クルマ好きを自認する者ほど、SUVやクロスオーバーに対して、どこか亜流という固定概念を捨て切れていないものである。だが二輪の世界では、SUV的存在の「アドベンチャー」なるカテゴリーが、本格ツアラーのひとつのスタイルとして確固たる地位を築き上げている。
REPORT●小泉建治(KOIZUMI Kenji)
PHOTO●平野 陽(HIRANO Akio)
※本稿は2017年5月発売の「モーターファン Vol.7」に掲載されたものを転載したものです。車両の仕様や価格、道路の状況など、現在とは異なっている場合がありますのでご了承ください。
カッコイイのに踏み出せない……そんなジレンマを解消!
SUVやクロスオーバーに対し、どこか「亜流」という概念を捨て切れないでいる好事家は少なくないだろう。
ヴィークルダイナミクスを考えれば車高の低いセダンやハッチバックこそ「正統派」だし、ヨンクならばランドクルーザーやジムニーのような本格クロカンAWDこそ「正統派」で、中途半端なSUVやクロスオーバーは、大衆に迎合したマーケティング主導商品である、と。
カッコいいのは認めるけれど、好事家たる自分が買ったらおしまいだ、みたいな、変な足かせを自分に課している人も少なくないだろう。
そんな呪縛が、実にどうでもよく思えてくる話を始めよう。
二輪の話である。二輪の世界では、もう30年くらい前から、四輪でいうところのSUVにあたる「アドベンチャー」モデルが現れはじめ、今やメインストリームとも言えるほどの人気カテゴリーとして広く認知されているのだ。大ざっぱに言えば、「悪路も走れるツアラー」であり、見た目は完全にオフローダーで、高いハイトと長いサスペンションストロークを持っているが、タイヤはオンロード用を履き、シートも本格オフローダーとは違って幅広で快適なものが採用されている。そしてオンロード用のスポーツモデルをベースにしていることが多い。
まさに、SUVそのものである。
今回は、そんなアドベンチャーの代表格たるホンダNC750XとヤマハMT-09トレーサーを連れ出し、二輪版SUVとはいったいどんなものなのかを、できるだけわかりやすくお伝えしたいと思う。
まずはNC750Xである。NC750Sというネイキッドを兄弟車に持ち、ともにエンジンは並列2気筒、いわゆるパラツインの750ccで、最高出力は54ps“しか”ない。発生回転数は6250rpmで、6500rpmあたりでレブリミッターが働く。ほとんどクルマである。しかもナナハンなのにフロントブレーキはシングルディスクである。スペックを見る限り、バイクとしてのエキサイトメントを完全に放棄したようなモデルだ。二輪専門誌によれば「よくできているが、面白みには欠ける」という。今回借りたのはMTだが、なんとDCTも選択できる。そのあたりもクルマっぽい。
実車を前にしても、やはりさしたる高揚感は覚えない。だがエンジンをかけて少し驚いた。ドドッ、ドドッと、けっこう迫力のあるアイドリング音ではないか。2016年から施行された新しい騒音規制がユーロ4とほぼ同じ内容になったということで、日本車にとってはサウンドチューンの幅が広がったらしい。
走り始めると、あまりの馴染みやすさに面食らった。初めて乗ったのにまるで自分の愛車のようで、このままどこまでも走って行けそうな気になってくる。シートは高すぎず低すぎず、スッと足を下ろしたところにステップがあり、自然と手を伸ばせばそこにハンドルがある。例えば信号待ちなどでよそ見をしながらハンドルを握ろうとしても、手が空を切るなんてことはほとんどない。
もちろんスクーターやビジネスバイクを除く多くのスポーツバイクは嗜好品であるからして、必ずしも乗りやすければ良いというものではない。ときには乗りづらさすら魅力になる場合だってある。だが、ここまで人間工学的に普遍性を追求されてしまうと、さすがホンダと唸らざるを得ない。
そして何より際立つのは、低中回転域での扱いやすさだ。アイドリングから開けていってすぐに必要なだけのトルクが得られるから、まるで最近のクルマのようにポンポンとシフトアップできる。シビアなシフトチェンジも必要ない。こう書くとつまらないバイクのように思われるかも知れないが、それは早計だ。NC750Xは270度クランクを採用しており、燃焼はV型エンジンのように不等間隔となっている。それが独特のパルス感を生み出しているのだ。だから乗り手は常に鼓動を感じながら走れる。
ホンダから借り出したその足で向かった撮影地の箱根でも、その印象は変わらない。多少ヤンチャに楽しんでも、中間トルクが豊かだから上まで引っ張る必要がない。「すぐにレブリミットに当たって興醒め」なんて論評も読んだことがあったが、なかなかレブリミットに当たらない。あれはサーキットでの話だったのかな? それと、不等間隔燃焼によってトラクションが感じやすく、安心してアクセルを開けていけるのも好印象だ。峠を攻めるようなキャラクターのバイクではないはずだが、ついついペースが上がってしまう。
なんだこれ、すっごく楽しいじゃないか。
これだけ楽しんでも、燃費が都内〜高速〜山岳路を合わせて35km/ℓだったというのもナナハンとは思えない。エコランを意識すれば40km/ℓ超えは簡単だろう。
トレーサーは走りも過激! 二輪版カイエン?
さて次はMT-09トレーサーである。世界的ヒット作となったストリートファイター、MT-09をベースにアドベンチャーに仕立て上げられたモデルで、並列3気筒850ccユニットが絞り出す最高出力は116psと、実にNC750Xの倍以上! 倒立フォーク、ラジアルマウントのブレーキキャリパー、フロントブレーキはダブルディスクと、どこを取っても本気の内容だ。
いい意味で頑張りすぎず、二輪の新しい価値を提案しているNC750Xに対し、こちらはバッキバキに鍛え上げられた筋金入りのスポーツモデルである。
実車を目の当たりにすると、その違いは一層明らかになる。鋭くツリ上がった二眼式のヘッドランプ、張り出したシュラウド、幅広のハンドル、大きく盛り上がってエッジの効いたデザインのタンクなど、見るからにNC750Xよりも挑戦的でゴツい。
走り出せば、もう笑ってしまうしかなかった。最初こそ慎重に開けていったが、慣れてきたところでグイッとアクセルを大きく捻ってみると、最高出力発生回転数の1万rpmまではそれこそ一気呵成!
とくに走行モードを最もスポーティなAモードにすると、ちょっとアクセルを捻っただけで3気筒ユニットはギャンッと吠え、ビックリしてアクセルを戻すとグワッと回転が落ちる。筆者の技量ではギクシャクして走れたもんじゃない。
真ん中のSTDモードでも十分にスポーティで、普段は最もおとなしいBモードにしておくのが無難ではないか。実際、カメラマンからのさまざまな指示に従う必要のある撮影時は、常にBモードで走っていた。
MT-09のデビュー当初は動きすぎると言われていたフロントフォークだが、トレーサーではかなり落ち着きを増した設定とされ、ソリッドな効き味のブレーキも相まって、安心してコーナーに飛び込める。そして至宝の3気筒ユニットに鞭を入れれば(あくまで穏やかに、ね)、車体は面白いようにグイグイと向きを変えていく。まさにハンドリングのヤマハここにあり、である。
もはやMT-09トレーサーはアドベンチャーではない。格好こそアドベンチャーだし、荷物もたくさん詰めるけれど、中身はほぼストリートファイターである。
……と、今回はせっかくのアドベンチャーモデルにもかかわらず、バカのひとつ覚えで箱根に持ち込んだため、「野を越え山を越え、地の果てまで突っ走る」といったアドベンチャーならではの魅力を引き出す試乗にはならなかったが、だからこそアドベンチャーのSUVに通じる部分を身を以て感じることができたと思う。つまり、峠を楽しんでもオンロード用スポーツモデルにけっして引けを取らないどころか、場面によっては凌駕するほどの面白さがあるということ。
最後に余談だが、SUVを愛車にしている自動車ジャーナリストはまだまだ本当に少ないが、アドベンチャーを愛車にしている二輪ジャーナリストはかなり多いらしいということをお伝えしておこう。
ホンダNC750X
常用域での扱いやすさと優れた燃費性能、そしてリーズナブルなプライスの実現に重点を置いた「ニュー・ミッド・コンセプト」を掲げて開発されたNCシリーズ。現行モデルとしてはネイキッドの「NC750S」と、アドベンチャーの「NC750X」をラインアップする。MTのほか、DCTも選択可能だ。燃費に優れたアクセルワークをするとタコメーターがホワイトからブルー、そしてグリーンに変化するなど、四輪車のように凝ったつくりの液晶デジタルメーターを採用。通常であれば燃料タンクがある場所は22ℓのラゲッジスペースとなっていて、フルフェイスのヘルメットが収容可能だ。
■ホンダNC750X ABS
全長×全幅×全高:2230×845×1350mm ホイールベース:1535mm シート高:830mm 車両重量:220kg エンジン形式:直列2気筒SOHC 総排気量:745cc ボア×ストローク:77.0×80.0mm 圧縮比:10.7 最高出力:40kW(54ps)/6250rpm 最大トルク:68Nm/4750rpm トランスミッション:6速MT タイヤサイズ:Ⓕ120/70ZR17 Ⓡ160/60ZR17 車両価格:79万3800円
ヤマハMT-09 TRACER
世界的に人気を博しているストリートファイター「MT-09」をベースに、アップライトな乗車姿勢やウインドスクリーン、パニアケースの装着を考慮したシートフレームなど、ツーリングに適したボディワークを与えられたアドベンチャーモデル。メーターパネルはデジタル液晶で、上級ツアラーのFJR1300やXT1200Zスーパーテネレと共通のサブモニターが備えられ、瞬間/平均燃費や走行可能距離や外気温など、さまざまな情報を表示できる。倒立フォークやフロントのラジアルマウント式ブレーキキャリパー&ダブルディスクなど、走りに直結する部位はかなりスーパースポーツ寄りだ。
■ヤマハMT- 09トレーサー
全長×全幅×全高:2160×950×1345mm ホイールベース:1440mm シート高:845-860mm 車両重量:210kg エンジン形式:直列3気筒DOHC 総排気量:845cc ボア×ストローク:78.0×59.0mm 圧縮比:11.5 最高出力:85kW(116ps)/10000rpm 最大トルク:87Nm/8500rpm トランスミッション:6速MT タイヤサイズ:Ⓕ120/70ZR17Ⓡ180/55ZR17 車両価格:106万9200円