オープンカーを楽しむ方法はたくさんあるが、それがスーパースポーツだった場合にはどうするべきか?
酸いも甘いも知る2人の大人の男が伝える乗りこなし術とは? 初秋の長野で720Sスパイダーを高平高輝と山崎明が考えた。
REPORT●高平高輝(TAKAHIRA Koki)
PHOTO●神村 聖(KAMIMURA Satoshi)
※本記事は『GENROQ』2019年11月号の記事を再編集・再構成したものです。
昨年の夏、オランダのアムステルダムから中国・北京まで、旧いボルボ・アマゾンで陸路ユーラシア大陸をざっと1万5000㎞自走して横断するというなかなか得難い経験をしたが、一行の中にプジョー504カブリオレで参加していたベルギー人のオジサン2人組がいた。この2人、外気50℃はある猛暑のイランでもトルクメニスタンでも、屋根を閉じているところを見たことがない。我々が吹き込む熱風に耐えかねて、三角窓も全部閉じて走っていた砂漠の中の道でも、いつもニコニコ、当たり前のようにフルオープン。幌を上げていたのは中国に入ってだいぶ経った頃、2日ほど本格的な雨に見舞われたときぐらいだった。筋金入りと言うか、それが当たり前というか、ヨーロッパ人のオープンに対する姿勢も使い方も、基本からして我々日本人とは違うなと思い知らされたのである。
太陽光に対するヨーロッパの人々の思いの強さには我々の想像を超えるものがある。桜が咲くころになると居てもたってもいられずに出かける日本人にとってのお花見のようなものか、と口にしたら、社会人になってからスイスに1年間留学した経験を持つ山崎さんは、もっとずっと強い気持ちではないかと言う。「ヨーロッパの冬は本当に陰鬱なんです。冬の間はまだ暗いうちに家を出て、暗くなってから帰宅する。それが毎日ですから憂鬱になりますよ。だからこそ、春が来て太陽の光があふれるようになると、外に飛び出してわずかな時間でも日光浴する。心から待ち望んでいると感じます」
確かに、彼らの細胞には「太陽の光を浴びよ」という命令が強く刻みこまれているのではないかと思う。たとえクルマに乗っている時であっても、太陽の恩恵を余すところなく享受することを本能的に求めているのだろう。それゆえ、スポーツカーではないVWゴルフのような実用的ハッチバックにもほぼ必ずオープンモデルがラインナップされてきた。
いっぽうで、考えれば考えるほど私たち日本人は実はオープンカーが苦手なのではないかと思われる節がある。クルマ好きならば誰でもオープンカーオープンエア・モータリングへの憧れを抱いているはずだが、自動車に対する歴史文化、社会交通環境など単純には説明できない様々な要因の違いから、オープンカーはいわば異端視されてきたのではないか。そもそも実用の道具として、そうでなければ特権階級のための贅沢品として輸入された自動車は、あくまで実利のためのものと捉えられてきた歴史がある。今でこそだいぶ変わって来てはいるが、それでも均質な社会では目立つことを避ける意識がまず先に立ち、派手なクルマに乗っていると「あの人は堅気ではない」と噂される空気が強かった。
スポーツカーとオープンカーは表裏一体、もともと切り離しては考えられないものだが、自動車に実利を求めて来た歴史が色濃く残る日本ではいまひとつ実感として捉えられなかった。本来スポーツの原義は気晴らしをするということ。運動や競技という意味だけでなく、公明正大で気前のいい人、さらには何かを見せびらかすという意味もある。それゆえ、眉間にしわを寄せて目いっぱい山道を飛ばすことだけがスポーツカーの価値ではないのだが、真面目な日本人は心の底からイージーに楽しむという行為になんとなく後ろめたさを感じてきたのかもしれない。
当たり前のこと
現行スーパーシリーズでは唯一のモデル「720S」に今年加わった最新作が720Sスパイダーである。ストイックなエンスージアストは、純粋に速さを突き詰めたマクラーレンのスーパースポーツカーにオープンモデルが必要なのか?という疑問を持つかもしれないが、前述したようにその議論は最初から成り立たない。オープンエアモータリングは昔から当たり前のことなのである。それでも厳密にいえば、オープン化による剛性低下や重量増加は運動性能に悪影響を及ぼすはずだ、という向きもあるだろう。だが、もともとレーシングカーコンストラクターであるマクラーレンにとって、ルーフがない超高性能車はお手の物である。マクラーレン720Sスパイダーの場合は、まったく自然で違和感がない。ロールフープから伸びるバットレスがあるせいで、オープンとはいえタルガトップ的なスタイルであり、クーペとの違いは最小限(ドアの取り付けとサイズが若干異なるだけ)。そもそもバスタブ形状のカーボン複合材のモノコックを採用しているために、ボディ剛性への影響は事実上ないと言っていい。
基本的にはクーペと変わらず、昆虫の顔のようなフロントまわりだけでなく、コクピットが前進した全体フォルムも工業製品というよりは生物のようだ。クーペ同様、4ℓV8ツインターボをミッドシップ、その名の通り720㎰と770Nmを誇るが、街中や高速道路では2000rpm程度でトントンとシフトアップしていき、単に転がすだけなら誰にでも可能な柔軟なドライバビリティも併せ持つ。とはいえ、完全に乗りこなすことはよほどの上級者でなければ難しい。たとえばローンチコントロールでの全開加速時には(もちろんTCSを入れたままでも)、ちょっとでも路面のμが低いと大げさに姿勢を乱すうえに、真価を発揮するのは一般路上では試せないような速度になってからだ。
誰でも転がせるとは言ったが、現代の常識的なスポーツカーしか知らない人にはパワー以外にも注意すべき点はある。まず両足を真っ直ぐ伸ばした先にある2つのペダルは、左右の足でそれぞれのペダルを踏むのに最適な配置となっており、ブレーキは相応の踏力を要する。標準装備のカーボンセラミックブレーキはしっかり踏めば驚異的に効くが、その分街中や車庫入れなどでの低速の微妙なコントロールは苦手で、しかも冷えている時は扱いにくい。シフトパドルがシーソー式であることも本物のコンペティションカー的で、いざという時には片手でもシフトアップ/ダウンできるようになっている。
ステアリングのレスポンスも低速では(ツイスティーな山道を飛ばす程度では)どちらかといえば鈍く、交差点をスパッと曲がるのがスポーティと思っている人は失望するもしれない。本格的レーシングカーがそうであるように、720Sの真価はサーキットや超高速で走れる舞台でしか現れない。スピードが増すにつれてステアリングフィールが鋭く研ぎ澄まされ、スタビリティも高くなっていくのはエアロダイナミクスの効果だろう。今回はそこまで試せなかったが、50㎞/h以下なら11秒で開閉する電動トップを備えたせいでおよそ50㎏車重が増えたスパイダー(1468㎏)でも、クーペと変わらないパフォーマンスを持つことはこれまでの経験から疑う余地はない。ちなみに“バットレス”部分がガラス製に代わったことで斜め後方視界が向上したことも歓迎できる。
720Sスパイダーの0→100㎞/h加速は2.9秒、最高速はオープン時で325㎞/h、クローズドで341㎞/hという。これらはすべてクーペと変わらない。より広い空と引き換えにするものは何もないのだ。
SPECIFICATIONS
マクラーレン720S スパイダー
■ボディサイズ:全長4543×全幅1930×全高1196㎜ ホイールベース:2670㎜
■車両重量:1468㎏(DIN)
■エンジン:V型8気筒DOHCツインターボ 総排気量:3994㏄ 最高出力:527kW(720㎰)/7250rpm 最大トルク:770Nm(78.5㎏m)/5500〜6500rpm
■トランスミッション:7速DCT
■駆動方式:RWD
■サスペンション形式:Ⓕ&Ⓡダブルウイッシュボーン
■ブレーキ:Ⓕ&Ⓡベンチレーテッドディスク
■タイヤサイズ(リム幅):Ⓕ245/35R19(9J) Ⓡ305/30R20(11J)
■パフォーマンス 最高速度:341㎞/h 0→100㎞/h:2.9秒 CO2排出量(WLTP):276g/㎞ 燃料消費量(WLTP複合):11.6ℓ/100㎞
■車両本体価格:3788万8000円(消費税8%)