WRC(世界ラリー選手権)のホモロゲーションモデルとして開発し、2020年9月頃の発売を予定しているトヨタ「GRヤリス」。同車の「RZ」系グレードには実戦を見据えた専用のボディ・シャシー、そして新開発の1.6Lターボエンジンと4WDシステムが採用されている。だが、純粋に市販Bセグメントホットハッチの一台として見ると、競合するライバルは少なからず存在する。
そんなライバルの実力を検証する当企画、一台目はホットハッチの先駆者である「GTI」を擁するフォルクスワーゲンのBセグホットハッチ「ポロGTI」。2018年に日本での販売が開始された六代目「ポロ」をベースとし、200ps&320Nmの2.0L直4ターボエンジンと6速DCTを搭載する現行モデルに、ワインディングと市街地を中心として総計約300km試乗した。
なおテスト車両は、ADAS(先進運転支援システム)を満載する「セーフティパッケージ」(13万2000円)と、フルデジタルメーターとスマートフォンワイヤレス充電機能のセット「テクノロジーパッケージ」(7万1500円)、フロアマットGTI(4万4000円)、計24万7500円分のオプションを装着し、車両本体価格386万円と合わせて410万7500円の仕様となっていた。
REPORT●遠藤正賢(ENDO Masakatsu) PHOTO●遠藤正賢、フォルクスワーゲン
「随分大きくなったなあ」
余りにも単純すぎる一言だが、私にとって六代目ポロ自体とのファーストコンタクトになる、ポロGTIの実車を見た際の第一印象はこれだった。予備知識ゼロでこのクルマを見て、「これが新型ゴルフGTIです」と関係者に説明されたとしたら、即座に「嘘でしょ」と言い返せる自信はない。
その最大の要因は、先代より65mmも拡大され1750mmとなった全幅にあるが、さらに理由をさかのぼれば、ポロとしては初めて採用された、七代目ゴルフをルーツとするMQBプラットフォームだろう。

実際には七代目ゴルフGTIの方が全長は200mm、全幅は50mm、全高は30mm、ホイールベースは85mmも大きいのだが、リヤまわり以外は非常によく似たデザインとプロポーション、そして質感を備えていることもあり、遠目では見間違えやすいというのが偽らざる本音だ。
一方でインテリアは、GTIであっても落ち着いた色合いでまとめられている七代目ゴルフに対し、ポロGTIはベース車の上級グレードと同じく加飾パネルを広範囲に使用した、ドイツ車としては派手な装い。とはいえドイツ車らしい質実剛健さと工業製品としての品質の高さはしっかり兼ね備えているので、古参のドイツ車マニアがガッカリすることもないだろう。
そして何より、GTI伝統のチェック柄をまとったシートは前後とも「素晴らしい」の一言。身長176cm・座高90cmの筆者が座ってもサイズは充分以上に大きく、クッションは適度な硬さで、サイドサポートも乗降性を損ねない範囲でしっかり確保されている。
ただし後席は足先が前席の下に入りにくく、脚全体を伸ばしきることができないため太股が座面から浮きがち。先代ポロより長さ・幅・ホイールベースとも拡大されたボディサイズのおかげで後席も確実に広くなっているのだが、そうしたわずかな欠点がその恩恵を体感しにくいものにしていた。
なお、後席使用時の荷室容量は先代の280Lから305Lに拡大しているのだが、フロアボードを上段にセットした状態で後席を倒しても傾斜が強く、大きな荷物を積むのには適していない。こちらも後席と同様、先代はハッキリ「狭い」と言えるものが必要充分レベルに拡大されたと見るべきだろう。
そしてポロGTIには、ベース車より車高を10mm下げるなどセッティングを全面的に変更し、さらに「ノーマル」と「スポーツ」二種類のモードから選択できる電子制御ダンパーを組み合わせたサスペンションが採用されている。これに「エコ」と「カスタム」の二種類を加え、パワートレインやパワーステアリング、エアコンの制御も変更可能とした「ドライビングプロファイル機能」も標準装備だ。
まずは横浜市内の幹線道路と東名高速道路を流してみると、「ノーマル」モードで走行している限り、乗り心地はいたって快適で、今やハイチューンとはお世辞にも言えなくなった200ps&320Nm仕様のEA888型2.0L直列4気筒直噴ターボエンジンもターボラグが少なく扱いやすい。
だが、低回転域ではエグゾーストからの低音が室内に響き、粗粒路では大きめのロードノイズが耳障りになる。またストップ&ゴーが続く状況では6速DCTがギクシャクするうえ、ブレーキの初期制動力が強すぎるため、スムーズに走らせるのは極めて困難だ。
なお、走行モードを「エコ」にするとアクセルレスポンスが明確に鈍くなり、逆に「スポーツ」にするとリヤサスペンションからの突き上げが鋭くなって視線が上下にブレやすくなる。そのため、流れに乗って走る分には常時「ノーマル」モードにしておいた方が良いだろう。

だが、GTIの主戦場といえるワインディングに持ち込むと、そうした印象は少なからず変わる。「ノーマル」モードでも決して不安を覚えることはないのだが、「スポーツ」モードに切り替えるとロールスピードが抑えられ、パワーステアリングのアシストも減り、その一方でアクセルレスポンスは適度に鋭くなるため、より安定してコーナーを旋回することができる。
ポロGTIの車重は1290kgと重く、車検証上の前/後軸重量は810kg/480kgと、バッテリーを荷室床下に移設しているにも関わらず明確にフロントヘビー。純正装着タイヤもミシュラン・プライマシー3と決してドライグリップ最重視ではないのだが、ブレーキLSDの助けもあって、ほぼそう感じさせないほどハンドリングは軽快で、かつ大きなギャップを旋回中に乗り越えても安定性は抜群だ。
しかしながら、ペースを上げれば上げるほど、6速DCTがドライバーの意思をことごとく無視して勝手に変速制御する、ホットハッチにあるまじき悪癖が顔を出し始める。具体的には、マニュアルモードにしても6000rpm付近で勝手にシフトアップし、一方でシフトダウンの際は4000rpm以下になるまでシフト操作を受け付けてくれない。
それに苛立ちATモードに切り替えると、今度はコーナーの立ち上がりで高いギヤを選択し、エンジン回転をパワーバンドから外してしまう。そこで失速するため速度を高めようとアクセルを深く踏み込むと、今度は急にシフトダウンしホイールスピンを誘発してしまうのだ。
街乗りではスムーズさに欠け、ワインディングでは全く意のままにならないこのDCTに、一体何の存在意義があるというのか。これならば、低速域では滑らかに加速でき、中~高速域のダイレクト感ではDCTに引けを取らない、昨今のトルコンATの方が遥かに優秀だ。

そして最も不満なのは、欧州仕様に設定されている6速MTが、日本仕様にはないことだ。関係者に「売れないから」と言われてしまえばそれまでだが、このクルマの長所を台無しにしている6速DCTしか選べない日本のユーザーは、不幸というより他にない。
さらに車両本体価格は386万円と、GRヤリスの「RZ“ファーストエディション”」(「RZ“ハイパフォーマンスファーストエディション”は456万円)が掲げる396万円より10万円安いに過ぎない。いずれも若者どころか中高年でも気軽には買えない、高級車の域に最早達しているのだが、それでも走りの装備の充実度を考えればどちらがリーズナブルかは自明の理だろう。
またヤリスはベース車のポテンシャルが極めて高く、GRヤリスが絶対的な動力性能のみならず走りの質感、そして楽しさでも、ポロGTIを上回っていたとしも何ら不思議ではない。
率直に言って、敢えてGRヤリスを外してまで、今この6速DCTを搭載したポロGTIを積極的に選ぶ理由は、実用性の高さと高速走行時の快適性以外に見出しにくい。ホットハッチとしての素性は良いだけに、6速MT車の日本導入を強く望む。
■フォルクスワーゲン・ポロGTI(FF)
全長×全幅×全高:4075×1750×1440mm
ホイールベース:2550mm
車両重量:1290kg
エンジン形式:直列4気筒DOHCターボ
総排気量:1984cc
最高出力:147kW(200ps)/4400-6000rpm
最大トルク:320Nm/1500-4350rpm
トランスミッション:6速DCT
サスペンション形式 前/後:ストラット/トーションビーム
ブレーキ 前/後:ベンチレーテッドディスク/ディスク
タイヤサイズ:215/45R17
乗車定員:5名
JC08モード燃費:16.1km/L
車両価格:386万円