2019年12月23日、名機EJ20を搭載したスバルWRX-STIの注文受け付けが終了する。そこでMotor-Fan.jpでは、結果的に最終モデルとなった現行WRX STIを振り返る短期連載をお届けする。第一回は試乗インプレッションだ。
REPORT●石井昌道(ISHI Masamichi)
PHOTO●平野 陽(HIRANO Akio)/中野幸次(NAKANO Koji)
※本稿は2017年7月発売の「新型WRX STIのすべて」に掲載されたものを転載したものです。車両の仕様や道路の状況など、現在とは異なっている場合がありますのでご了承ください。
マイナーチェンジだが大規模な進化
インプレッサWRXの時代から数えれば四代目となる現行WRXは2014年に発売された。インプレッサが車名から外れた理由は、WRXのためというよりはインプレッサのため。“マニアが乗るあの青いクルマ”というイメージがインプレッサ自体に付き過ぎてしまい、一般的なユーザーを遠ざけていたから、これを切り離したかったのだ。その戦略は見事にはまり、先代インプレッサは一般的なユーザーを多く取り込むことに成功。一方でWRXも、1.6ℓNA(ノンターボ)エンジンからあるインプレッサと共有する部分での妥協から解放され、世界中のマニアのために伸び伸びと開発された。共同開発の相棒がレヴォーグになってスケールメリットは維持しつつ妥協は少なく、すべてが順調に進んだ。インプレッサとWRXの離婚及びポートフォリオの再形成は、いまのSUBARUの好調さの源になったのだった。
SUBARUの常で年次改良が施されており、今回のマイナーチェンジは3回目でD型と呼ばれることになるが、WRXの本質である走りの面に大きく手が入れられた比較的に大規模なものとなっている。WRX STIでは、タイヤが従来の245/40R18から245/35R19(ADVAN SPORT V105S)へと変更され(タイプS)、AWDを司るマルチモードDCCDは一部がメカニカル式だったものがフル電子制御へ。ブレンボ製のブレーキキャリパーは従来がフロント、17インチの2ピース対向4POT、リヤが17インチの2ピース対向2POTからフロントが18インチのモノブロック対向6POT、リヤが18インチのモノブロック対向2POTとなり、カラーは目に鮮やかなイエローでホイールの隙間から存在を主張するようになった。併せてローターはドリルドのベンチレーテッドとなっている。また、WRX S4も含めスプリング、ショックアブソーバー、スタビライターのセッティングは見直され、ハンドリングや減衰の効いたフラットな乗り心地の両立を実現したという。
今回はまだ発売前の車両ということで自転車競技専用のクローズドコースをワインディング・ロードに見立てて試乗。変更点の多いWRX STIは従来型も持ち込まれた。
従来型で走りだしてまず感じたのが、ステアリングフィールに懐かしさがあることだった。そうだった、WRX STIは今では少数派となってしまった油圧式パワーステアリングを採用しているのだ。その理由は、電子制御式では劣るインフォメーション性にこだわったから。最近では電子制御式も大きく進化し、さらには操舵アシストを状況によって自在に変化させられるというメリットもあるので本気で取り組めば同等以上のものもできそうではあるが、それでも懐かしくて、路面の状況が掴みやすい油圧式に嬉しくなった。ちょっと操舵力が重めだな、とは思うものの、いい意味でアナログな感じがして悪くない。
従来型WRX STIでも走りに不満はない。記憶にある3代目などに比べれば、ボディ剛性が圧倒的に高くなり、とくにリヤ周りがガッチリしていて安心してハイスピードでコーナーへ飛び込んでいける。リヤの安定感が基本にあってステアリングを切れば切っただけ入ってくれる感覚。かなり攻め込んだつもりでも、不安にかられることなくハイパフォーマンスを引き出せる。
名機のEJ20エンジンも以前よりレスポンスが鋭く、アクセル操作に対するツキがよく感じる。これもリヤがしっかりしたからエンジン制御が活かせた結果だろう。今どきのダウンサイジングターボ・エンジンは、低回転から大きなトルクを発生させるので実用域で扱いやすいのが特徴だが、EJ20はちょっと趣が違う。どちらかと言えば古き佳きスポーティなターボのように中・高回転に向かって二次曲線的にパワーが盛り上がっていくのが気持ちいい。
アクセルを踏み抜いていった時の頭が真っ白になる感覚。将来的にEVやPHEVが幅を効かせる世の中になったら、こういう荒々しさは体験できなくなるかもしれないと思うと余計に愛おしくなる。もっとも、今のEJ20は低回転域でのトルクも細さを感じることはなく、現代的なマナーも身につけているし、ドライバーに自由と責任があるMTで操っていればもどかしさを感じることもない。そのMTは確実なシフトを優先した雰囲気でガチッと入る。熱したナイフでバターを切るような滑らかさはなく、メカメカしいレーシングマシンのようだ。
ブレーキは、タッチやコントロール性、絶対的な制動力ともとくに問題はない。というか、スポーツカーのなかでもかなり優れたフィーリングの持ち主だ。C型でも一級のスポーツセダンであり、とくにワインディング・ロードを楽しむような走りは十二分に堪能できるのだった。
さらに磨きがかかったSTIの絶品のブレーキ性能
新型のD型に乗り換えて走り始めると、まずはタイヤが大径化したことを実感した。ステアリング切り始めのレスポンスのシャープさに磨きがかかり、カッチリとしている。それでいて乗り心地の悪化はあまり感じられない。このコースは路面が荒れているところも多く、ところどころにパッチがあったりするが、突き上げ感が増してはおらず、むしろちょっと良くなったようにさえ感じられる。これはサスペンションのリセッティングによってしなやかかつダンピングの効いたフィーリングになっているからだろう。運動性能を落とすようなことはしていないが、無用な上下動などを抑え、質の高い乗り味になっている。
ブレーキは絶品。それなりの力でペダルを踏みこむと、カチッとした剛性感の高いアタリがあり、そこからはごく短いストロークながら緻密な制動力コントロールができる。踏み増していく側だけではなく、抜いていく側でもほぼ完璧。また、ほんの少しだけ荷重を前に移したい時など、ローターにパッドをわずかに触れさせる程度の微弱なブレーキもやりやすい。C型でもかなりレベルは高かったが、磨きがかかっているのは間違いない。もっとも、6POT化の最大のメリットは耐フェード性の向上だ。SUBARUはテストドライバーの評価だけではなく、エンジニア自らも走って開発するスタイルをとっているが、そのためのスキルアップにSUBARUドライビングアカデミーを立ち上げてトレーニングに励んでいる。最近ではエンジニア以外の社員も参加し、全員がテストドライバーができる理想を目指しているほどだ。そこではトレーニングカーとしてWRX STIがサーキットなどでハードな走行を繰り返しているが、ブレーキのフェードは課題だった。そこで6POTを先行的に試してみたところ、かなりの改善がみられたというのだ。スポーツ走行を趣味とする一般ユーザーにとってもこれはうれしい進化だろう。
ハンドリングでは、前述の通りステアリングの切り始めのレスポンスが良くなっているが、これはタイヤのグリップだけではなく改良されたマルチモードDCCDによる回頭性向上の効果が大きいようだ。大きく曲がりこんでいるタイトコーナーでもD型は、鋭く切れ込んでいき、早めのタイミングで立ち上がりに向けてアクセルを入れていっても狙ったライン通りにグイグイと曲がりながら加速していける感覚が強い。C型で同じように走らせようとすると、フロントからはらんでいってしまうからアクセルオンのタイミングを少し我慢しなければならないが、そのストレスがなく、単純に速くて気持ちいい。マルチモードDCCDを、より曲がりやすいAUTO-(マイナス)にしてみるとノーズをグイグイと引き込む感がさらに増す。もともと駆動配分がリヤ寄りの設定なこともあってFR的なフィーリングになる。それなりに攻めた走りをしているが、限界ギリギリにまでは達していないワインディング・ロードでの試乗では気持ちいいことこのうえないが、オフロードや雪道などのスポーツ走行をしたら曲がり過ぎるんじゃないかと思えるほどだった。おそらく、状況に合わせてマルチモードDCCDを切り替えていけば最適解が見つかるのだろう。
快適さと楽しさがハイレベルに達したS4
WRX S4に乗り換えると、エンジンやタイヤなどのノイズがグッと下がっていい意味で平和になった。非日常から日常へ戻ってきたとでもいえばいいだろうか。サーキット走行をも得意とするWRX STIの荒々しさに比べると、ストリートにフォーカスしたWRX S4は平和なだけではなく、乗り始めた瞬間から身体に馴染み、ワインディング・ロードでもより安心感が高くてリラックスして楽しめる。それは、現行WRXになってからリヤ周りがガッチリとしてスタビリティが高まったことを実感しやすいからだ。アクセルペダルをスッと踏みこむと、リヤに荷重が移ってスムーズにリヤタイヤを路面に押しつけていける感覚が強い。WRX STIのスタビリティにケチを付けるつもりはないが、よりパワフルでグイグイと曲がりたがる性格に比べるとWRX S4のほうが懐が深く感じられるのだ。
ハンドリングのシャープさではもちろんWRX STIに譲る。だが、旋回のフィーリングは素直でAWDの制御も自然でむしろ好ましい面も多い。コーナーへ向けてステアリングを切り込んでいくと、スッと外側に荷重が移るとともに曲がる力が発生していくプロセスがわかりやすくドライバーに伝わってくるのだ。
タイトコーナーで立ち上がりへ向けてのアクセルオンも、アンダーステア方向へ陥らないようタイミングを見計らう必要はあるものの、VTDのAWDシステムは制御が自然な感覚で一体感が高い。
ブレーキはアイサイトを搭載するため、電子式パーキングブレーキの用意がないブレンボ製の採用は見送られているが、踏力のコントロールをきっちり反映してくれるのはWRX STIと同様。もちろん、微細なコントロール領域や制動力などで差はあるが、ワインディング・ロードの走りでは十二分な性能だ。
エンジンはWRX STIとは違ってFA20型。同じ水平対向2.0ℓターボでも、こちらは世代が新しく直噴を採用し、低・中回転域でのトルクが充実している。それでも高回転域のキレの良さだってなかなかのものだ。一般的な走行シーンを想定した走りでは2000rpmも回せばほとんどをこなしてしまうが、いざアクセルを強く踏みこんで5000rpm以上を使い始めると、サウンドは迫力を増し、300㎰のパワーで力強く突進していく。WRX STIのほうが最高出力で上回っているのは確かだが、アップダウンやツイスティなコーナーも多いコースでは、常にギヤ比が適切なCVTの効果もあって平均的な加速は速く思えるほどだ。
スポーツドライビングにとってCVTはあまり歓迎されるミッションではないといわれているが、WRX S4のそれはネガを見事に克服している。CVTの悪癖はエンジン回転が先にあがってあとから速度が乗ってくる、いわゆるラバーバンドフィールだが、それはステップギヤ制御によってほぼ解消。ある程度以上のアクセル開度になるとATやDCTなどステップギヤと同じようにギヤ比が固定されてシフトアップを繰り返すようになる。ゴムの伸びきったようなフィーリングがなくなりダイレクト。少なくとも加速側では文句はない。アクセルから足を離した時の減速感では本当のステップギヤよりもダイレクト感がちょっと薄れる面もある。
世界一スポーティで優れたCVTであることは断言できるが、ツアラーとして見た場合、少しだけ注文がある。高速道路を淡々とクルージングするような走りではトルクはそんなに必要ないのだが、WRX S4は有り余るトルクがアクセルペダル開度のごく浅いところで発生してしまうので、全閉のところまで右足を持ち上げることが多いのだ。もうちょっとだけ初期の反応をなまして、少し踏みこんだ、右足の力が楽な開度のところでクルージングできれば、ロングドライブで疲労感が和らぐだろうと思えるのだ。SやS♯のモードでは敏感でもいいが、Inteligentはもっと鈍くしてもよさそうだ。右足の楽な踏み込み具合には個人差があるので、一概にはいえないが。
そんな細かなところに注文を付けたくなってしまったのは、WRX S4がツアラーとしての資質も高いからだ。スムーズなストローク感とほどよいダンピングでしなやかなサスペンションは、良くできた欧州プレミアムカーに匹敵するようなフラットライド感がある。路面変化の多い高速道路やワインディング・ロードでも、乗員のブレがないから疲れが少ないだろう。アイサイト・ツーリングアシストも標準装備されているので、ロングドライブには持って来いのモデルでもあるのだ。
D型となってWRX STIとWRX S4はそれぞれに進化するとともに、キャラクターの棲み分けがわかりやすくなったともいえる。WRX STIはよりマニアックなスポーツギヤへと進化し、WRX S4は飛び切りにスポーティかつツアラーの資質を伸ばしたからだ。こうなってくるといいとこ取りというか中間的な存在になるWRX S4のMTなんかがあればさらにいいなどと妄想もしたくなる。いや、アメリカでは販売されているのだから(トランスミッションのトルク容量の事情でエンジンがディチューンされているが)、これはない物ねだりではないのだ。