田氏がスバルの水平対向エンジンに着目したことから始まった。そしてBRZ/86の開発における最大の課題は、横幅の広い水平対向エンジンを、いかにして可能な限り車室寄りに低く搭載するか?だったと推測する。
実現への道のりには、大変な困難があったことだろう。まず、排気系や操舵系の通路、ホイールの切れ角確保など、水平対向エンジンゆえの制約に、新たな手法で対応する必要がある。車幅の制限ゆえアッパーアーム配置が困難ななかで、スポーツカーにふさわしい剛性も確保しなければならない。そんな課題に挑んだはずのフロントサスだが、実際に出来上がったものは、マクファーソン・ストラットとして「こう作ってはいけない見本」になってしまっている。
ストラットは直立に近く、ばねもほとんどオフセットしていない直巻だ。これでは横力の影響をキャンセルする要素が皆無である。運転してみても、横力によるフリクションの影響が顕著に現れている。マクファーソン・ストラット式は、常に横力を受けながらのストロークを強いられる。それだけに、設計の基本はスムーズなストローク感を出すことだ。これを怠ると、大きな静フリクションが混在したダンパーの動きとなり、一瞬、ストロークしない硬さが出た後、次の瞬間、溜まった力を放出するようにストロークし、動フリクション(減衰値)が強く出る。実際にBRZ/86も、ストロークの行程が線形性の低いものになっている。
エンジンのマウント方法も疑問だ。車体上下動の中に、サスのストロークから来るばね上の動きとは明らかに異なる周波数の揺れが混じり、常に落ち着かない動きを生じさせているのだ。おそらく、エンジン重心点より前に支持点が存在しないことに起因しているのではないか。
リヤサスはインプレッサと基本構造が同じで、ばねとダンパーのロワー側支持点がハブセンターより後方にオフセットした構成だ。この配置では、ストロークに応じてハブキャリア全体を回転させようとする力が働く。さらに、トレーリングリンクを斜め方向に配置したがゆえのホイールベース変化が加わり、ダンピングの効かない上下動が常に生じてしまう。この動きはタイヤの接地荷重を変動させ、トルク変動によってクルマ全体の動きが落ち着かなくなるのだ。いわゆる「マルチリンク病」の一種だ。3代目インプレッサ以降、その兆候は認識していたが、後輪駆動化によって完全に露呈している。
「後輪を駆動させること」と「後輪で駆動すること」の間には、大きな隔たりがある。AWDのアドバンテージを知り尽くしているスバルだが、後輪駆動車に対する認識が甘かったのではないか。こうなると、セットアップやチューニングで対応できる範ちゅうではない。リヤは大規模マイナーチェンジでなんとかなるかもしれないが、フロントはフルモデルチェンジ以外に根本的な解決策はない。つくづく、残念である。
フロントサスペンション: マクファーソン・ストラット
従来のスバル車は、FF版のトラクション確保とAWD化のためエンジンをフロントオーバーハングに搭載していたが、BRZ/86ではヨー慣性モーメントを極限まで低減するため、逆に可能な限り車室側へ寄せての搭載が命題となった。当然、フロントセクションはすべてが完全な新規設計だ。しかし、横幅の広い水平対向エンジンを車室寄りに搭載することで生じるさまざまな課題を解決し切れていない印象が強く、マクファーソン・ストラット設計のセオリーに反した構成となってしまっている。
先述のとおり、コイルスプリングおよびダンパーユニットは、マクファーソン・ストラット式サスペンションにとって解決するべき大きな課題である横力への対応策が、まったくと言っていいほどなされていない構造。ダンパーは直立に近く、コイルスプリングもほぼ「直巻」の状態だ。実際に走ってみても横力の影響が如実に現れている印象だ。ストラットにかかる横力によってダンパー内部に大きなフリクションが生じ、そのおかげで初期入力に対してはスムーズに動かず、タイムラグを生じつつ、あるところから急に動き出す、「スティック&スリップ」状態になってしまっており、まったく感心しない。
ロワーアームはスチール製のプレス工法で一枚板金もの。エンジンを可能な限り車室側に寄せ、かつ低く搭載することを車両パッケージング上の課題とし、さらに操舵系の取り回しを成立させる都合上、アーム形状は前方が長いγ字型となっている。板厚を十分に確保した上でCAE解析によって形状を煮詰めたことで、強度・剛性の面ではスバル車中で最も高いレベルに達しているという。アンチロールバーハストラット直付けでレバー比は良好。
ハブキャリアはスチール製。他のスバル車はすべてステアリングが前引きとなっているので、ハブキャリアも新規設計品と考えていいだろう。中央部にちょうどドライブシャフトが通りそうなスペースが設けられているのは、AWD仕様をラインアップしようとしていた当時の名残りか。
ステアリングギヤボックスは、左右対称位置の2点でクロスメンバーにねじ留め。マウント軸が前後方向となるラジアルマウントなのは珍しい構成。タイロッドは後引き。
クロスメンバーはスチール製でプレス+溶接工法。I字型ビーム形状である点は現行4代目インプレッサと同様だが、エンジン搭載位置の違いから、形状はまったく異なっている。現行5代目レガシィではスバルが「クレードル型」と呼ぶ井桁型形状のものを採用したが、I字型ビーム構造は長年に渡る実績を持っており、コスト面やパッケージング面などとの兼ね合いからBRZでも採用されたものと見られる。ただし、現状のエンジンマウント構成には疑問がある。エンジンの重心点より前方を留めるものが存在しないため、上下方向の力に対してエンジンが動こうとする慣性マスの影響が車体挙動に現れてしまっている印象だ。
リヤサスペンション:マルチリンク
基本構造は3代目インプレッサで投入し、4代目インプレッサで各部をリファインした「低床ダブルウィッシュボーン」型を踏襲。このサス構成では、リンク類の配置とピボットの位置関係によって、ストロークの行程でハブキャリアを回転させようとする力が生じ、またトレーリングリンクのブッシュが変形することと合わせて、ダンピングの効かない上下動が発生してしまう。机上検討では判断できない部分だろうが、もともと持っている素性が後輪駆動化で強調されてしまった。
アッパーアームはスチール製の鋳造工法。この構成のリヤサスペンションを初めて採用した4代目インプレッサではプレス成形品+溶接のアームだったが、BRZでは鋳物に変更。完全な後輪駆動となった分、リヤサスにかかる負担が増えたことが変更の理由だ。重量面では不利になるとはいえ、後輪駆動車のリヤサスが強度・剛性不足では話にならないので、ここはセオリー通りの設計と評価できる。
ロワーリンクはスチール製で、こちらはプレス工法。スバルの呼称では「ラテラルリンク」。コの字断面に成形された舟形のリンクで、ダンパーのロワーマウントとアンチロールバーリンクのピボットを備えている。ハブキャリア側ピボットにピロボールブッシュを採用し、外乱によるトー変化を抑制、直進性の向上を図っている。ここも後輪駆動車としてのセオリーに忠実な部分。
トレーリングリンクはスチール製のプレス工法。コの字断面にプレス成形したリンクなど、基本的な構成は現行4代目インプレッサと同様。5代目レガシィまでは片持ちだった前側ピボットの構造を変更し、左右から挟み込む構成としてマウント剛性の向上を図っている点も同じ。ただし、駆動輪が後輪のみとなったことで、このサスペンションの特徴点である大き目の上下動、ホイールベース変化とトレッド変化の大きさ、わずかな突起を踏んだだけで横Gが発生してしまうといった挙動が、より強調されて現れてしまう。物理的な構造から来るものなので、チューニングでは直しようがない。できることは、せいぜい前側ピボットをピロボールに変更すること程度だろう。
クロスメンバーはスチール製で、プレス+溶接工法。3代目インプレッサから投入された「低床式ダブルウィッシュボーン」の骨格部。形状・構造は一見するとキャリーオーバーにも見えるが、4代目インプレッサで細部に渡る改良の手が加えられた。一例をあげるなら、従来はトレーリングリンクピボットより後方にあった前側ボディマウントを大きく前進させ、前後マウント位置のスパンを拡大、曲げモーメントに対する抗力を高めている。さらにBRZでは、後輪が負担するトルクの増大に応じてファイナルドライブユニットのサイズアップが必須だったことや、後輪駆動車用にジオメトリーを見直す必要から、全面的に設計が見直されている。
ダンパーのサプライヤーはショーワ。ブレーキキャリパーのサプライヤーは日立オートモティブシステムズ。