2018年の世界自動車市場は、国および地域別速報値の手元集計に一部推測を加えて9750万台、前年比0.7%。米中貿易摩擦を背景に中国市場が停滞しASEANやインドが伸びた。成熟市場である日米およびEU(欧州連合)はそろって前年比微増。いまや自動車市場の牽引役はアジアを中心とした新興国である。その存在感は日増しに大きくなっている。
TEXT@牧野茂雄(Shigeo MAKINO)
地域別に昨年の販売実績を見てみる。まず北米。オートモーティブニュース・データセンターの集計によると、重量車を除くライトビークル合計(ピックアップやSUV含む)が1733.4万台、 前年比0.6%増だった。過去4番目の好実績であり、好況と言っていい。このうちライトトラック(ピックアップ/ SUV /ミニバン)はクロスオーバー車も含めるとライトビークル全体の69%を占め、乗用車系(セダン/ハッチバック /ステーションワゴン/クーペなど)は31%にとどまった。17年には乗用車系は全体の36%だったが、1年で5ポイントもシェアを落とした。台数でも前年比12%減である。
いったいセダン系はどこまで減るのか。ミニバンがまだ「子育てグルマ」として男性に忌み嫌われていた時代のカンパニーカーはセダンがほとんどで、SUVはなかった。大都市で朝の通勤ラッシュを観察すると、セダンに混じって背の高いSUVがちらほらと見掛けられる程度だったが、現在はライトトラック系がずいぶん増え、通勤ラッシュの光景は変わった。
20年くらい前、ある米国自動車メーカーの役員は「ミニバンなんか作ったから、自動車市場が変わってしまった」と私に言った。たしかに旺盛な自動車購入意欲を持った国民を多く抱える米国でさえ、ミニバンは市場構造を変えたが、販売総数は増えた。ここが日本とは違う。
もっとも、ライトトラック市場も栄枯盛衰が激しいく競争は熾烈だ。そのなかで躍進著しいのがスバルである。2012年に年間33.6万台だったスバルの全米販売台数は昨年、68万台に達した。 6年間でスコアは2倍になった。興味深いことに、 元祖SUVブランドであるジープ・ブランドの全米販売台数も2013年から5年がかりで2倍になった。個性のあるブランドは地道にファンを増やすのだろうか。
気がつけばスバルは、自動車メーカー別年間販売台数でGM、フォード、トヨタ、フィアット&クライスラー、ホンダ、日産に続いて全米7位の地位を得た。韓国のヒュンダイと起亜を合計すれば125.7万台でスバルを上回るが別勘定ではスバルが上だ。GMのトラックブランドであるGMCやビュイック、フィアット&クライスラーのダッヂおよびラムよりもスバルは売れた。
米国全体では、昨年の日本車販売台数合計は662.4万台、前年比1.3%増。ライトビークル中のシェアは38.2%と前年比0.7ポイント減だが、日本からの完成車輸入は204万台でライトビークル中のメイド・イン・ジャパンのシェアは11.4%から11.8%へと増えた。200万台を超えた数字にトランプ政権はどう反応するだろうか。欧州からの輸入車は123.0万台、同シェア7.1%、韓国からの輸入は75.2万台、同シェア4.3%。中国からの完成車輸入は約3万台。日本車の輸入は圧倒的に多い。
続いて欧州。ACEA(欧州自動車工業会)のまとめによると、EU27ヵ国での乗用車販売台数合計は1515.9万台、前年比0.1%増、商用車は205.9万台、同0.1%増だった。EFTA3ヵ月の実績は乗用車30.0万台、同5.7%減、商用車7.1 万台、同2.6%増。年間100万台以上売れる主要5ヵ国での乗用車販売実績は、ドイツが343.6万台、前年比0.2%減、イギリスが236.7万台、同6.8%減、フランス217.3万台、同3.0%増、イタリア191.0万台、同3.1%減、スペイン132.1万台、同7.0%増である。
ドイツのマイナスは、ディーゼル車のイメージダウンによる影響だ。ドイツ連邦行政裁判所は昨年2月、自治体が環境汚染の防止・改善を目的にディーゼル車の市街地走行禁止などの独自措置を導入することについて「違法性なし」との判断を示した。州都シュトゥットガルト市を抱えるバーデン=ヴュルテンベルク州と州都デュッセルドルフを抱えるノルトライン=ヴェストファーレン州の自治体が勝訴した結果、大気汚染物質がドイツ連邦規制値を超えている約70の自治体が何らかのディーゼル車規制を実施する可能性 が一気に高まった。
連邦行政裁判所は「ディーゼル車の市街地乗り入れを規制は利用者の不利益とのバランスに配慮すべし」「この判断は自治体にディーゼル車規制を強制あるいは推奨するものではない」との付帯事項を設けたが、判決そのものがディーゼル車の大きなイメージダウンだった。とは言え、BEV(バッテリー充電式電気自動車)は多くの消費者にとって選択肢になり得ていない。このギャップがクルマの売れ行きに影響を与えたと考えていいだろう。
つぎにアジア。世界最大の自動車市場である中国は28年ぶりの前年比マイナスだった。中国汽車工業協会(中汽協)の集計は2801万台、前年比2.8%減。17年末に中汽協が発表した市場見通しは2998万台だったが、実際にはこれを197万台も下回った。最大の要因は米国との貿易摩擦であり、もともと危うい状態だった中国経済の失速を早めた。中国政府が目論む「2020年代半ばに年間3500万台の安定市場」は少々難しくなった。
NEV(新エネルギー車)販売台数は合計125.6万台、前年比62%増と伸長し、新車販売台数に占めるNEV比率は4.5%になった。中国政府はNEVを中国特産品として輸出することを夢見ているが、ここにも不安材料は多い。
中国のニュースサイトSina.comは、NEVメーカーで構成する「中国EV100」と調査会社WITのデータを紹介した。それによると、昨年1〜11月の中国国内NEV販売台数88.6万台のうち20.1万台は「自動車メーカーが経営するカーシェアリング会社などに納車された」「実際に最終顧客へ納品されたのは68.5万台」とのことだ。また、筆者が中国メディアや自動車メーカーなどから聞いた話では、素材や部品のサプライヤーも自動車販売会社も取引先の自動車メーカーからNEVを相当数購入したという。「誰がNEVを買ったか」という視点では、中国政府が進めるNEV普及政策はまだまだ安定度に欠ける。
ASEAN(東南アジア諸国連合)は好調だ。インドネシアは 115.1万台、前年比6.7%増、タイ103.09万台、同19.2%増、マレーシア59.9万台、同3.8%増、フィリピン35.7万台、同16.2% 減、ベトナム28.9万台、同5.9%増。ASEAN全体では350万台を超えており、13年に記録した去最高を上回った。注目すべきはニーズの多様化が進んでいることで、タイのピックアップトラックやインドネシアのMPVのように税制優遇されたモデルだけが売れるのではなく、2回目以降の自動車購入者が広い選択肢を持つようになった。
ASEANのとなりのインドは440.0万台、同9.4%と成長が軌道に乗った印象が強い。「有望市場」と言われながらも「歩みは牛歩のごとく」だったが、ここへ来て自動車市場の地盤は堅くなった。その結果、インド〜ASEAN〜中国のラインで昨年は約3600万台が売れた。これはNAFTA(米国、カナダ、メキシコ)とEUおよびEFTAの合計である3850万台に匹敵する。さらに日本と韓国をアジア勢に加えれば4280万台。 世界市場が1億台に届くとき、全アジア市場は4400万台と推定され、その存在感は圧倒的だ。日本のチャンスである。
日本の金融機関などが17年春時点で予測した21年市場の規模を平均すると、中国が2970万台、ASEAN386万台、インド518万台の合計 3874万台。中国が不安材料を抱えるものの、 ASEANとインドは長期的な安定路線と見ていいだろう。中国ではドイツ勢が圧倒的な販売台数を誇るが、日本が慌てる必要はない。ASEANでは日本車が90%を牛耳る。インドに強いスズキはトヨタとの連携に出る。
昨年の日本車の世界生産台数はまだ統計が出ていないが 、国内生産は867万台だった。17年の海外生産は1974万台。海外が前年並みだとして18年は約2840万台。この数字は立派であり、世界の中の日本はやはり自動車大国であることを実感する。ただ、地元である日本国内は、軽自動車と小型ミニバンと小型ハイブリッド車に席巻され、しかもその大半がCVT車という独特の市場。その将来はどこへ向かうのだろうか── 。