矢継ぎ早にニューモデルを導入するマクラーレン。その最新作がセナだ。伝説のF1ドライバーの名を冠するスーパースポーツは、やはり伝説的なモデルだったのか……? ポルトガルのエストリルサーキットからその第一印象をリポートする。
REPORT◎大谷達也(OTANI Tatsuya)
PHOTO◎McLaren Automotive
ついに登場した究極のスーパースポーツ
マクラーレン・セナの価格はおよそ1億円だが、限定生産分の500台は公式発表よりも前に完売していた。つまり、生まれながらにして歴史的名車となることが運命づけられた“ウルトラ”スーパースポーツカーなのである。
2010年に現体制に生まれ変わったマクラーレン・オートモーティブは、この“ウルトラ”スーパースポーツカーのことをアルティメット・シリーズと呼んでいる。マクラーレンがアルティメット・シリーズを手がけるのは、2012年発表のP1に続いてセナが2モデル目。厳密にいえば、P1のサーキット専用走行モデルであるP1 GT-Rが存在したので3モデル目ともいえるが、公道を走れるロードカーのアルティメット・シリーズはセナが2モデル目で間違いない。
この「公道も走れる」というところに、セナの重要なコンセプトは存在する。実は、セナはサーキットでのパフォーマンスを最優先して開発されている。けれども、そこに「公道も走れる」という枠組みをマクラーレン自らが設定した。公道を走行するからには法律で義務づけられた安全規定に合致しなければいけないし、排ガス規制や騒音規制もクリアしなければいけない。それらは、ある意味でパフォーマンスを制限する要素となるが、もしもこれがなかったらセナは限りなくレーシングカーに近い成り立ちになっていただろう。
おかげで、セナはトランスポーターを仕立てることなく、オーナーが自らステアリングを握ってサーキットに出向き、そこで限界的な走行を味わった後で、またセナで自宅まで自走で戻ることができる。そんな楽しみ方のできる“ウルトラ”スーパースポーツカーを、マクラーレンはこのセナで実現したかったのだ。
これとは別に、セナをベースにしたサーキット走行専用車“セナGT-R”も開発されるが、経験豊富なレーシングドライバーによれば、セナのパフォーマンスでさえすでに、世界中のレースを戦うGT3マシンに極めて近いというから驚きだ。
サーキットでの速さと公道走行可能を両立
では、マクラーレンはどのようにして公道走行可能なスポーツカー(ロードカー)でレーシングカー並みのパフォーマンスを実現したのか?
ロードカーとレーシングカーの決定的な違いはエンジンのパフォーマンスではなくシャシー性能とエアロダイナミクスにあるといっても過言ではない。反対に、GT3のエンジン性能は500ps程度に制限されることが多い。これに対してセナの最高出力は800ps。つまり、エンジン性能に関していえばロードカーとレーシングカーの間ですでに逆転現象が起きているのだ。
これとは対照的に、シャシー性能とエアロダイナミクスはレーシングカーのほうが圧倒的に優れている。いずれも日常的な快適性や実用性を犠牲することで手に入れたものだが、「公道も走れる」セナがこれらの要件を無視するわけにはいかない。そこで採用されたのが数々の可変制御技術である。
たとえば、セナのサスペンションに金属製のコイルスプリングはない。その代わりに、特殊なガスと油圧システムを組み合わせたレースアクティブ・シャシーコントロールⅡと呼ばれる、セナのために開発された専用のサスペンション・システムが採用されている。これは、走行条件にあわせて車高やスプリングの硬さを4輪別々に設定できる、まさに“魔法のサスペンション”である。
その原型であるレースアクティブ・シャシーコントロールはP1で世に出たものだが、セナはこのサスペンションに720Sで登場した高度なダンパー制御システムを組み合わせることでレースアクティブ・シャシーコントロールⅡへと進化させた。こうしてセナは、レーシングカー並みの“硬さ”と公道走行を可能にする“しなやかさ”の両方を手に入れたのだ。
セナのエアロダイナミクスは250km/h以上で800kgものダウンフォースを発生させるほど高度なものだが、大きなダウンフォースは空気抵抗を生み出し、燃費性能と動力性能を悪化させる。また、加速、コーナリング、減速などによっても必要となる空力性能は異なる。そこでセナでは運転状況に応じて前後のダウンフォースを最適化するアクティブ・エアロダイナミクスを搭載。たとえば、減速時にはリアウィングを25度まで立てて巨大なダウンフォースを発生。ノーズダイブによって浮き上がろうとする後輪を確実に路面に押しつけ、4本のタイヤのグリップをフルに引き出してブレーキ性能を高める。言い換えれば、セナのエアロダイナミクスは単にパフォーマンスを高めるだけでなく、クルマのスタビリティを高めることで安心して限界性能を発揮できるようにするためにデザインされたものでもあるのだ。
セナの試乗会が行われたのはポルトガルのエストリル・サーキット。ここは、モデル名の由来ともなったアイルトン・セナがF1で初優勝を果たしたことで知られるサーキットだ。
ちなみに、サーキットの慣熟走行で用いられたのは、アルティメット・シリーズのひとつ下に位置するスーパー・シリーズの最新モデル、720Sという贅沢さ。この720Sで4周走ったあと、直ちにセナに乗り換えて6周走行するというのが今回の試乗会のフォーマットだ。なお、セナにはここからやや時間をおいて、6ラップをもう1度走行できるプログラムとされていた。
セナで走り始めて最初に感じるのは、その圧倒的な軽さだ。徹底的な軽量設計が施されたセナは乾燥重量が1198kgと驚くほど軽く、これがレーシングカーと見紛うばかりの俊敏な反応を可能としていた。しかも、カーボンモノコックがもたらすボディ剛性は驚異的に高く、レースアクティブ・シャシーコントロールⅡはステアリング操作に対して常に鋭敏に反応する。さらに、クルマ全体から圧倒的な量のインフォメーションが届けられるため、ドライバーは常にクルマの状態を監視下に留めることが可能となり、即座にカウンターステアなどの修正を図ることができる。セナのようなウルトラ・ハイパフォーマンスカーをコントロールするにはさぞかし高いスキルが要求されるだろうと思われるだろうが、こと修正に限っていえば、豊富なインフォメーションと優れたレスポンスにより、むしろ簡単だといってもいいくらいだ。
反対に難しいのは、パフォーマンスの限界を見極めることだ。とりわけブレーキングの限界を見極めることが私には難しく、例によって助手席に腰掛けたインストラクターのアドバイスを頼りにギリギリのブレーキングを試せるようになったのは、2セッション目の半ばを迎えたころのこと。この時わかったのは、走行当初はブレーキが持つパフォーマンスの半分ほどしか使っていなかったことだった。
いずれにせよ、6周×2セットの短い走行でセナの限界をすべて把握するのは、私には不可能だった。驚異的なパフォーマンスを引き出しているうち、コースレイアウトが頭から消え去って、コーナーを読み違えることが少なくなかったこともその一因だ。
けれども、セナを操っていて不思議と恐怖は感じなかった。それは、いつでもコントロールできるという自信をセナが与えてくれたからだ。とはいえ、自分でコントロールできることがわかればこそ、セナの限界も掴み獲ってサーキットで存分に攻めたいと思うようになったのも事実。おそらく、あと1時間あれば、私でもそれに近いレベルに到達できただろう。そしてこの点にこそ、セナの魅力はあるといって構わない。
マクラーレン・オートモーティブが2016年に発表した中期計画のトラック22によれば、2022年までに15のニューモデルが投入されることになっている。この計画に従い、彼らはすでに720Sと570Sスパイダーをローンチ。セナとセナGT-Rもこのトラック22に従って導入されたニューモデルだ。残る4年間でデビューするのは11モデル。マクラーレンがこの11モデルでどんな世界を切り拓いてくれるのか、いまから楽しみで仕方ない。
SPECIFICATIONS
マクラーレン・セナ
■ボディサイズ:全長4744×全幅2051×全高1229mm ホイールベース:2670mm ■車両重量:1198kg(Dry) ■エンジン:V型8気筒DOHCツインターボ 総排気量:3994cc 最高出力:597kW(800ps)/7250rpm 最大トルク:800Nm/5500-6700rpm ■トランスミッション:7速DCT ■駆動方式:RWD ■サスペンション形式:F&Rダブルウイッシュボーン ■ブレーキ:F&Rベンチレーテッドディスク ■タイヤサイズ(リム幅):F245/35ZR19(8J)R315/30ZR20(10J) ■パフォーマンス 最高速度:340km/h 0→100km/h加速:2.7秒 ■車両本体価格:67万5000ポンド