日産の新型車攻勢の第一弾として登場したキックス。クルマ自体はすでに世界で販売されているが、日本市場への導入に当たってはe-POWERの採用に始まりデザインや走りの見直しが行なわれ久々の日本でのブランニューモデルに相応しいつくり込みが為された。
REPORT●山本 シンヤ(YAMAMOTO Shinya)
PHOTO●平野 陽(HIRANO Akio)神村 聖(KAMIMURA Satoshi)
※本稿は2020年7月発売の「日産キックスのすべて」に掲載されたものを転載したものです。
日産巻き返しへの期待の新型車第一弾として投入
新型コロナの影響でオンラインでの発表となった日産の2020年3月期決算は最終損益が6712億円の赤字と発表された。赤字額としては99年にカルロス・ゴーン元会長が着任して改革に乗り出した00年3月期以来の低水準である。
その後に行なわれた事業構造計画発表「NISSAN NEXT」の会見で、内田誠社長兼CEOは「失敗を認め、正しい軌道に修正し、構造改革を一切の妥協なく断行する」、「日産を必ず成長軌道に戻す。経営層が意識を変え、社内の内向きの文化を変え、お客さまや販売会社、取引先からの信頼を取り戻す」と語った。
その内容は工場の閉鎖、生産能力の最適化、アライアンスのさらなる強化に加えて「積極的な新車投入」を公言。振り返ると、ここ数年の日産のモデルラインナップは高齢化が著しく、車齢が5年以上のモデルに加えて中には10年近いモデルも……。
それを販売現場の努力で何とかカバーしていたが、それにも限界があった。筆者も販売現場から「売りたくても売れるクルマがない‼︎」という悲痛の声を数多く聞いていた。
やはり、自動車メーカーの信頼関係回復への特効薬は「いいクルマを提供すること」だ。今回の会見の締めくくりに「NISSAN NEXT:From A to Z」という映像が流されたが、その新車投入第1弾が今回紹介するコンパクトクロスオーバーSUVの「キックス」である。
そんなキックスだが、最初にお伝えしておく必要があるのは、国内市場での年ぶりのブランニューモデルではあるものの完全な新規開発モデルではないということだ。キックスは16年に南米を皮切りに北米や中東、アジアに導入済みのモデルで、今回日本に導入されるモデルは日産の経営ビジョンのふたつの柱「電動化」と「電脳化」をプラスした大幅改良モデルとなる。つまり、今回はゼロスタートではなく「知り尽くしたリソースを使いこなす」という道を選んだのだ。その是非に関してはこれから先を読んで判断いただきたいと思う。
エクステリアはパッと見て「エクストレイルの弟分」といった印象を受けるフォルムだが、シャープな形状の薄型LEDヘッドランプとより立体的になったVモーショングリル、さらには宝石をあしらったLEDリヤコンビネーションランプの採用なども相まって、「スポーティ」さと「先進性」、そして決してこれ見よがしではない「いい物感」が備わっている。ちなみにボディサイズは全長4290×全幅1760×全高1610㎜と日本のコンパクトクロスオーバーSUVの平均的サイズだ。
ボディカラーはツートーン4色、モノトーン9色の全12色を用意。プレミアムホライズンオレンジ/ブラックやサンライトイエローを選ぶとよりアクティブに、逆にラディアントレッド/ブラックやブリリアントホワイトパールを選ぶとより知的に……と表情を変えるから面白い。
加えてディーラーオプションの前後アンダープロテクター、サイドシルプロテクター、ルーフスポイラーを装着すると、腰高感が抑えられ大地を踏ん張るような構えとなり、スポーティハッチを彷彿とさせる雰囲気に……。個人的には都市部メインであれば是非ともおススメしたいアイテムである。
インテリアは水平基調のシンプルかつ機能的なインパネまわりで、奇を衒わず極めてオーソドックスな操作系レイアウトとなっている。ダブルステッチ付きシートやソフトパッド&ドアトリム、グロスブラックの加飾など質感を高める努力はしているが、細かく見ていくと樹脂パーツやスイッチ類のクオリティ、無駄に大きい樹脂パネルにポツンとひとつだけ装着されたSOSコールのボタンなど、全体の「調和」という意味では少々気になるところも。内装色はブラックのモノトーン(シート地は合皮/織物コンビ)とオレンジタン/ブラックのツートーンインテリア(シート地は合皮)が選択可能だが、ツートーンインテリアのほうがデザインをより引き立たせると思う。
個人的にはノートe-POWERの独特な形状からレバー式に変更された電制シフトは操作性を含めてうれしい進化だが、少々残念なのはリーフから水平展開されたアナログ+7インチフルカラーディスプレイのメーターがすでに前時代的に感じてしまうこと。先日北米で発表された新型ローグと同じフル液晶メーターだったら、インテリアの印象も少し変わっていたかもしれない。
フロントシートに座るとAピラーはどちらかと言えば太い部類に入るのだが、フロントガラスの見開き角度や低いウエストライン、さらに突起の少ないインパネなどにより視界の良さと開放感の高さに驚く。シートポジションはノートよりも高められているが、運転感覚はクロスオーバーSUVというより目線が高いハッチバックに乗っている感覚である。
リヤシートの居住性やラゲッジスペースはエクステリアから想像できない広さを備える。実際に身長170㎝の筆者が座っても足元スペース、頭上スペースともにこぶし1個以上の十分な余裕がある上に、肩まわりの張り出しが少ないフロントシートと大きめに設計されたリヤサイドウインドウも相まって視覚的な開放感も高く、ファミリーカーとしても十分使える広さを備える。ただ、このクラスにしては大きめのセンターコンソール収納を採用したが故に、フル乗車の際はセンターに座る人の足元スペースは少々我慢が必要だ。
ラゲッジルームは折り畳みテーブルが真っ直ぐ入る荷室長900㎜の確保に加えてMサイズのスーツケース4個を楽々飲みこむクラストップの容積が確保されている。
パワートレーンはガソリンエンジンを用意せず、全車エンジンで発電した電気を用いてモーターの駆動を行なう「e-POWER」のみの設定だ。EVの力強さ/加速感を航続距離の心配なく味わうことができるパワートレーンで、当初はEVに傾注したことでハイブリッド展開が遅れたことによる「苦肉の策」として登場したシステムだが、導入するや否や「充電不要なEV」は爆発的な大ヒットにより日産の国内販売の救世主となった。今や日産の電動化戦略に欠かせない存在で、今回のキックスの搭載に合わせて海外展開も開始。
発電用エンジン(直列3気筒1.2ℓ)、モーター、インバーター、バッテリーといった基本構造はノートと同じだが、キックスへの搭載に当たってエンジン出力は5%、バッテリー出力は14%引き上げられ、モーターの最高出力は80→95kW(19%アップ)、最大トルクは254→260Nm(2%アップ)へとアップ。これによってリーフ同等のパワーウェイトレシオを達成している。
ノートe-POWERに比べ反応良く動き出す
実際に走らせると、アクセルひと踏みで「スッと発進」、「スムーズな加速」といったドライバーの操作に対するレスポンスの良さはノートe-POWERよりもノートe-POWER NISMOに近い印象で、車両重量1350㎏と決して軽くはない車体を「おっ、速い」と感じさせるくらいの力強さを備える。これであれば普段はECOモードでも十分かもしれない。
キックスと同クラスとなるライバルのパワートレーンはガソリン/ディーゼル/ハイブリッドなどさまざまだが、どれも「帯に短し襷に長し」といった印象が強い。しかしキックスはベストinクラスと言っていいくらいの動力性能の持ち主だと思う。
ブレーキは日産の電動化モデルでお馴染みの、アクセル操作のみで車速コントロールが可能な「1ペダルドライブ」を採用するが、従来のそれよりも自然で人間の感覚に近い制御になっているような気がした。
さらに驚いたのは静粛性の高さである。ノートe-POWERではエンジンが始動するとEV走行時とのギャップに興ざめすることも多々あったが、キックスは遮音材の追加やガラス厚の変更、車速に応じたエンジン回転数の制御、さらに発電タイミングを充電量重視→車速重視へ変更することで、定常走行時であればエンジンが始動してもあまり気にならないレベルに抑えられている。
もちろん、高速道路の合流などでアクセルをグッと大きく踏み込むと3気筒特有の軽めのエンジン音は聞こえてくるが、体感的にはエンジンが遠くで回っているイメージで、耳障りではなかった。今回試乗して気になったのは、エンジン音でもロードノイズでもなく風切り音だった。
安定感が高くしっとりした質の高いハンドリング
フットワークはマーチやノートも採用している「Vプラットフォーム」だが、ワイドトレッド化&ロングホイールベース化、さらに車体主要部位やサスペンションメンバーなどに高剛性構造が採用されたバージョン2と言ってもいい進化版。欧州専売となっているコンパクトハッチバック「マイクラ」のそれに近いようだ。加えて、キックス用として高応答の大径ダンパー採用のサスペンション、ウレタンのバンプストップ、17インチのタイヤなどが奢られる。
実は筆者はそのマイクラに試乗したことのある数少ない日本人だが、その時の印象は「マーチ/ノートとは別物、日本のユーザーは馬鹿にされているのか?」だったが、キックスに乗ってマイクラを思い出した。
ステアリングはタウンスピードでは扱いやすさ重視、60㎞/hくらいを境に手応えがシッカリしてくるフィーリングだが、個人的には速度域に関係なくもう少し直結感があると安心感がより高まると感じた。
ハンドリングはノートより最低地上高は+40mm、全高は+90mmと素性的には不利だが、それを感じさせない……いや、むしろノートよりもレベルが高い走りを見せる。車両重量は1350㎏とこのクラスでは重い方だが、クルマの動きは決してキビキビ系ではないものの、バッテリーを搭載していることを忘れてしまうくらいの軽快さを持つ。加えて姿勢変化を抑えたクルマの動きやバッテリー搭載による低重心化や前後バランスの適正化、さらにコーナリングをサポートするインテリジェントトレースコントロールの制御も相まって、「ちょっと曲がり過ぎかも」と感じるくらいノーズは入る。つまり、見た目に似合わず意外とコーナリングマシンなのだ。
快適性はしなやかかつシットリした足の動きと段差乗り越え時の素早い衝撃吸収性、そして粗い路面でのザラサラした振動の少なさなど、フラットで優しい乗り味は、「まるでプレミアムカーのような……」とまではいかないものの、いい意味で見た目を裏切る動的質感の高さを持っており、兄貴分であるエクストレイルを確実に超える。これはボディ構造やサスペンションに加えて、e-POWERによる車両重量の増加や身体を安定した姿勢で支えるシート構造などもプラスに働いているはずだ。
先進安全技術はプロパイロットやインテリジェントエマージェンシーブレーキ(単眼カメラ+ミリ波レーダーの最新スペック)を始め、インテリジェントLI(車線逸脱防止支援システム)、LDW(車線逸脱警報)、踏み間違い衝突防止アシスト、SOSコールなど多彩なアイテムを用意。中でもプロパイロットを標準装備にしたのは高く評価したいポイントだが、その一方で多くの人が便利だと実感しているインテリジェントアラウンドビューモニターがメーカーオプション設定なのは残念な部分である。
そろそろ結論にいこう。キックスはプレミアム過ぎず、カジュアル過ぎず、スポーティ過ぎず、個性派すぎず……と、非常にバランスの取れたモデルに仕上がっていると思う。確かに個性的なジュークと比べると控えめな部分もあるが、ジュークは変化球……それもかなりのクセ球だったのに対してキックスは「直球勝負」のモデルであると考えれば納得だろう。価格は275.99万円〜と、スターティングプライスだけ見ると割高に感じてしまうが、その理由はほぼモノグレード展開のためだ。ちなみにライバルの同等装備のグレード同士で比べるとほぼ同じ、いやe-POWERであることを考えると、むしろお得かもしれない。ただ、気になるのはFFのみで4WDの設定がないこと。実はVプラットフォームは構造上メカニカル4WDが成立しないので、仮に追加されるならノートe-POWERと同じく電動4WDになると予想される。
新生日産の日本市場における新たなエースになることが約束されているキックス、まさに「期待のニューフェイス」の誕生である。
主要諸元表(グレード:X ツートーンインテリアエディション)
【寸法・重量】
全長(㎜):4290
全幅(㎜):1760
全高(㎜):1610
室内長(㎜):1920
室内幅(㎜):1420
室内高(㎜):1250
ホイールベース(㎜):2620
トレッド(㎜):(前)1520、(後)1535
最低地上高(㎜):170
車両重量(㎏):1350
定員(名):5
【エンジン】
型式:HR12DE
種類:直列3気筒DOHC
ボア×ストローク(㎜):78.0×83.6
総排気量(㏄):1198
圧縮比 :12.0
最高出力(kW[㎰]/rpm):60[82]/6000
最大トルク(Nm[㎏m]/rpm):103[10.5]/3600-5200
燃料供給装置:ニッサンEGI(ECCS)電子制御燃料噴射装置
燃料タンク容量(ℓ) :41(レギュラー)
【モーター】
型式:EM57
種類:交流同期電動機
最高出力(kW[㎰]/rpm):95[129]9/4000-8992
最大トルク(Nm[㎏m]/rpm):260[26.5]/500-3008
駆動用主電池 種類 :リチウムイオン電池
【トランスミッション】
形式:―
変速比:(前進)―、(後進)―
最終減速比 :7.388
【駆動方式】FF
【パワーステアリング】電動
【サスペンション】
前:ストラット
後:トーションビーム
【ブレーキ】
前:ベンチレーテッドディスク
後:ディスク
【タイヤ・サイズ】205/55R17
【最小回転半径(m)】5.1
【JC08モード燃費(㎞/ℓ)】30.0
【WLTCモード燃費(㎞/ℓ)】21.6
市街地モード(㎞/ℓ):26.8
郊外モード(㎞/ℓ):20.2
高速道路モード(㎞/ℓ):20.8
【車両本体価格】286万9900円