その細やかな観察眼では業界一、二を争うモータージャーナリストの島崎七生人さんが、話題のニューモデルの気になるポイントについて、深く、細かくインタビューする連載企画。第65回は2023年11月9日に発表、11月22日に発売されたスズキの新型スペーシア/スペーシアカスタムです。今やスズキでもっとも売れているスーパーハイトワゴンの開発コンセプトについて、スズキ株式会社 四輪商品第一部 アシスタントCE 係長の海野 赳久(うんの・たけひさ)さんに話を伺いました。
実際の使い方を知るために“同乗調査”も
島崎:海野さんはこれまでどういった車種をご担当されてきましたか?
海野さん:私はもともと試作部におり、3年ほど前に今の部署に移りました。
島崎:そうなんですか。
海野さん:初めて形にする設計試作車両を図面をもとに生産し、設計に試験してもらう車両を提供する……。
島崎:車両を作る?
海野さん:はい。まあ作るのは現場の担当者で、私自身が組み立てたりするのではないのですけど。
島崎:ということは、僕らが見たこともないようなクルマもお作りになったのですね。
海野さん:会社の中でも機密性が1番高いランクのところでして。
島崎:とすると今までに市販化に至らなかったクルマもたくさんあったのでしょうね。そちらのお話も伺いたいなぁ。
海野さん:あははは。で、スペーシアの立ち上がりで今の部署に来まして……。
島崎:あ、話を戻していただきありがとうございます。今のお立場だと、鈴木チーフエンジニアとご一緒に?
海野さん:はい、鈴木のもとで働いておりまして、何をやっているかというと、始めは企画部署と一緒に、次のクルマをどういう風にしていこうかと企画を練り、設計に落とす時に、ここはできない、こうすれば何とかなる、進捗をみながらどういう性能になっていく……といったところを確認してというような。
島崎:全体を見ながら、と言いつつも、細かなところも目配りされるお立場ですね。
海野さん:そうですね。ちゃんと要求している性能を満たしているか、機能になっているかといった確認をしながら。
島崎:チーフエンジニアの鈴木さんは、偉そうに(笑)どんなことを仰ってたのですか?
海野さん:あはは。まあお客様を見ながら使いやすいクルマを目指そうというコンセプトの中で、今回でいうと、いいところに収納や小物入れを用意したり、使いやすいスイッチのレイアウトにしたりとか。それと今回はとくに後席のマルチユースフラップをつけましたが、ちょっとした時間に寛いでいただけるような空間作りもしました。グリップも握りやすくしたり、テーブルも変えたりとか、とにかくお客様の使い方に寄りそうことを意識しています。
島崎:そういう個々の細かなアイデア出しは、いつ、どなたがされたのですか?
海野さん:企画を始めた段階で、実際にお客様がどんな困りごとをお持ちなのかなというのを調べたんです。そのために言葉だけではわからないので、実際にお使いのところを一緒にクルマに同乗させていただいて……。
島崎:同乗させてもらった?
海野さん:ええ。で、実際に使っている時の仕草や動きから、もう少しああしたいんじゃないか?とか感じながら、これをつけようか、こういうモノが必要なんじゃないか、と判断していきました。
島崎:よくある誘導尋問的なユーザーサーベイやイエス/ノーのアンケート形式ではなくて、ということですね。
海野さん:はい。もちろんいろいろ話を伺ったりもしましたが、実際にお使いになっているところを見て調査しました。
N-BOXを意識していないといえば嘘になるが……
島崎:鈴木チーフエンジニアは、もはや海野さんにすべて任せた!という感じだったのですね。
海野さん:決してそういう訳じゃないです、一緒に取り組みました(笑)。
島崎:ほかでもないホンダN-BOXもモデルチェンジしましたが、2022年5月に、月販台数でスペーシアが1位になったことがありましたが、そういったことへの号令、指令のようなものはありましたか?
海野さん:縛りがある訳ではないですが、目標とする台数に対してやはりお客様に選んで買っていただけるようにというのはもちろんあります。
島崎:目標の台数はN-BOXを見ながらの数字ということですか?
海野さん:見ながらではないですが、市場にこれくらいのお客様がいて、需要はこれだけあって、成立するところはどのくらいのところかな、と。
島崎:打倒N-BOX!のスローガンを掲げていた、とか?
海野さん:まあ意識していないといえば嘘になりますし、どんな装備が付いていて、価格はどうで、どんなお客様が乗っていてとか、いろいろ調査はします。が、スペーシアはスペーシアでどういうお客様が選んでくださるのか?というところで考えていますし、それに対してこれくらいの台数を売りたいなというところで設定しています。
島崎:スマートに仰いますけど、鈴木社長からN-BOXを抜け!といった号令が飛んでいた、とか……。
海野さん:そういう訳ではないです。まあいろいろな車種がある中でスペーシアだけ2万台、3万台売るぞ、作るぞという訳にもいかないところがあり、バランスも考慮する必要がありますし。
島崎:スペーシアだけ売れてはマズい?
海野さん:マズい訳ではないですが、他の車種を欲しいと仰るお客様もいらっしゃいますから、生産能力を見ながら。
小型車から乗り換えるユーザーの方も増えている
島崎:今回のスペーシアはプラットフォームはキャリーオーバーですね?
海野さん:そうですね。ホイールベースも先代と同じです。
島崎:その中で新型スペーシアの1番の売りというとどこですか?
海野さん:ACCやLKA(車線維持支援機能)がついて、本当になめらかで運転が上手くなったような感覚で乗っていただけるかなあと思っています。
島崎:高機能化していますよね?
海野さん:はい、カメラとミリ波レーダーにシステムを変えて、従来のステレオカメラよりも画角、検知エリアが広がり、検知するものも増えて非常に安全に乗っていただくことができ、走行支援も安心して体験していただけると思っています。
島崎:普段使いでもより安心に?
海野さん:普段使いもですが、ACC、LKAによって、長い距離を走られた場合に運転の疲労軽減がより図れるようになったのかなぁ、と。
島崎:アルトはそのあたりが省かれていましたね。
海野さん:ええ。スーパーハイトワゴンというと以前は日常使いのファミリーのイメージでしたが、小型車から乗り換えるユーザーの方も増えていますので、そういった機能の充実や質感を上げたりしたところは意識しています。
標準車にターボは絶対に付けないということではない
島崎:長距離ドライブにも問題なく使えて、ファーストカーとしての資質も高めたということですね。ターボはカスタムに設定というのもそういう意図からですか? 標準車にターボがあってもいいかなとも思いますが。
海野さん:そういうお声もゼロではないのですし、以前は設定もありましたが、売れている割合を鑑みながら、現時点ではニーズに合わせて仕様の数も絞り込みながら決めています。標準車にターボは絶対に付けないということではないです。
島崎:価格設定もあるでしょうしね。
海野さん:はい。
島崎:ぜんぜん話が飛ぶのですが、後席のマルチユースフラップは、なかなか使い勝手がよさそうですね(と手元のiPhoneでスペーシアギアの後席に犬のクレートを載せて撮った記事をお見せしながら)。
海野さん:はい。多分、クレートが大きい場合でしたら……。
島崎:30mmピッチ×4段の計120mmまで引き出して使えるんですよね。昨夜、ほぼ徹夜で資料を読み込んできました。
海野さん:ちょっと大きな物でも対応させられるようにしてあります。
島崎:実はカルモマガジンでは、我が家の柴犬がスズキの軽自動車にはたびたび試乗させていただいており、業界では一番、スズキの軽自動車に試乗したモータージャーナリスト犬ではないかと(と再び手元のiPhoneでスペーシアギア、スペーシアベース、アルトLCなどの記事のスクリーンショットをお見せしながら)。
海野さん:あ、はいはい。
島崎:そういえばスペーシアベース、スペーシアギアはドロップですか?
海野さん:スペーシアベースはそのまま継続させていただきます。
広報:話は進みました? いえ、まだ時間は大丈夫ですが……。
島崎:あ、そうですか、ではそろそろ……。ありがとうございました。
(特記以外の写真:島崎七生人)
※記事の内容は2023年12月時点の情報で制作しています。