去る10月27日、中国政府が「2035年をめどに新車販売のすべてを環境対応車にする方向で検討する」と発表した。これを受けて日本では「フランスやイギリスに続いて中国もエンジン車禁止」と報道された。しかし、中国の発表は「検討する」であり、決定ではない。さらに中国は、内燃機関エンジンを使うハイブリッド車については「熱烈歓迎」なのである。
TEXT◎牧野茂雄(MAKINO Shigeo)
正確には「2035年をめどに新車販売のすべてを環境対応車にする方向で検討する」
日本で報道されたのは、中国汽車工程学会という組織が10月27日に公表した「節能および新能源汽車技術路線図2.0」に示された内容の一部だった。日本のメディアはこの組織を「中国自動車エンジニア学会」と訳しているが、中国自動車技術会または中国自動車技術者協会と訳すのが妥当だろう。この組織はアメリカのSAE(Society of Automotive Engineers) InternationalやFISITA(もともとは仏語。英語表記にするとInternational Federation of Societies of Automobile Engineers)に対する窓口であり、自らチャイナSAEを名乗る。つまり日本の自動車技術会に相当する非営利団体である。
10月27日は中国汽車工程学会の年次総会であり、さまざまな表彰式と報告会を兼ねていた。そのなかで「節能および新能源汽車技術路線図2.0」の発表はメインイベントだった。過去1年半にわたって同会会員の技術者および研究者が議論を重ねてきた結果の「技術路線図=テクノロジーロードマップ2.0」が発表された。
このロードマップのなかに「2035年には節能車(低燃費車)と新能源車(新エネルギー車/NEV=New Energy Vehicle)がそれぞれ50%ずつを占めることが望ましい」と記されている。同会によると、この内容は「2016年に発表されたテクノロジーロードマップ1.0以降の技術の進歩と、いまなお残る技術上の欠点とを客観的に評価したもの」である。
もう少し詳しく説明すると、このテクノロジーロードマップは中国工業和信息化部(中国工業情報化省。中国政府機関の「部」は日本の「省」に相当)の委託を受けて同会が検討を行なってきたもので、いわば政府からの諮問に対する答申(回答)である。「こういうふうにすべきだと思う」という、技術者集団としての政策提言だ。中国政府は、この答申を受けて今後の政策を決定する。
2035年に新車販売台数全体で平均燃費50km/ℓを実現するには?
つまり、まだ中国政府が何かを決定したのではない。政策決定のための判断材料を中国汽車工程学会が示したに過ぎない。日本経済新聞などは「2035年をめどに新車販売のすべてを環境対応車にする方向で検討する」と報じており、これは正しい記述である。
重要なポイントは、中国汽車工程学会による今回の政策提言のなかには、ICE(Internal Combustion Engine=内燃機関エンジン)を「やめるべき」とは書かれていないことだ。【図1】はテクノロジーロードマップの解説資料として公開されたもので、ここには2025年、2030年、2035年の燃費目標が記されている。解像度が低く少々読みにくいので文章で補足する。
乗用車の燃費(中国語では油耗と書く)目標は2025年が4.6ℓ/100km、日本式の表記だと21.74km/ℓである。これは新能源車を含む「すべての乗用車」の平均値であり、計測はWLTC(ワールドハーモナイズド・ライトビークル・テスト・サイクル)で行なう。中国の自動車規制は基本的に欧州ベースであり、日本と欧州の共同提案だったWLTCの立案に対してはオブザーバーとして参加していたからWLTCを適用した。
この目標は2030年には3.2ℓ/100km(31.25km/ℓ)、2035年には2.0ℓ/100km(50km/ℓ)になる。これを達成するためには「電動化が必須である」と、中国汽車工程学会は提言した。そして、2035年に新車販売台数全体で50km/ℓという平均燃費を実現するには、中国政府が推奨するNEV(新能源車)が50%、それ以外は「すべて節能汽車=低燃費車でなければ難しい」ということである。
NEVについては、2025年に全新車販売台数の20%前後(中国語では前後ではなく左右と書く)、2030年には40%前後、そして「2035年には50%以上」が必須であると記している。
ちなみに中国政府が定めるNEVはBEV(バッテリー電気自動車)、PHEV(プラグイン・ハイブリッド車)、FCEV(燃料電池電気自動車)の3カテゴリーであり、すべて電動モーターを主動力とする車両である。
NEV以外のモデル、中国で伝統能源車(従来からの動力を搭載したクルマという意味)と呼ばれるカテゴリーについては、2025年に全新車販売台数での平均燃費目標を5.6ℓ/100km(17.86km/ℓ)、2030年には4.8ℓ/100km(20.83km/ℓ)、2035年には4ℓ/100km(25km/ℓ)と提言している。同時に、これを実現するためには伝統能源車に占める混動車(正式には混合動力車、これはハイブリッド車=Hybrid Electric Vehicle、つまりHEVを指す)の比率を2025年に50%以上、2030年に75%以上、そして2035年には100%にしなければならないと提言した。
これが、日本のメディアが報じた「エンジン車禁止」という表現の、本当の姿である。ICE車を禁止するのではなく、NEV以外はすべてHEVにしなければ「我われがここに掲げた燃費目標は達成できそうにない」という提言である。当然、HEVは半分がICEであり、ガソリンや軽油など化石燃料を使う。しかし「自動車産業の持続可能な発展」「強力な自動車国家になるという戦略的目標の完全な実現」(筆者訳)という前提では、「この燃費目標が理想的と思われる」と中国汽車工程学会は提言した。
重要なポイントは「燃費」にフォーカスしていること
重要なポイントは「燃費」にフォーカスしていることだ。いま、世界の自動車関連規制のなかでCO2(二酸化炭素)排出量を基準にしているのはEU(欧州連合)だけだ。2021年にEUは、車両重量3.5トン以下の乗用車のメーカー別平均燃費値規制(CAFE=Corporate Average of Fuel Efficiency)を95g/kmとし、これをオーバーした場合は罰金を徴収することを決めている。
日本の燃費目標は現在、2020年度に17.6km/ℓであり、すでに2016年度で実績値は19.2km/ℓ(JC08モード)と目標値を上回っている。2030年度目標は24.5km/ℓであり、これは中国汽車工程学会が掲げた2030年目標を上回り2035年目標に近い。アメリカは現在、37マイル/ガロン(15.6km/ℓ)であり、オバマ政権が決定した将来目標は棚上げされたままである。その目標が復活すれば54.5マイル/ガロン(22.98km/ℓ)になる。
補足すると、中国、EU、アメリカ、日本はすべてCAFE規制(中国はCAFEではなくCAFC=Corporate Average of Fuel Consumptionと呼ぶ)であり、自動車メーカーごとに達成しなければならない目標値である。日本のメディアの記事には「日本はまだCAFE規制ではない」との記述もあるが、とっくにCAFE規制であり、ただし未達成になった自動車メーカーがないため話題にならないだけだ。
日本の2030年度燃費目標はかなり厳しい。軽自動車主体のメーカーは有利だが、大排気量車や重量級SUVを持つメーカーはある程度の販売台数をHEVにしないと未達成になるおそれがある。中国の場合も、今回の中国汽車工程学会提言では2035年時点での「伝統能源車」の燃費目標が25km/ℓだから、HEV化は必然と言える。「伝統能源車」の燃費が25km/ℓに届けば、NEVの燃料消費をゼロと計算した場合に全新車販売の平均燃費が2ℓ/100km、つまり50km/ℓになる。
この中国汽車工程学会のロードマップ2.0は、来年(2021年)1月1日から中国政府が設定する低燃費車(呼び名は未定)という制度とリンクしている。中国汽車工程学会は、NEV以外の伝統能源車について2025年の燃費目標を5.6ℓ/100km(17.86km/ℓ)と定めたが、これはあくまで平均である。中国政府が来年から優遇する低燃費車は「NEVを含む全新車の平均目標」として掲げた4.6ℓ/100km(21.74km/ℓ)を上回る数値に落ち着くのではないだろうか。
まだ低燃費車の概要は発表されていない。いつものように施行日当日か、あるいは直前にならないと発表されないだろう。しかし、中国汽車工程学会の答申を受けて中国政府(中国工業和信息化部)が数値を決めるのだから4.6ℓ/100kmより「良好」な数値に落ち着くと筆者は見ている。
低燃費車制度のポイントは「優遇」されることだ。低燃費車を1台生産すると、通常の伝統能源車の生産では1台ごとに「マイナス1」というペナルティクレジットが与えられるが、低燃費車はこれが0.5倍、つまり0.5台=2分の1台ぶんのペナルティとして計算される。ペナルティが半分になるのだ。2022年は低燃費車1台が伝統能源車0.3台に計算され、さらに2023年には0.2台になる。0.2台ということは、低燃費車を5台作ってやっと伝統能源車生産のペナルティが「1」になるわけで、これはものすごく大きな優遇だ。
中国政府は2024年以降の優遇策はまだ発表していない(おそらく決めていない)が、しばらくは低燃費車の優遇が続くだろう。中国国内でHEVを生産するとなると、それなりの設備投資が必要だ。その設備が3〜4年で無意味になるような政策は採らないだろう。
伝統能源車でのマイナスクレジットを帳消しにするには、自動車メーカーはNEVを売らなければならない。NEVの販売比率目標は年率2%で増えるが、低燃費車の販売台数が増えればマイナスクレジット消化はラクになる。アメとムチ(筆者は嫌いな言葉だが)である。
中国政府による「2035年をめどに新車販売のすべてを環境対応車にする方向で検討する」との発表には、こうした背景がある。最大の政策目標は新車平均燃費の向上、つまり中国としての自動車分野での石油消費削減である。この10年間で2億3670万台もの新車が販売され、石油消費が急拡大した現状を、自動車産業界に過酷な無理を強いることなく2035年までに「昔に戻す」という政策提言である。
習近平国家主席は9月、国連総会でのビデオ演説でCO2排出の削減目標を語った。中国が公の場でCO2排出に触れるのは珍しい。その内容は「2030年よりも前にCO2排出のピークを作り、以後、削減に努め、2060年よりも前に実質排出ゼロへと努力する」というものだった。
この習首席の演説内容は、今回の中国汽車工程学会にあるロードマップ2.0と符合する同学会の李淳会長は、10月27日の年次総会で「中国の自動車産業のCO2排出量は、国家の排出削減目標に先立ち2028年ごろにピークに達し、2035年までにそのピークから20%以上削減されなければならない」(中国汽車工程学会の10月28日配信談話による)と語った。つまり、政府との連携はきちんと取れており、中国汽車工程学会が提唱するロードマップ2.0が今後2035年までの自動車産業目標としてすでにオーソライズされている、ということだ。
ロードマップ1.0が中国汽車工程学会から発表された2016年は、中国政府がNEV規制を実施する以前だった。筆者は昨年、中国政府に近い関係者からこんな話を聞いた。
「NEV規制導入の前、中国政府はこの規制が国家に浸透し、NEVが売れ、産業構造の転換を達成できると思っていた。海外の自動車メーカーも中国国内でNEVを生産し、中国企業製のLiB(リチウムイオン電池)が大量に売れ、中国は電動車分野での価格リーダーになる。NEV価格は量産効果によってどんどん下がる。HEVをNEVにカウントしない理由は、HEVは半分がICEであり、ICE技術が必須だからだ。この分野はどう逆立ちしても日欧米に中国はかなわない。だからHEVを排除した。ところが、思ったようにNEVは売れなかった。とくに補助金を減額して以降はNEVの売れ行きがふるわない。こうなるとは思っていなかった」
「当面はHEVに頼るほうが賢明」という判断
すでに昨年夏からNEVの売れ行きはガタ落ちだった。理由は補助金の大幅カットだった。その結果が今回のロードマップ2.0には反映されている。中国として石油消費を抑えるためには、当面はHEVに頼るほうが賢明であるとの判断である。
じつは、中国政府が描いた電動化へのプランは、あちこちで失敗している。まずは「中国政府が認定した企業から中国製のLiBを購入して搭載しないとNEVのプラスクレジットは与えない」という規制。これは約1年半で白紙撤回された。その次に打ち出した「中国版テスラ育成計画」であるBEV新興企業の育成策は、国内外の投資家の厳しい選択眼から継続が困難になり、一時は80社以上あった新興メーカーは、NIO(蔚来汽車)や小鵬汽車などほんの数社を除いて全滅した。ほとんどの企業が未完成の(言い換えればいい加減な)デジタル設計図しか持っていなかったため、量産に必要な投資を集めることができなかった。
こうした失敗の経験がロードマップ2.0には反映されている。当初の目標である「NEV普及」というカンバンを降ろすことなく、つまり習近平政権のメンツは保ったままで石油消費を削減するには、ロードマップ2.0に示された内容の実施がもっとも現実的。そういう判断なのだろう。
もうひとつ、筆者は中国の研究者からこんな話も聞いている。
「中国はCO2が温暖化など気候変動の理由のすべてだとは思っていない。森羅万象はそんな単純なものではない。中国科学アカデミー会員のある熱力学専門家は、太陽活動の影響のほうが人為的CO2排出よりもはるかに影響が大きいと試算した。ただし諸外国からCO2排出で非難されないような行動オプションは政府内でつねに考えられている」
非常に現実的であり、かつ科学的な発言だ。ロードマップ2.0がICE廃止を謳っていない点も現実的だ。石油消費削減は中国の国家財政と安全保障に関わる問題であり、諸外国の環境論議に巻き込まれることなく自己完結したい。そんな意思が伝わってくる。
ただし、実現のためには海外のHEV技術が欲しい。トヨタが昨年4月にTHS(トヨタ・ハイブリッド・システム)の特許2万3740件を2030年末までの期限で無償開放した件で、いま中国メーカー数社が動いている。中国版THSが生まれる可能性が高まっていると筆者は見る。