こちらを立てればあちらが立たず——エンジン設計は立体パズルであり、限られた寸法の中にすべてを納め、しかも部分的に過度な力がかかったり窮屈で故障の不安を抱えるような設計では市販車に搭載できない。そういう視点から見ると、スバルの水平対向エンジンは以前のEJ型も現在のFA/FB型も全体バランスの良い設計に思う。そこに敢えてOHV(オーバー・ヘッド・バルブ)というレイアウトを持ち込んでエンジンの横幅を抑えようと考えたのだが、考えれば考えるほど悩ましい。
TEXT:牧野茂雄(MAKINO Shigeo)
この連載の初回に掲載した図に対し、読者の方々から「これではバルブを動かせない」との投稿をいただいている。そのとおりです。順を追って説明しようと思っていたが、正解を投稿してくださるみなさんの数が増えたので、ここでMFi提案のOHVシステムについて詳しく説明する。
4ストローク・レシプロエンジンは2回転(クランク角720°)で燃焼1回であり、吸気/排気バルブは2回転に1度しか作動しない。だからカムシャフトはクランクシャフトの回転数の半分で回す必要がある。普通のエンジンは(1)図のようにカムシャフト側スプロケットのチェーン巻き掛け半径が大きい。この大きさを利用してVVT(バリアブル・バルブ・タイミング)機構を組み込んでいる。
MFi提案のOHV(2)図はカムシャフト側の巻き掛け半径のほうが小さい。小さくしたかったというのが理由であり、ほかに意図はない。普通に設計すると(3)図のようになる。このカムシャフトが吸気/排気の両方に対応したものなら、これでもいい。しかし吸気/排気両側にVVT機構を組み込みたい。それもできるかぎり小型のものを。排気側カムシャフトはエンジン下部に置く予定なので、下側への大きな出っ張りは避けたい。なぜならクランク軸の地上高を下げるためだ。
いまの水平対向エンジンはエンジン下部にいろいろなものが収容されており、けして出力軸の地上高は低くない。後軸へ向かうプロペラシャフトの傾斜角を見れば一目瞭然。(4)図のように(少々見にくいが)後軸へ向かうプロペラシャフトは「後ろ下がり」である。前軸出力のないFRレイアウトのトヨタ86/スバルBRZ(5)図も、同様にプロペラシャフト後傾角は大きめだ。AWD(オール・ホイール・ドライブ)車では、クランク軸出力を前方に折り返す2階建トランスミッションを備えるため、クランク軸の高さはむしろ有益である。しかし、もう少し下げたい。出力軸を下げるのなら、エンジン下部にはかさばるものを置きたくない。だからドライサンプにしてオイルパンを撤廃し、排気用カムシャフトもコンパクトに搭載したい。そう考えた。径の大きなスプロケットは邪魔だ。
実際、スバルも1997年に前軸出力位置を前方に出すことと、同時に出力地上高を下げるアイデアを東京モーターショー出品車両で想定していた。その時に配布された資料に(6)図がある。MFiも同じことを考えた。前軸とステアリングラックをそろって少し前に出したい。だからエンジン下側には出っ張りを作りたくない。
カムシャフト側の巻き掛け半径を小さくするにはどんな手があるか——考えたのが減速ギヤの利用だ。吸気/排気側ともにカムシャフトはプラネタリーギヤ(遊星歯車)で駆動する。まずクランクシャフトよりチェーン巻き掛け半径が小さいスプロケットで受け(1.3倍増速程度)、その入力をプラネタリーギヤで減速し、クランクシャフトの半分の回転数まで落とす。そしてプラネタリーギヤの出力と同軸にVVT機構を置き、カムシャフトの位相を変える。こういうシステムを想定したので、初回に掲載した「カムシャフト側の巻き掛け半径が小さい図」になった次第である。
既存のエンジンの写真を流用してOHVヘッドを描いてみたのが(7)図だ。筆者の下手くそな描画なのでご勘弁を。おそらく、OHV化でこの程度まではシリンダーヘッドの横幅を抑えることができるだろう。バルブスプリング長さの半分とカムシャフトのぶん、さらにカムシャフト側スプロケット部分の出っ張りも寸法を削ることができる。
ただしバルブ駆動系はかなりトリッキーだ。カムシャフトからのプッシュロッドをロッカーアームで受け、ロッカーアームのスイングによってバルブが開閉する。図はバルブ閉じの状態。カム山の動きに沿ってプッシュロッドが下がると「く」の字型の板バネのばね反力でバルブが押されてバルブ開の状態になる。
このイラストに違和感を覚える方は大正解。ここには描いていないが、カム山が普通とは逆なのだ。(8)図のような軽め穴の空いた半円形のような形状になる。これはデスモドロミック用のバルブ閉じ側カムである。通常、バルブスプリングはバルブ開のときに縮むが、このOHV提案ではバルブ閉のときに板ばねが縮む。いっそばね類を廃止して機械機構で強制的にバルブの開け閉めを行うデスモドロミックもいいのでは、とも考えた。
一方、(8)図中に赤い破線で描いた位置にプッシュロッドを通すと、この板ばね配置は成立しない。ロッカーアームの下側、バルブステム側に板バネを置く配置になる。動作は通常と同じで、バルブ開のときに板ばねが縮む。下側に描かれている、この写真のオリジナル状態の巻きばね式バルブスプリングと使う手はもちろんあるが、板ばねを使う方が伸び状態での自由長を短くできる。この点については、あるサプライヤーおよびエンジニアリング会社がすでに市販提案として開発を進めており、板ばねを使う場合のスペースセービング効果は最大20mm程度あることが確認されている。
ちなみに(8)図は直径10mmの細いロングリーチ型点火プラグの装着を想定している。燃料筒内直噴用のインジェクターはプラグ穴とV字を描くように配置したトップフィードを想定している。
カムシャフトにプラネタリーギヤを使えば、ここで3%程度の機械ロスが出る。部品点数も増えるし信頼性を担保するにはコストもかかる。しかも、カム山が普通ではない形状だ。これを効率よく組み立てるため、以前にもお伝えしたように独・ティッセンクルップ方式の組み立てカムシャフトにする。(9)図のような方法だ。(10)図のようにカム山とシャフトを別体で作るため切削加工が不要。この部分のコストはむしろ下がる。このカムシャフトをOHV機構のケーシング内で組み立ててからシリンダーブロックに締結する方法でもいいし、カムシャフトだけ別体で組み立ててエンジンブロックに抱き合わせのカムキャリアに収容する方法でもいい。
スバルのカムシャフトは興味深い。(11)図はFB型エンジン用のカムシャフトだ。バルブ「開」状態に向かうカム山の裾野に加速度調節用のわずかな膨らみがある。この山を下る勢いがバルブ開の動作を調節するのだ。加速ランプを下って鉾氏だけ速度を増してからバルブ開へと向かう。(12)図はFB型用カムシャフトの製造手順であり、カムシャフトとエンドピースを接合してから切削加工を行い、いちばん下の完成品に仕上げる。接合は組織境界が完全に混ざり合うまで高周波加熱を行なう。我われのOHV化提案では、ここにプラネタリーギヤをくっつける。
……という、今回はすでに掲載した奇妙なイラストのタネ明かしである。