さまざまな手法が入り交じるエンジンの技術革新。通底するのは、効率の著しい向上だ。その手段はどのようになるか。以下は、2011年に畑村博士にこれからの動きを予測してもらった内容。果たしてどんな内容だったか。
STORY:畑村耕一(Koichi HATAMURA) TEXT:世良耕太(Kota SERA)
*本記事は2011年に執筆したものです
2009年初頭(Vol.28)の『博士のエンジン手帖』のテーマは「20XX年のエンジン予測」で、筆者はこんなことを書いとった。
「今からパワートレーンの企画をせいと言われたらどうするかについて触れておこう。答えはガソリン直噴の可変動弁ターボじゃ。これにベリーマイルドなハイブリッドの組み合わせ。トランスミッションはDCT」だと。
エンジンだけで言えば、筆者が当時考えとった内容は現実になっとる。BMWが今年発表した2ℓ・直列4気筒は、直噴で、可変動弁がつき、ツインスクロールターボを備えている。このエンジンを、これまで130-200kWの出力レンジをカバーしてきた直列6気筒と置き換える戦略。ヨーロッパではすでにX1が置き換わっており、1シリーズ、5シリーズ、Z4、X3が順次置き換わっていく。
フィアットが2気筒を出し、フォードは3気筒を出した。気筒数の少ないエンジンに置き換わっていくのは間違いなく、そうなると振動低減技術が重要になってくる。実際、ヨーロッパでは昨年あたりから、エンジンマウントやクラッチのダンパーなどに関する研究発表がものすごく増えてきとる。画期的なものは出てこんじゃろうが、お金を掛けたものは出てくる。
エンジンの開発の方向は、エンジン自体の開発に集中する方向に加え、NOx触媒に懸ける方向が出てくるかもしれん。現時点ではまだ得体が知れんのんじゃが、(2011年の)8月30日から9月2日にかけて京都で開催されたJSAE/SAEのコンファレンス/セミナーでは、トヨタが画期的なNOx触媒を開発したと報告しとる。
これが実用化したら世の中ひっくり返るじゃろう。エンジンの開発でNOxのことを考える必要はなく、燃費のことだけ考えりゃあ良うなる。そうなると、リーンブーストいうのが出てくる。そんなの無理だと昔は言っていたが、無理だとは言い切れん状況になってきた。
リーンブーストとは、過給したうえで、リーンで回すこと。空燃比は薄ければ薄いほどサイクル効率は上がるし、温度が低くなって冷却損失が減る。結果、燃費が良うなる仕組みじゃ。画期的なNOx触媒に懸けるか、地道にエンジンの排ガス開発を続けるか、どっちがええか。三元触媒のときは触媒が勝った。NOx触媒はいまのところ劣勢じゃが、こればかりはわからん。突然いいものが出てくる可能性はある。
エンジンの開発では、マツダが新たな可能性を見つけ出しとる。ガソリンのスカイアクティブGは圧縮比14まで行けることを証明した。が、4-2-1排気を入れた「フル」スカイアクティブにしたところで、NAのままではトルクがないことに変わりはない。マツダは圧縮比を上げ、部分負荷領域でHCCIをやって燃費率を良くすれば、ストロングハイブリッドなんか要らん、小さなモーターを入れれば済むと言っとるが、筆者はそう思わん。やはり、低速トルクの高いガソリン直噴の可変動弁ターボにベリーマイルドなハイブリッドを組み合わせ、トランスミッションはDCT。これが本命じゃろ。マツダはスカイアクティブの技術を生かして過給ダウンサイジングエンジンを設計すれば、これまで10だった圧縮比を12にすることができるんじゃが......。
過給ダウンサイジングは燃費の目玉(エンジン回転数と負荷の関係から導き出される燃費率の良いゾーン)を大きくしようとする開発の方向性じゃが、ハイブリッド、とくにトヨタ・プリウスのようなストロングハイブリッドは、目玉を大きうしていくんじゃのうて、目玉の数値を良くしていく開発が進んでいく。前述したリーンブーストもこの方向。トルクを落としても燃費率の絶対値を上げようという考えで、ストロングハイブリッドやシリーズハイブリッドは、燃費の目玉だけを使うから成立する。
ディーゼルは圧縮比を低くする方向じゃ。マツダのスカイアクティブDが最先端を行っており、ついに14を実現した。圧縮比を下げるための手段は、排気側につけたVVL(可変バルブリフト機構)をうまく使うことで、低温時に排気をもう1回吸うこと。これによって燃焼が改善されるんで圧縮比が下げられる。圧縮比が低いと均一予混合燃焼の領域に近うなって、煤とNOxが同時に減って燃費も良うなる。マツダはNOx触媒なしでユーロ6を通すと言っとる。マツダが上手にやったんで、ディーゼルも可変動弁系が一般化し、圧縮比を大幅に下げていく方向に進むじゃろう。
さて、『20XX年』の記事では、「均一予混合燃焼(HCCI)の領域に、ガソリンもディーゼルも集約していくじゃろう」と書き、「問題点は、現状、運転領域が限られていること。低負荷時は火が点かず、高負荷時はノッキングを引き起こす。実用域が狭すぎて使い物にならん」と説明した。
それから2年後、HCCIの可能性は着実に広がっとる。畑村エンジン研究事務所は千葉大学と組み、実用域を広げる突破口のひとつに位置づけるブローダウン過給システム(吸気行程の終わりに高温高圧の排気ガスを再導入する)の研究を続けとるが、研究の成果があり、HCCI領域は低負荷側にも高負荷側にも広げられるようになった。それが実験的に検証され、解決の見通しがついた。
これまではHCCIの実現手法としてNVO(負のオーバーラップ:排気弁を早く閉じ、吸気弁を遅く開く)という制御を用いるのが一般的じゃったが、中負荷しか運転できん。ブローダウン過給をすれば、たくさんの空気とたくさんのEGRが同時に入るから、より高負荷側で運転ができる。さらに低負荷では、吸気弁閉時期を早めて両方の弁が同時に閉じた期間を設けたり、水温を高温に制御するようにした。その結果、負荷の低い領域までHCCI運転ができるようになった。ただし、多気筒でHCCI運転をすると着火時期の気筒間差が運転領域を制限するので、着火時期を気筒ごとに制御する必要が出てきた。
それを実現するのが2次エア噴射じゃ。排気ポートに小さなエアインジェクターをつけて、EGRガス内に少量のエアを噴く。こうして噴射量を気筒ごとに制御することによって、温度をコントロールし、着火時期を制御する仕組み。サイクル毎にも着火時期を制御できるので、正確な着火時期制御が可能になる。これが2年間の進歩。HCCIはJC08モードで使う運転領域をほとんどカバーできるレベルにまでなった。目指す過給ダウンサイジングHCCIの研究はこれからだが、「将来エンジン」と言い続けてきたHCCIが「現実」に近づいてきとる。