軽4輪自動車の規格改定は1998年10月が最後だった。このとき、車体寸法は全長3.40m、全幅1.40m、全高2.00mから全幅だけ1.48mに拡大され、エンジン排気量は660cc上限のままだった。これ以降、車両規格の見直しは行なわれていない。最後の改定からすでに20年、次の規格改定はあるのか、それともないのか……。じつは、ここは「税金」に大きく関係している。
TEXT◎牧野茂雄(MAKINO Shigeo)
2015年4月に軽自動車(自家用)税が年額7200円から10800円に改定されたときは販売台数に影響が出た。また、2019年10月1日施行の税制改正で登録車の自動車税額が引き下げられたとき、軽自動車は据え置かれた。軽自動車ユーザーから見れば、この2件の税制改正は「虐げられている」感のある出来事だった。
しかし、2015年の改定も2019年の改定も、軽自動車と登録車の税額格差を小さくするための措置というのが表向きの理由だ。軽4輪の税金を値上げし、登録車は値下げする。660ccを境に極端に税額が変わる制度を、もっと「なだらかな」増額へと改めた、と。たしかにそう言える。
その一方で、国内の自動車販売台数に占める軽4輪の比率は少しずつ上昇している。2016年から2019年までの4年間で新車販売に占める軽自動車の比率は34.7%から36.8%へと2.1ポイント上昇した。自動車市場全体で見れば、比率が増えている軽4輪を増税し、比率が減っている登録車を減税することで「自動車税全体のなかでのシェアを少し変える」意図があることは明白だ。
おそらく、財務省は「今後も軽自動車はじわじわと増え続ける」と見たのだろう。税金を徴収する側から見れば、需要が増えているところを増税することが正義である。たとえば、今年10月1日に酒税法改正が施行され、ビールと発泡酒(麦芽比率50%以上)は1ℓ当たり20円の減税、新ジャンル(ビール・発泡酒を除くビールテイストのアルコール類)は1ℓ当たり28円の増税となるのも「需要が増えているカテゴリーへの増税」で酒税全体の税収を確保するという考え方だ。
10月1日にはたばこ税も値上げされる。たばこ税は非常にわかりにくく、紙巻きたばこは現在の13.244円/本から今年10月1日に14.244円/本、来年10月1日に15.244円/本へと引き上げられる。ずべてたばこ葉でできている葉巻(シガー)とパイプ用のたばこ葉は1グラムで紙巻きたばこ1本に換算されるほか、1本0.7グラム以下の軽量な葉巻たばこ(シガリロ)は来年9月末まで1本が紙巻きたばこ0.7本という特例勘定が継続される。
今回のたばこ税値上げの背景には、巻き紙にたばこ葉を混ぜたシガリロ扱いの製品、インドネシア産の「フォルテ」という輸入タバコが異常に売れ行きを伸ばしたという経緯がある。これを見てJT(日本たばこ産業株式会社)は「ゴールデンバット」など数銘柄を「フォルテ」のようなタバコ葉入り巻き紙に変更し、売り上げを伸ばした。シガリロ扱いの細い軽量タバコなので税金が安く、そのため販売価格を抑えることができた。
財務省から見れば、これは「税法上の抜け穴」であり、潰すしかない。売れている商品の税額・税率を重くするという方法は、酒でもたばこでも自動車でもまったく同じなのである。
ちなみに、筆者は以前、BEV(バッテリー電気自動車)が使用する電力に税金をかけるのかどうか、旧知の財務官僚に聞いたことがある。答えはこうだった。
「電力は何に使われるか特定できない。そもそも電力にはすでに税金がかかっている。BEVが増えたら、電力各社に『管内のBEV保有台数×いくら』で課税する案がある。個人には課税しない。電力会社に課税する。あとは電力会社が正当な徴収理由を考えればいい」
ついでに、太陽光発電などで自家発電して電力会社に電気を買い取らせている会社や個人を優遇するために一般家庭に強制的に払わせている「再エネ発電賦課金」はどうするのか聞いてみた。
「それは電力業界の都合であり税金ではないから、我われは関係ない。たしかに再エネ賦課金は問題が多いが、だから電力会社はできるだけ目立たないように課金している。消費者運動でも起こすしかない」
この再エネ賦課金はあまり知られていないが、結構な金額を取られている。筆者宅は毎月2000円ほど徴収されている。明細を確認してみることをお勧めする。
話を軽自動車に戻す。軽4輪と登録車の税額格差を縮めるというこれまでの流れをみれば、国土交通省が軽自動車の車両規格を改定する意図がないこをはよくわかる。エンジン排気量を上限800ccにしてほしいという軽4輪メーカーの要望は以前からあるが、ここは認めそうにない。
軽自動車メーカーは「輸出仕様は800ccエンジンを搭載している。800ccのほうがエンジンの負荷が減り燃費もドライバビリティもよくなる」と主張してきた。軽4輪の衝突安全基準が登録車並みになるときも「車両重量が重たくなるから660ccでは厳しい」と訴えた。しかし却下された。
1998年に全幅だけプラス8cmになった理由は、側面衝突対策だった。国土交通省は「登録車と同じ安全基準を軽4輪に採用してもらうから、全幅だけは拡大を許可する」と、内々に登録車メーカーに説明した。同時に、軽4輪メーカーに対しては「登録車メーカーにはそう説明したから、当分の間、室内幅は広げないようにしてほしい」と指導した。そして、エンジン排気量アップは断念させた。
これを受けて軽4輪各社は、横幅を1.48mに拡大したモデルを投入したが、室内幅は「旧型を踏襲」だった。もっとも、国交相との約束を守るのは「次のマイナーチェンジまで」であり、技術革新で室内幅を広くできましたとの理由で1年後には「さらに室内幅の広い軽」が誕生した。
1998年当時は、トヨタも日産も軽4輪を自社ブランドでは販売していなかった。いまではトヨタも日産も「軽4輪に無関係」とは言えない。トヨタはスズキと資本提携しダイハツは完全子会社化した。日産は三菱を傘下に収め軽市場で存在感を拡大している。かつては「軽4輪メーカーvs登録車メーカー」という対立の構図があったが、現在は状況が複雑になった。
かつて1980年代末のバブルの時代に、路上放置(廃棄)車両が社会問題化し、警察庁は「軽4輪車にも車庫の届出を義務付ける」という法改正を実施した。当時、これは「軽メーカーいじめではないか」とも言われたが、そうではない。警察庁が狙っていたのは、ほかの官僚組織同様に「社会への影響力拡大」「収入増」「天下り先確保」だった。しかし、登録車並みにはできなかった。
登録車は車庫証明(自動車保管場所証明書)の申請・取得が必要だが、軽自動車の場合は自動車保管場所届出書を「最寄りの警察署に提出しなければならない」にとどまる。登録車の場合は一般に車庫証明と呼ばれるが、軽自動車の場合は車庫疎明になる。疎明とは「弁明」に近い表現だが、これは登録車が財産であるのに対し軽自動車は財産にはならないという税法上の解釈からである。
しかし、軽4輪ユーザー(あるいは販売店)にとっては車庫の届け出という面倒な作業がひとつ増えた。もっとも、警察庁にはこの情報を防犯に役立てるという大義名分があり、軽自動車メーカーも反対しなかった。
1998年の全幅規定改定以降、たまに水面下で「そろそろ規格の見直しもいいのでは」との話が持ち上がるものの、具体的な議論には結び付いていない。近年の例で挙げれば、不評の「黄色いナンバープレート」が部分的に救済されただけにとどまる。
軽自動車の黄色いナンバープレートは「高速道路での最高速度が登録車と軽4輪では異なっていた」「有料道路料金も異なっていた」という理由が背景にある。速度取り締まりと料金収受の際に「軽自動車を見分けやすくする」というのが表向きの理由だ。
このうち最高速度については2000年の法改正で登録車と軽4輪車の区別はなくなった。有料道路での料金収受については、国土交通省が完全ETC化を目指しており、最後まで残るのはNEXCO以外が運営する地方有料道路だけになるだろう。そうなれば、軽自動車を黄色ナンバーにしておく意味はなくなる。
ラグビーワールドカップや東京オリンピック・パラリンピックを記念したナンバープレートは地色が白なので軽自動車ユーザーにも人気がある。オリンピック・パラリンピックは延期になったため、記念ナンバープレートの申し込みも21年9月末までになった。イベント記念とは言え、「白いナンバープレート」を軽4輪にも交付したという前例が、このあとどう影響するだろうか。お役所仕事はすべて前例主義だから、なんらかの進展があるかもしれない。
登録車メーカーにしても、軽4輪のナンバープレートを「見やすいようにしておく」根拠がなくなれば、表立って異議は唱えられない。筆者は、軽4輪の規格改定は「当分の間はない」と見るが、黄色いナンバープレートをどうするかが攻防ラインになるのではないかと見ている。