R・RWD+4座を堅持するポルシェ911。一級のスポーツカーであるためにはもはや不利とも言えるこのパワートレーンレイアウトから、どのようにシャシーを組み立てるか。
STORY:國政久郎(KUNIMASA Hisao) TEXT:松田勇治(MATSUDA Yuji)
911がスポーツカーであろうとするなら、運動性能と操縦性安定性を高次元で両立させることが困難なRRレイアウトは、大きなデメリットでしかない。しかし、RRで成立させなければ、企業の存亡に関わる。個人的な見解としても、3代目となる開発コード964系以降の911からは、いい意味での必死さが伝わって来ることが多かったように思う。車体構造を一新し、サスペンションも一般的なコイルばね採用などで効率を高め、各部に過剰とも思えるほどの強度・剛性を確保、果ては4WD化にまで踏み切った。一連の開発を通じて得た技術的蓄積は、はかり知れないものがあったことだろう。実際、空冷エンジンの最終形となった993系の自然給気版など、かなり良好なレベルまで持ち込めた例も少なくない。
しかし996系で、911は再び苦境に直面させられる。新たに登場した986系ボクスターとの棲み分けや、各種の規制対応などの意味からサイズアップに踏み切るが、それでもグランドツーリングへの転向は許されない。GT3やGT2の投入でブランドイメージこそ堅持していたものの、通常版の仕上げは、どうにも中途半端な印象が否めなかった。
では、997系はどうか。まず背景として考慮しておくべきは、987系ボクスター/ケイマンとのパーツ共用率を高めつつ、ほぼ同じタイミングでモデルチェンジを行なったことだ。並行する開発工程において、両者の立ち位置が入念に再検討されたことは想像に難くない。その結果、987系はスポーツ指向を強め、逆に997系は軽快さを取り戻す方向性に振られたというのが私の見解だ。
それを実現するための鍵が、ESC(ポルシェの呼称ではPSM:Porsche Stability Management)である。996では1999年に追加されたカレラ4とターボから、986では2001年モデルから投入し、987、997ではともに標準化を進めた。ミッドシップもRRも、ESCの恩恵は絶大である。介入のタイミングさえ適切なら、決定的な破綻を回避しつつ、その手前までは特有の“味”を残しておくことが可能になるからだ。
その匙加減は本当に難しいのだが、2009年モデルからはGT3にもESCを搭載したことを考えると、ポルシェはその加減を見切り、システムの錬度が完成の域に至ったと判断したのではないか。そこで生まれる“余力”は、日常域の味付けに活かす。試乗した直噴+PDK仕様も、初期モデルで見られたヘッドアウト傾向がきれいに解消されていた。
気が付けば電子制御の塊と化している911だが、RRというアイデンティティを保ちつつ生き残っていくためには、現実的にこれ以外の道はなかった、というのが結論だろう。その是非については、なんとも判断が難しいところではあるのだが。
987系ボクスター/ケイマンと997系では、パーツ共用率が50%を超えているといわれる。それが顕著なのがフロントセクション。直接比較はできなかったが、A字型アームを前後で分割したかのようなロワーの構成など、酷似している。とはいえ996から基本構成は変わっておらず、ビッグマイナーチェンジと考えてもいいだろう。
997ではステアリングギヤは、ラックの歯をバリアブルピッチとした可変レシオを採用している。リヤも合わせてイラストは911カレラのもので、ダンパーもコンベンショナルな仕様の状態。他のグレードではブレーキなど細部の仕様が異なってくる。
トレーリングリンクはアルミ鍛造製。フロントにテンションロッド的に使われるのは、昨今では珍しい構成。Aアームを前後で分割したと考えてもいい。ロワーアームもアルミ鋳造製で、ハブ側マウント部に向けてやや複雑な3D形状で構成。このイラストでは表現されていないが、要所にリブを立て、剛性確保と肉抜きによる軽量化努力が随所に見て取れる。アンチロールバーリンクはストラット直付けでレバー比は良好。
ハブキャリアはいかにも頑丈そうな構造で、ストラット式の弱点である横方向の剛性確保を優先した設計。試乗車では、ブレンボの刻印が入っていた。ブレーキシステムと合わせて委託しているものと推測する。
ステアリングギヤはサブフレームとの間にブッシュ類を介さず直付け。操舵のフィールと正確さに寄与する設定としている。タイロッドは正面視でロワーアームよりかなり高い位置に設定されている。バンプステアの影響などを考えると理想的なものとは言いがたいが、トレーリングリンクとの兼ね合いから、このような配置とせざるを得なかったのだろう。
クロスメンバーはアルミ製。全体的な形状はボクスター/ケイマンのものと似ているが、細部を観察すると、強度・剛性確保のための配慮は一段上のレベルと判断できる。ボクスター/ケイマンが後輪駆動のみなのに対し、911系では4WDを設定する必要があることが、その差の一因となっていると推測できる。ボディ側へのマウントも、要所はほぼ剛結に近い設定だ。
アッパー側は台形配置・前後分割のダブルリンク、ロワー側は長いトレーリングリンクとメインリンクを交叉させた配置で、後方にトーコントロールリンクを配する5リンク構成。ポルシェはLSA(Light weight, Stable, Agile:軽量、安定、俊敏)マルチリンク式と銘打っている。
基本的な構成は993系から変わっていないが、996以降では各部のパーツをボクスターと共用する都合上、トレーリングリンクのピボット配置など、ハイパワーRR車のリヤサスとして、論理的に退行していると判断せざるを得ない部分も散見される。もはやESCありきの設計と割り切っているのだろうか?
トレーリングリンクはアルミ製。非常に長く、前上がりに大きく傾斜した配置で、アンチスクワットを強く意識したジオメトリー。ハブキャリア側でロワーリンクが貫通する配置となっている。トレーリングリンク自体はボクスターもよく似た構成を採用しているが、ジオメトリー面ではより高度な安定性の確保を目的としていることが明確に見て取れる。パーツ単体の強度・剛性も、911系のほうが一段上手な印象だ。トーコントロールリンクはアルミ鋳造製で、かなり高い位置に設定。リヤのスタビリティレベルを高く確保することを意図した設定と推測できる。ロワーリンクはアルミ鍛造製とし、ハブキャリア側のピボットを、トレーリングリンクを貫通しながら共用する構成。フロントに比べると、相当に強度・剛性に配慮した構造だが、同時に細部の肉抜き入念に行ない、軽量化への配慮も徹底されている。アンチロールバーリンクはストラット直付けでレバー比は良好。
クロスメンバーはフロント同様にアルミ製。ミッドシップのボクスター/ケイマンとは大きく異なる構成。リヤエンジンの911にとっては、この部分の構成ならびに強度・剛性が操縦性安定性に与える影響は非常に大きく、911の車体構成における最重要ポイントのひとつともいえるだけに、材質、製法ともに贅を尽くした作りとなっている。