振動特性に優れる直列6気筒。しかしレスシリンダー化と衝突安全対策の観点などから、ひとり気を吐くBMWを除き自動車用としてはもはや絶滅危惧種──と思われるなか、ダイムラーが直6エンジンを復活させてきた。あらためて、このエンジンの特徴とねらいを考えてみる。
TEXT:三浦祥兒(MIURA Shoji)
レシプロエンジンの性能を規定するのは、第一にシリンダー内径×行程、つまりボア/ストロークとそれによって決定される単室気筒容積である。特にガソリンエンジンの場合、シリンダー内径はプラグ点火の火炎伝播距離という制約から無闇に大きくすることは憚られるため、概ね100㎜が上限とされる。第二次大戦時の航空機用ガソリンエンジンには200㎜級の内径を持つものもあったけれど、航空機用エンジンはフェイルセーフの観点から2プラグが必須であること、常用エンジン回転数が2000rpm台に収まり、自動車用のように高回転を用いないから何とかなったのだろう。
内径に制約があるからには、単室容積を大きくするには行程を上げる他ない。しかしこちらも同様に制約が発生する。同じ単室容積のまま内径を減らすと燃焼室がコンパクトになって冷却損失が減る代わり、吸排気弁の開口面積が減って混合気の吸入効率が悪くなる。また、行程を長く採ると単位時間クランク1回転あたりのピストン移動量が大きくなる。言い換えるとピストン速度が上昇して機械的抵抗が増すのだ。
ロングストロークになればなるほど平均ピストン速度は上昇し、フリクションと機械的強度の点から高回転化が難しくなる。エンジンの出力は要約すれば単室容積あたりの実効トルク(排気量)×回転数であるから、高出力化するには気筒容積を増やすか、高回転化するしかなく、どちらの方法にも物理的な限界があるというわけだ。
そこで、もうひとつの解法が登場する。気筒数を増やす方法だ。
単室容積500㏄/行程86㎜の単気筒エンジンを内径をそのままに行程を43㎜として250㏄×2気筒とすれば、平均ピストンスピードは半分になる。その分回転数を上げることで高出力となるし、内径×行程をそのままにして単に気筒数を増やせばこれまた出力は上がる。
ガソリンエンジンの気筒単室容積には一種のセオリーがあって、概ね400~500㏄が抵抗と冷却損失のバランスがとれているとされる。それ故にエンジンの出力バリエーションを作るには、気筒数を増減することになる。世の2ℓ級エンジンがおしなべて4気筒となるのはそうした必然的理由がある。車格に応じて必要な出力が定まれば、あとは気筒数をどうするかーーーがエンジン設計の要諦となるのである。
多気筒にするとクランクが長くなる
カール・ベンツとゴットリープ・ダイムラーが作った世界最初の実用ガソリンエンジンは当然ながら単気筒。そこからエンジンの進化は多気筒化と同義であったといってよい。ただし多気筒化には紆余曲折があった。
2気筒エンジンを作る際、誰でも思いつくのはクランクピンをふたつ並べた直列(並列)2気筒だ。ところが世界初の2気筒エンジンはV型だったのだ。しかもクランクピンだけでなく、コンロッドもひとつ。ひとつの大端部から二叉になってふたつの小端部とピストンを形成するV型としていた。なぜこんな面倒なことをしたかといえば、おそらくピンをふたつ持つクランクシャフトを作るのが困難だったからだ。クランクシャフトは自動車で最も強度と剛性が必要とされる部品であり、屈曲しながら両端は同一軸上に正確になければいけない。それほど精度が必要な部品を19世紀の技術水準で作るのは難しかったはずだ。
直列方向に気筒数が増えれば、クランクシャフトはどんどん長くなる。長くなればピストンの上下動でクランクは曲げと捻り方向に複雑な応力を受けてのたうち回るようになる。折角高出力&高回転のために多気筒化しても、クランク強度の問題で高回転化できなくなる。
初期のガソリンエンジンでは、長いクランクシャフトを避けるために多気筒化は星型配列とすることが多かった。星型エンジンはひとつのクランクピンにマスターコンロッドという大端部が取り付き、その周囲に放射状に他のサブコンロッドが配置されるという形状なので、気筒数が増えてもクランク長は増えないのだ。
星型エンジンにはもうひとつ利点がある。クランクセンターに対して各気筒が均等に放射状配列され、点火もたすき掛けに為されるため(この点火方法のために星型は必ず奇数気筒となる)、回転バランスが自動的に取れて振動の発生が抑えられるのだ。
一時振動と二次振動
単気筒エンジンが回る時、ピストンは上死点と下死点で一端停止状態になる。そこから反対方向にピストンが動くことで発生する振動が「一次振動」。クランク1回転につき一回発生するエンジンが上下方向に揺すられる動きだ。これを抑えるために、クランクピンにはクランクセンターを軸に反対方向にカウンターウエイトという錘が設けられて、ピストンの動きによる加振力を相殺するようになっている。ただカウンターウエイトを加振力を釣り合うように(バランス率100%)するとクランクそのものが重くなり、それ自体の慣性力が増えてしまう。
コンロッドは、ピストンの上下動に伴って斜めに傾きながら動くのだが、上死点から下降する時と、下死点から上昇する時では傾きの角度に差が発生する。これがピストンをシリンダー壁に押しつけるサイドスラストと総合して振動を生む。これがクランク1回転で二回発生する「二次振動」で、単気筒はもちろん、直列2気筒や直列4気筒のように、クランクピンの配列が180度位相でピストンが上下死点で一斉に停止する機構では不可避となる。
一次振動と二次振動は、共に上下方向の慣性力が原因で発生する。そこでピストンの上下運動が重ならないように、クランクピンの位相を3等分・120度間隔で配置すると、加振力は分散・相殺されてうまく消すことができる。直列3気筒配列のメリットだ。けれども直列3気筒は中央の2番気筒に対して左右の1・3番気筒が必ず斜めに位置するので、回転時にクランクシャフト両端は異なった応力を受ける(直4であればクランク両端の応力は釣り合う)。こうなるとクランクシャフトは2番気筒を軸に偏心するような動き=偶力を発生させてしまう。擂り鉢で味噌を摺る(ゴマでもトロロでもよいのだが)時の擂り粉木の動きから「味噌摺り運動」とも呼ばれる偶力もまた、自動車にとっては厄介な振動である。
ピストンエンジンはシリンダーの配置、即ちクランクピンの位相とピストン運動がクランクシャフトに与える応力のバランスによって振動特性が変わる。特に問題となるのは二次振動と偶力だ。実際には三次以上の細かい振動が発生するのだけれど、それはほとんど無視できる。点火のタイミングも重要だ。クランクピンの位相と配置は点火タイミングを等間隔にするように決められる。直列4気筒で前から順番に#1→#2→#3→#4と180度毎に点火すれば確かに等間隔ではあるものの、上下の加振力がクランク軸方向に移動するためバラついてバランスが取れない。それを解消するには#1→#2→#4→#3(もしくは#1→#3→#4→#2)として左右のバランスを取ることになる。直4のクランクピンが互い違い配列でないのはその理由だ。
同じ4気筒でもピン位相を互い違いの180度配列にするやり方もある。水平対向・ボクサーだ。直列と違い上下加振力は対向するピストンがそれぞれ反対に動くことで相殺され、同様に二次振動も打ち消し合う。振動の点では理想的な形式ではあるが、自動車用としては問題がある。吸気管もしくは排気管が地面側に生えるため、サスペンションストロークを確保するために搭載位置を上げなければならず、それは自動的にクランクセンターと、それに同軸で取り付く変速機軸位置上昇を招く。また、シリンダーが左右両方向に拡がることでエンジンコンパートメント内に収めることが難しくなる。エンジンマウントの位置も理想的にはしにくい。振動特性が優れているから関係なさそうだが、こと4気筒のボクサーに関しては、少なからず偶力が発生してしまうのだ。
4ストロークサイクルエンジンの振動問題は、4気筒を境に様相が変わる。4気筒より少ないと点火間隔が180度以上となるため、どうしても気筒間の影響を受けてしまうのだ。点火による加振力がバラつくのが問題であって、多気筒になればなるほど振動のバラつきの目が細かくなって気にならなくといえばよいだろうか。
V型エンジンの特質
振動は単純に気筒数を増やせば少なくなるということもできるが、ここでも様々な制約がある。まず星型を除いて奇数気筒はどうしても偶力が出るからヨロシクない。偶数気筒でも野放図に気筒を増やすとクランクシャフトが長くなって強度と剛性の問題が出る。水平対向は自動車用にはいろいろムツカシイ。ではV型がベストか、といえばそれはそれで面倒なのだ。
8気筒エンジンで直列とV型を比べれば、V8はクランク長もエンジン長さも短くなって、回しやすく積みやすい。ところがシリンダーブロックはふたつ要る。カムシャフトも吸排気管も直列の倍必要だ。V8ではクランク位相が180度(シングルプレーン)と90度(クロスプレーン)存在するのだが、180度は片バンクで見れば直4と同じなので二次振動の問題があり、90度は片バンクで等間隔点火にならないためある気筒の排気が他気筒の排気を妨げる排気干渉が発生して効率が悪い。
一番面倒なV型はV6だ。
数ある他気筒エンジンの中でも、V6は最後に登場した種別だ。一般的なV型は対抗する気筒のコンロッド大端部をひとつのクランクピンに取り付ける。そしてバンク角をクランク2回転=720度÷気筒数で割り出せばOK。ところがV6にその法則を割り当てるとバンク角が120度になってしまう。これだけ広い角度だともはや水平対向と変わりなく、車体搭載が難しくなる。かといってバンク角を狭めれば今度は等間隔点火でなくなる。このジレンマを解消したのは1950年にランチアがアウレリア用にクランクピンを分割オフセット配置した60度V6からである。
ピン共用のメリットは部品数の低減とエンジン長の短縮にあるのだが、オフセットピンは元々ひとつの丸棒だったものをふたつにわけてズラすわけで、その接合面積は小さくそのままでは強度が持たない。そこでオフセットされたピンの間にウェブを噛ます。でもウェブの分総クランク長さは長くなってしまう。そのクランクシャフトも、片バンクが直3というレイアウト故に偶力が発生するため、カウンターウェイトの量ををセンターと両端で変えるというややこしい構造だ。
メカニズム的には中々に興味深いV型ではあるものの、複雑で高コストであることは否めない。それならもっとよい多気筒エンジンがあるではないかーーー。そう、直列6気筒だ。
直列6気筒というエンジン
大排気量V8という形式が跋扈する北米を除けば、直列6気筒は高級車用エンジンの象徴であった。それは何より振動特性に優れているからだ。
ぶっちゃけていえば、直6は直3×2である。直3と違うのはクランクを横から見てウェブが左右均等になっていること。それによって直3の欠点であった偶力が発生しない。二次振動は直3由来なので当然ゼロである。つまり二大悪振動が排除された「完全バランスエンジン」なのである。
構造的にはシリンダーブロックと吸排気系はひとつで済むからコストも低いし、何より主流である直4と設計も生産工程も共用できる。かつて日産の主力エンジンであったL型は、1.3ℓ直4から2.8ℓ直6まで、ガソリン・ディーゼル併せて4種類の内径と7種類の行程を組み合わせたモジュラーエンジンとして、数多くの車種に採用された。低廉な4気筒の基本設計で高級な6気筒を作れるのは、V型には真似の出来ない芸当である。
日産のL型はメルセデス・ベンツのM180型を下敷きに設計されたと言われているが、ベンツとBMWというドイツの二大巨頭は、ともに上級車種には腕によりをかけた直6を使い続けてきた。ジャガーもまた創設以来直6を看板にしてきたメーカーで、市販車にDOHCを採用した嚆矢として誉れ高いXK6も当然直6であった。イギリス車ということであれば、ロールス・ロイスもベントレーも、戦前から戦後にかけては直6エンジンが標準であり、世界の高級車のエンジンは軒並みスムーズな直列6気筒搭載と相場は決まっていたのである。
直6の余録というか発展型がV12である。シングルプレーンV8が直4×2という成り立ちであるのと同様、V12も直6×2という機構だ。シングルプレーンV8が二次振動という直4の持病をそのまま持ち込んでいるのに対し、V12は完全バランスのエンジンが基だけに隙がない。V型ではバンク角の設定が気筒数によって決まってしまうが、V12ではその制約がほとんどないとされる。もちろん変な角度にすると不等間隔点火になってしまうのだけれど、林 義正氏によるとその影響はほとんどないという。高級乗用車と違って、モータースポーツの世界では何故か専用設計の直6というのは例が少ないのだが、V12はターボ過給が一般化する以前の自然吸気全盛時代には、レーシングエンジンに於いてもやはり最高峰のレイアウトとなった。
そうした慣例が崩れ始めたのは石油ショックが引き起こしたダウンサイジングからだ。V8王国であった北米メーカーが、手っ取り早くV8から2気筒を切り落としたV6を大量に作り始めたのだ。バンク角はV8と同じ90度であり、クランクシャフトは新規に起こす必要があるものの、60度バンクよりピンオフセット量は少なくて済み(60度バンク=60度オフセット/90度バンク=30度オフセット)、ピンウェブはなくてもよくなる。そうこうする内にFF車の上級移行が進み始め、Dセグメントに6気筒が必要になってきた。直6の長さでは流石に横置きは難しい。ボルボという例外はあるけれど、その大小としてステアリングの切れ角やサスペンションアームの配置に少なからぬ我慢を強いられる。そうなるとどうしてもV型となってきたのだ。さらに時代は進んで衝突安全性がクローズアップされると、エンジン長の長さからクラッシャブルゾーンを確保しにくい直6はどんどん淘汰されるようになる。
拍車を掛けたのは「第二次」ダウンサイジングブーム、つまり新世代の直噴ターボエンジンの勃興だ。それまで高級車エンジンとしてボリュームゾーンであった3ℓ級の6気筒エンジンが、直4ターボでOK、ということになっていよいよ直6はおろか、6気筒エンジンの存在すら否定される傾向になった。孤高を守り続けてきたBMWも直6の搭載車種を減らし続けた。日本ではダウンサイジングターボの波の影響は少なかったけれど、日産RB型とトヨタJ型が同時期に生産終了となり、直6は絶滅危惧種となってしまった。
直列6気筒は復活するのか
ところが昨年、メルセデス・ベンツがガソリン/ディーゼル共用設計の新型直列6気筒エンジンを突如市場投入した。その理由は様々に言われるところだが、最大の理由は直4エンジンとの生産共用である。姿カタチから見ても直列とV型はまったく異なるエンジンだ。開発も製作もそれぞれにコストがかかる。それでも需要があるうちはよかった。しかし今や生産量のほとんどは2ℓの直4ターボであり、少数のV6を造り続けるのは負担が大きくなったのだろう。内径83.0㎜×行程92.4㎜というシリンダーブロックを同じくする4気筒と6気筒を直列でまとめることに、ビジネスチャンスを求めたのだ。直6衰退の一因となった衝突安全性についても、クラッシャブルボディ設計の経験値が上がって、エンジン長の制約が緩和されてきた。
こうしたベンツの英断を見て「すわ、直6復活か!」と見るのは早計だと思う。
ドイツの2大高級車メーカーであるベンツとBMWに共通するのは、生産車のほとんどが縦置きエンジン搭載の後輪駆動車である、ということ。これがVWになると前輪駆動ばかりだから、横置き用に直6を作るとは考えられない。他メーカーも同じである。BMWだってMINIをはじめとして横置きエンジン車のボリュームを増やしてきているから、新しい直6を作るかどうかは相当に不透明だ。日産が可変圧縮比エンジンを作ったのは、V6を直4ターボに置き換えるのが目的であり、その独特の機構から二次振動がほとんど出ない可変圧縮比エンジンが高コストを圧して選ばれた。北米でもマルチシリンダーエンジンは縦置きFRに特化したもので、生産ボリュームが十分にあるのなら、敢えて直6を新規開発する必然性はない。
直6最大の特質である振動バランスではあるが、往復運動機構を持たない電動モーターにとっては敵ですらない。日産のノートe-POWERに乗ると分かる。野暮な振動が盛大に出る直3エンジンと、コスト面で静音化が難しいBセグメントクラスでも、動力源がモーターになっただけで圧倒的に静かにスムーズになるのだ。ハイブリッドに乗り遅れたベンツは、直6に48Vマイルドハイブリッドを押し込んで勝負に出たけれど、ストロング+シリーズハイブリッドであれば、それ以上の静粛性と低燃費をもたらすことができる。直6エンジンの魅力を知る世代にとって、その復活は喜ばしいことではあるけれど、メルセデスM256&OM656が最後の乗用車用直6になる可能性は十分にあるのだ、と思う。