東京、山梨、埼玉、長野、群馬の一都四県にまたがる奥秩父山塊。
険しい山々が連なり、高速道路や鉄道の巨大な空白地帯ともいえるこのエリアの真ん中を、関東甲信越屈指の林道が貫いている。
フィアット・パンダ4×4で、未舗装路をひたすら走り続けた。
TEXT:小泉建治(KOIZUMI Kenji) PHOTO:宮門秀行(MIYAKADO Hideyuki)
埼玉県と長野県って接していたの?
埼玉県と長野県が接していることを、果たしてどれくらいの人が認識しているだろうか? かく言う筆者も、突然そう問われたら、一瞬考え込んでしまう。埼玉県の北側に群馬県があって、長野県はその先......そう思っている人がほとんどだろう。
まぁそれもしかたない。両県が接している県境の距離はわずか10kmほどで、しかもそれは関東甲信越でも屈指の交通網空白地帯にあるのだから。
グーグルマップなどでざっと確認してみると、埼玉県から長野県に行く最短の方法は国道299号で群馬県を経由するルートになりそうだ。国道140号で山梨県を経由する方法もあるが、結構な遠回りを強いられるだろう。それよりなにより、普通は関越道と上信越道を使って群馬県を経由するはずだ。いずれにせよ、埼玉県から長野県へ直接行くことは不可能に思える。
だが、この両県の県境を画面の中心に据え、どんどん縮尺を拡大していってほしい。あるでしょう、すっごく細くてクネクネした糸くずみたいな道が。
この道こそ、関東有数の未舗装路として知られる通称「中津川林道」、正式名称「秩父市道17号線」だ。未舗装区間は約18kmで、その長さもさることながら、ふたつの地点を結ぶバイパス的な役割を持つ道が未舗装であること自体、今どき関東地方ではかなり珍しい。本線から枝分かれした行き止まりの林道が未舗装であったり、ごく短い距離がやむなく未舗装のままになっていたり、というケースはほかにもあるにせよ、中津川林道のように起点と終点で別の国道や県道などにつながる未舗装路は稀有な存在だ。
ということで、連載3回目にして初の未舗装路チャレンジと相成った。
飲食店も商店もなし! 食料の準備は必須!
関越道の花園ICから国道140号を南西に向かい、まずは秩父を目指す。中津川林道にはもちろん飲食店など存在しないため、予め弁当を買っていくことにした。せっかくだから少しでも名物らしき弁当にしたかったのだが、早朝出発のためコンビニ以外は開いていない。
しかし西武秩父駅で名物のわらじカツ弁当が買えるという情報を事前にキャッチし、駅なら早朝からでも開いているだろうということで向かうと、なんと売店が改装中とのこと。しかたがないのでさくっとコンビニで弁当を調達する。
ちなみに中津川林道の手前の大滝には、これまた名物のバイク弁当で知られる大滝食堂がある。オートバイのタンクの形をした弁当箱にボリュームたっぷりの豚肉が詰め込まれたものだが、こちらは残念ながら長期休業中である。
その大滝食堂を過ぎ、滝沢ダムのループ橋を登り切り、県道210号との交差点を北に右折する。そして9kmほど道なりに進むと、中津川林道との分岐点が現れる。左に曲がれば、いよいよ酷道険道ドライブのスタートだ。
未舗装路ゆえの緊張感
道幅はクルマ一台がやっと通れるほどで、対向車を発見したらどちらかが広い場所で待機する必要がある。ただしまだ路面は舗装されている。そしてこまどり荘という宿泊施設を通り過ぎると、唐突に未舗装路が始まる。
「おお、来ましたねぇ」「う〜ん、来ましたねぇ」と、わかったようなわからないような言葉を助手席のカメラマンと交わし、車内に緊張感が漂い始める。ガタガタという衝撃と、ホイールハウス内にカラカラと響く巻き上げた砂利の音は、未舗装路などほとんど走る機会のない現代の軟弱ドライバーをビビらせるには十分である。
とはいえ、必要以上に緊張する必要はない。アフリカやロシアや中央アジアなどに行けば未舗装路など当たり前で、それでもみんなフツーに走っている。アメリカやオーストラリアだって、ちょっと郊外に出れば未舗装路だらけ。日本にしても、つい30年くらい前までは都内でも未舗装路は珍しくなかった。
だが注意しなければならないのは、日本において今ドキ舗装されていないような道は交通量が極めて少ないため、何かあっても他人に助けを求めることがかなり困難であること。携帯電話もつながりにくい場合が多い。「パンクしたらJAFを呼べばいい」なんて安易な気持ちは禁物だ。パンクしないように、脱輪しないように、ガス欠しないように、とにかく不動の事態に陥らないよう、細心の注意を払って走ることが肝要だ。仲間と複数台で連なって走るのもひとつの安全策だろう。
情緒に溢れる古道を、一歩一歩ゆっくりと踏みしめる
そんなわけで制限速度の15km/hを、とくに遵法精神を発揮するまでもなく無意識のうちにしっかりと守り、ギヤは1速か2速で淡々と走り続ける。
そうそう、今回の伴侶であるフィアット・パンダ4×4は6速MTのみの設定である。シフトチェンジはコクコクッと決まり、左ハンドルがベースのAセグメントFFハッチバックにもかかわらずペダルレイアウトにも無理がない。3つのペダルに加え、しっかりフットレストまで配置され、ストレスなくドライビングが楽しめる。
2気筒ユニットは低回転域ではパタパタと微笑ましくも存在感のある鼓動を伝え、高回転域ではブォーンと勇ましいサウンドを奏でる。小さくてブン回せて楽しい、というだけでなく、もはやこれは滑らかすぎて手応えの希薄な昨今の6気筒や8気筒よりも「官能的」とすら言えるのではないか?
考えてみれば、オートバイの世界じゃドゥカティやハーレーダビッドソンなどの2気筒はむしろありがたがられているではないか。
ハチのような、ハエのような……
酷道険道のドライブとは、まるでタイムトラベルである
梓山林道をしばらく西に向かうと、やがて川上村に辿り着く。感覚的には、ここが酷道険道ドライブのゴールである。
川上村から廻り目平キャンプ場に向けて南下すると、さらに山梨県に通じる未舗装路があるのだが、こちらは中津川林道よりも路面が荒れていて難易度は少々高い。
とりあえず今回は遠慮することにして、八ヶ岳方面にまわって中央道の長坂ICを目指した。
都市部に住む人間にとっては不安を伴う未舗装路ドライブだが、しっかり運転に向き合い、無理をしなければこんなに楽しいアドベンチャーもない。
そしてパンダ4×4が、こんなにも頼もしい存在だったことを知ったのは収穫だ。悪路を4時間もゆっさゆっさと揺られ続けたのに、首も背中も腰もまったく痛くない。Mカメラマンの「なんだかシートがルノーっぽいですね」は褒め言葉だろう。腰痛持ちで、シートが気に食わないという理由だけで某国産の新車からプジョーの中古車に乗り換えてしまった彼の言葉には説得力がある。
ボディの見切りの良さやドライバビリティの高さも、こうした過酷な状況下では安心感に大きく寄与する。さらにアイドリングストップのオン・オフやエコモードの設定がエンジンを切っても維持されたり、光軸調整のスイッチが操作しやすいダッシュボード中央にあったり、Aセグメントには珍しく前席シートベルトに高さ調整機構が付いていたりと、どこを見てもいちいちパンダは真面目だ。
国道141号に出れば、酷道険道ムードもすっかり陰を潜め、もはや夏休みの楽しいドライブだ。野辺山の牧場で観光客に混じってソフトクリームを頬張り、ようやく名物にありつけた満足感を得る。
とはいえ、帰りの中央道までもが夏休みのドライブらしさに溢れ、渋滞が超弩級だったのには閉口するばかりであった。
【フィアット・パンダ 4×4】
▶全長×全幅×全高:3685×1670×1615mm
▶ホイールベース:2300mm ▶車両重量:1130kg
▶エンジン形式:直列2気筒DOHCターボチャージャー
▶総排気量:875cc ▶ボア×ストローク:80.5×86.0mm
▶圧縮比:10.0 ▶最高出力:63kW(85ps)/5500rpm
▶最大トルク:145Nm/1900rpm ▶トランスミッション:6速MT
▶サスペンション形式:(F)マクファーソンストラット(R)トーションビーム
▶ブレーキ:(F)ベンチレーテッドディスク(R)ディスク タイヤサイズ:175/65R15