世界三大レースのひとつ、ル・マン24時間レース。通算20回も挑戦し続けて、ついにトヨタが優勝したのが、今年2018年6月17日。ポルシェワークスが撤退したことでライバル不在とも言われたが、ル・マンが世界一過酷で勝つのが難しいレースであることに変わりはない。「楽勝でしょ?」と思った人も多いかもしれない。2006年のレクサスGSハイブリッドによる十勝24時間レース挑戦からずっとトヨタのル・マン24時間挑戦を取材してきた、ジャーナリストの世良耕太氏に、トヨタ、ル・マン制覇の舞台裏を聞いた。
INTERVIEW◎MotorFan.jp PHOTO◎世良耕太(SERA Kota)/TOYOTA GAZOO RACING
200psパワフルなプライベーター相手に圧勝する実力
ー勝てそうで勝てなかったル・マン24時間レースで、ついに、トヨタが優勝しました。しかも、ワン・ツーという完璧なカタチで。トヨタ以外にワークスがいない状態なんだから、楽勝でしょ? という人もいますけど。
世良耕太氏(以下世良) 結果から見たら、楽勝に見えたかもしれないけど、そこはなにが起こるかわからないル・マンですから、トヨタも楽勝と思って臨んではいませんでしたよ。
ー優勝の瞬間、ピットの様子、プレスルームの様子はどうでしたか?
世良 現地は、ポルシェがいるとかいないとか、関係なしでやっぱり勝者を称えるムードでしたよ。僕らも、トヨタが悔しい想いをしてきてるのをずっと見てきていますから、本当に素直に「ル・マン優勝、おめでとう! やりましたね!」という気持ちになったよ。ドライバーの中嶋一貴も「ずいぶん長くかかりましたが、ようやく勝ててホッとした」って言ってましたしね。今年、トヨタが勝てなかったらどうしよう、と僕も思っていましたし……。
ーワークスのトヨタとプライベーターでは、マシンの性能差が圧倒的に見えました。
世良 これも、結果から見たらそうなるんだけど、レギュレーション上は、ものすごくプライベーターが優遇されていたんです。たとえば空力もそうですし。エンジンに至っては、プライベーターの方が使える燃料が多くなっていたので、200psもパワフルになる計算でした。トヨタのTS050はハイブリッド・レーシングカーだから、エンジンだけで勝負するわけではないんだけど、200psのエンジン出力差は、最高速でプライベーターが有利になる計算だったんです。
ーそれでも、トヨタは圧勝した。
世良 そう。そのくらい今年のトヨタは強かったし、いまのトヨタのハイブリッド・レーシングカーの性能は高いということだったです。
速いマシンを作っただけでは、勝てないのがル・マン アロンソはどうだった?
ー速いマシンを作っただけでは勝てないのがル・マンなんですよね?
世良 トヨタもこれまで何度も苦杯を嘗めさせられてきましたからね。残り5分で「ノーパワー!」になって九分九厘手にしていた優勝を逃すとか。そういった意味では、ライバルのポルシェワークスやアウディワークスがいなくても、どんなトラブルが襲ってくるかわからない状況でした。
ーそれこそ、今年勝てなかったら、というより今年優勝をプライベーターに攫われたら、とんでもないことになる!というプレッシャーも相当だったんでしょうね。
世良 だから、トヨタは事前に入念な準備をしました。「起こりうるトラブルの可能性」をそれこそ、ありとあらゆるシチュエーションを想定していましたよ。タイヤが1輪外れて、3輪になってどうやってピットまで戻ってくるか。給油のタイミングを忘れてピットを過ぎたときに、残った燃料と電力量でどう走らせるか、とか、およそ、「そんなことは起きないでしょ?」ということまで考えて予行練習を重ねていました。実際に、小林可夢偉は、レース終盤、給油のピットインのタイミングを見逃して1周走行する事態になりましたもんね。
ーなるほど。今年のトヨタは、ドライバーも豪華でした。フェルナンド・アロンソという現役F1ドライバーのなかでも、最上級、もちろん世界チャンピオン経験者がトヨタに乗りました。アロンソ、トヨタでどうでしたか?
世良 アロンソは、トリプルクラウンを獲るために、勝てるトヨタでル・マンを戦いたかったんです。モナコGPはもちろん勝ってますし、今回ル・マンを勝ったから、残りはインディ500だけ、となりましたね。トヨタのチームとアロンソの関係はとにかく良好でした。トヨタはチームワークを大切にします。アロンソだけ特別扱いするつもりはなかったし、アロンソも耐久レースモードに気持ちを切り替えていたようでした。チームをなごませるためにカードマジックを披露したりして。
ーマツダのル・マン優勝が1991年ですから、再び日本の自動車メーカーがル・マンを制覇するのに27年もかかってしまったことになります。日本人としては、本当に素直にトヨタの優勝を喜びたい、と思います。
世良 そうですね。2006年にトヨタが「ハイブリッド・レーシング」で十勝24時間に出場したときから、僕は間近で取材を続けてきましたから、本当にうれしい。
ートヨタのル・マン初制覇の立役者をひとり挙げてほしい、と言ったら、誰を推しますか? ドライバーの中嶋一貴?アロンソ?
世良 もちろん、ドライバーも大事です。レースをサポートするエンジニアやメカニックも。でも、ひとり挙げるとしたら……いや、ふたりでもいいですか? ひとりは、今年のTGR(トヨタ・ガズーレーシング)のチーム代表でもある村田久武さん。もうひとりは、プロジェクトを始めた当初にモータースポーツ部の部長だった木下美明さんです。村田さんも木下さんも、ル・マンとの関わりが深くて長い。ハイブリッドを使ったレース活動をスタートしてずっと推進してきたのが、このおふたりです。とくに村田さんは2006年からずっとリーダーとしてプロジェクトを率いてきました。負けず嫌いな村田さんのリーダーシップがあったからこそ、初制覇までたどりついたのだと思います。
ー世良さんは、『トヨタ ル・マン24時間レース制覇までの4551日』という本を上梓しましたね。4551日とは、いつからですか?
世良 2006年の1月1日からです。この年にトヨタは、ハイブリッドによるレース活動をスタートしたので。
ーどんな内容ですか?
世良 2006年から今年まで、トヨタのル・マン挑戦の舞台裏を描いています。トヨタは、言い換えると初制覇するまで、負け続けたわけです。そのとき、チームのリーダーは何を思い、どう動いたか。スタッフになにを伝え、どう動かしたのか? そのあたりもストーリーの軸に置いています。そのリーダーが、村田さんというわけです。
『トヨタ ル・マン24時間レース制覇までの4551日』世良耕太著
「オマエら、なんのためにレースやっとるんや。勝つためにやっとるんやないんか」
トヨタは、世界最高峰の自動車レース、ル・マン24時間レースに挑戦を続け、そして負け続けた。最高位は2位。ライバルに歯が立たない年もあった。残り5分までリードして最後の最後に負けた年もあった。その負け続けたチームを率いて、ついに今年、圧倒的な強さでレースを制した。その勝利の舞台裏には、チームをまとめ、鼓舞し、トヨタ式カイゼンを繰り返して勝利を呼んだリーダーの存在があった。