ニュルブルクリンク・ノルトシュライフェでホンダ・シビック タイプRとしのぎを削り、市販FF世界最速タイムの7分40秒1を叩き出したルノー・メガーヌR.S.トロフィーRに、筑波サーキットで試乗する機会を得た。しかも用意されていたのは、世界で限定30台、日本へは4台しか割り当てられない「カーボン・セラミックパック」である。
REPORT●小泉建治(KOIZUMI Kenji)
PHOTO●田村 弥(TAMURA Wataru:走行シーン)/平野 陽(HIRANO Akio:車両詳細)
4コントロールもリヤシートも取り払って130kgもの軽量化!
ニュルブルクリンク・ノルトシュライフェにおいて、ルノーとホンダがある意味「大人げない」喧嘩を繰り広げているのはご存知の方も多いだろう。アッチがタイムを更新すれば、しばらくしてコッチも更新。もう、キリがない。
しかし筆者は、こういう喧嘩は嫌いではない。もちろん、ただのタイム争いであればメーカーの自己満足に終わってしまうが、そうでないことはメガーヌR.S.とシビック タイプRに乗ればわかる。
2台とも、とびきり上質なスポーツカーなのだ。
ただ速いだけではない。まずエンジンのドライバビリティが絶妙で、レスポンスに優れながらも過敏ではないからドライバーに余計な緊張を強いることもない。そしてタイヤのグリップを感じやすいから、安心して、そして楽しく攻められる。さらにステアリングやシフトレバーのタッチも上品で、乗り心地もすこぶるいい。シートも絶品だ。
ニュルという過酷な舞台で切磋琢磨を繰り返すことで、メガーヌR.S.とシビック タイプRはとんでもない高みに到達してしまったのであろう。
今回、試乗の機会を与えられたのは、メガーヌR.S.のほうである。それも、まさにニュルで世界最速タイムを叩き出した仕様に限りなく近い「トロフィーR」の「カーボン・セラミックパック」である。
トロフィーRは世界限定500台で、そのうちの30台がカーボン・セラミックパックとなる。日本への割り当ては前者が47台で、後者は4台となる。
ベースとなるメガーヌR.S.トロフィーとの最大の違いは、メガーヌR.S.とGTの虎の子であるはずの4コントロール(4輪操舵システム)を外してしまったこと。そしてさらにリヤシートがなく(!)、2シーター仕様となっていることだ。
その結果、R.S.トロフィーR カーボン・セラミックパックの車両重量は1320kgと、R.S.トロフィーよりも130kgもの軽量化を実現している(R.S.トロフィーRは1330kg)。約1割もの軽量化だ。
130kgの軽量化の恩恵は絶大! でも4コントロール付きのほうが速い?
まずはベース車のトロフィーから試乗する。第一ヘアピンで早くも「ああ、これぞメガーヌR.S.だ」と膝を打つ(運転中なので本当には打てません)。例の4コントロールがもたらす異様な旋回性能のせいである。
60km/h(レースモード選択時は100km/h)以下ではリヤホイールを最大2.7度の逆位相とすることで旋回性を高め、60km/h以上では最大1.0度の同位相として安定性を高めるこの四輪操舵システムは、メガーヌR.S.の走りを大きく特徴づけている。
筆者のような初〜中級ドライバーだと、とくにヘアピンのように回り込んだコーナーでしっかり向きを変えることができず、盛大なアンダーステアを発生させることが少なくない。そんなとき、FFではアクセルを戻して待つしかないはずだが、メガーヌR.S.の場合は切り増しして強引に曲がる、という行為が通用してしまう。もちろん限度はあるが、FFのスポーツドライビングの常識を大きく変えるものであることは間違いない。ターンインに失敗したくせにアクセルを早めに開け、あたかも「最初からこう走るつもりだった」みたいな涼しい顔をして立ち上がることができてしまうのだ。
そんな魔法のアイテムをあえて外してしまったトロフィーR カーボン・セラミックパックに乗り換える。
サベルト製のモノコックバケットシートに身を沈める。リクライニング機構はついていない。ギヤを1速に入れ、ゆるーりとクラッチをつなぐと、トンッと車体が前に押し出された。
軽い!
なにしろ大人ふたり分も軽くなっているのである。その恩恵はすぐに、そして誰にでもわかる。
そのまま、またしてもゆるーりと1コーナーに入る。コースインした直後だし、あくまでゆるーり、である。しかし……
ぐわわっ。
あーびっくりした。いやもう、旋回力の立ち上がりがハンパなく速い。曲がりすぎて、イン側の縁石に大きく乗り上げそうになった。
コースインして最初のコーナーで縁石ギリギリを攻めるなんて、ルノー・ジャポンもそんなヤツにクルマを貸したくないだろう。
130kgもの軽量化に気を取られていたが、トロフィーRはオーリンズ製の減衰力調整式ダンパー(フロントは車高調整機能付き)を装備し、4輪のアライメントも変更されるなど、足まわりのセッティングも大きく変更されている。
その代表例はフロントのキャンバーだ。2.05度もの、市販車としては異例とも言うべきネガティブキャンバーが付けられているのだ。ちなみにベースのトロフィーRのネガティブキャンバーは1.05度だ。さらにスプリングのレートが高められ、アンチロールバーは剛性を落とされている。
すべてはサーキットにおけるタイム短縮を最優先した結果であり、とにかくレスポンスが鋭く、すべての動きに重量感がない。
逆に言えば一瞬たりとも気が抜けず、速く走ろうとすれば乗り手にもそれなりの技量を要求する。
筆者など、僅か3ラップのテストドライブであったにもかかわらず、コーナリング中にリヤの挙動に不安を覚えたシーンが2度ほどあった。調子づいてターンインで深く突っ込み、そこから何もかもうまくいかずバランスとリズムを崩した、というだけなのだが、ベースとなったトロフィーを含め、最近のスポーツカーはこうした場面でもなんとか取り繕ってくれることが多い。
いやはや、こんな「一見さんお断り」なピリピリしたスポーツカーは久しぶりである。
我々が試乗する直前、レーシングドライバーの谷口信輝選手がタイムアタックを行っていたのだが、彼曰く「明らかにトロフィーRのほうが速い」とのこと。もちろんロラン・ウルゴンがニュルで最速タイムを出したのもトロフィーRだ。
しかしタイムを計ったわけではないが、筆者は130kgのハンデを背負ってでもベースモデルのトロフィーのほうが速く走れると感じた。悲しいかな軽量化の恩恵がそのままタイムに表れるほどクルマの性能を限界まで引き出せるテクニックもなく、一方で4コントロールの恩恵には与りっぱなしだからだ。
普段、筆者は「スポーツカーはシンプルでプリミティブなほうがいい」などと嘯いている。ロータスやケータハムのような、ドライバーエイドを極力省いたライトウエイトスポーツカーが大好物である。
だが、そんな筆者でも、4コントロールがもたらす低中速域での旋回力と高速域での安定性にはぐうの音も出ない。とりわけ今回、175km/hから飛び込んでいく最終コーナーでは、4コントロールがもたらすリヤの安定感がどれだけ筆者にとって大きな助けとなっていたのかが、同時にトロフィーRと乗り比べることで明らかになったのだ。
その一方で、もっと周回を重ねられたら……という思いも強く抱いた。こんなハイパフォーマンスのスポーツカーを3ラップで乗りこなせるはずもないわけで、しっかり走り込めば乗りこなせるようになるかもしれないという向上心と学習意欲をかき立てられたのも事実である。
4台限定のカーボン・セラミックパックは即完売となってしまったが、47台限定のトロフィーRはどうやらまだ少し残っているらしい。もしも予算的な問題をクリアできるのなら、トロフィーRに挑戦するのはクルマ好きとしておおいに惹かれる選択肢である。
そう、筆者にとってトロフィーRに乗るという行為はまさに「挑戦」であり、こんな気持ちにさせてくれるスポーツカーには今どきなかなか出会えないのだ。
■ルノー・メガーヌR.S.トロフィーR
全長×全幅×全高:4410×1875×1465mm
ホイールベース:2670mm
車両重量:1330kg ※1
エンジン形式:直列4気筒DOHCターボチャージャー
総排気量:1798cc
ボア×ストローク:79.7×90.1mm
圧縮比:8.9
最高出力:221kW(300ps)/6000rpm
最大トルク:400Nm/2400rpm
トランスミッション:6速MT
サスペンション形式:ⒻマクファーソンストラットⓇトーションビーム
ブレーキ:ⒻベンチレーテッドディスクⓇディスク
タイヤサイズ:ⒻⓇ245/35R19
ホイールサイズ:ⒻⓇ8.5J×19
ハンドル位置:右
乗車定員:2名
JC08モード燃費:13.0km/L
車両価格:689万円※2
※1:カーボン・セラミックパックは1320kg
※2:カーボン・セラミックパックは949万円(完売)