全天で太陽を除く恒星の中でもっとも明るく、「夜の太陽」の二つ名を持つおおいぬ座のα星シリウス。そのシリウスに次ぐ光度を誇るのが、りゅうこつ座(竜骨座 Carina)のα星カノープス(Canopus)です。
しかし、それほどの明るい星(光度等級-0.74)にもかかわらず、明確に南半球に属する星でありながら、北半球にある日本では、ほぼ見ることができない星なのです。平地では、南東北(福島県付近)より以南の南側に、山や建物などの障壁がない場所でなければ見ることができません。なおかつ、カノープスの南中は夜という冬限定の星なのです。
冬の南の空の地平線際に現れる、幻の巨船アルゴーとは?
りゅうこつ座は、かつてはプトレマイオスにより設定されたアルゴ船座(Argo Navis)の一部で、神話に登場するアルゴーの巨船の竜骨(船体を支える棟木となる船体の中心になる背骨部分)にあたります。アルゴ船座は、そのあまりの大きさから、フランスの天文学者、ニコラ・ルイ・ド・ラカイユ(Nicolas-Louis de Lacaille 1713~1762年)が、星座を三つの部分に分割して整理したものが、20世紀に入り、正式にりゅうこつ座、ほ座、とも座、さらにマストに掲げられた、らしんばん座が加わり、四つの別個の星座として扱われることになりました。
では「アルゴー船」とは何でしょうか。
神々の物語である神話から、神にも等しい力を持つ英雄伝説時代を経て、やがてやってくる人間の時代の開闢を告げるトロイア戦争(B.C.18~13世紀ごろ)よりも少し前の時代。
地中海に突き出た現在のギリシャ共和国の、ブーメラン状のかたちのほぼ中央部の折れ曲がったへこみ部分付近にあるイオールコス地方。イオールコス王のアイソーンが崩御すると、後継ぎであった息子のイアーソンが幼いのを口実に、イオールコス王の弟・ペリアースが王座を奪ってしまいます(別伝承では、ペリアースによる革命で、イアーソンが亡命)。
ケンタウロス族の賢者・ケイローンのもとで成長したイアーソンは逞しく健康な若者に育ちます。そして神託により生まれ故郷・イオールコスに帰郷します。おりしも国事のポセイドンを祀る饗宴のさなか。イアーソンは、王であるペリアースに、王位を返還するように迫ります。しかし、ぺリアースは容易に応じず、海の彼方にある金羊の裘(かわごろも)を持ってくれば譲ってもよい、と答えたのです。金羊の裘とは、黒海の彼方にあるコルキス国(現在のジョージア(グルジア))の、戦神・アレスに守護された聖域の森の中の樫の木に吊るされ、竜が不寝番で守っているという、到底奪還不可能な代物だったのです。
ベリアースは、イアーソンのいで立ちが、かつて神託により「王位を奪われるだろう」と予言されていたものにぴったりだったため大いに恐れ、この条件によりイアーソンを遠ざけ、なきものにしようとしたのでした。
ところがイアーソンは、この難しいミッションに挑むために、名工として知られる大工・アルゴスに、海を渡る船の建造を依頼します。女神・アテナはアルゴスに助言をし、船首(舳先)にゼウス信仰の聖地・ドードーネーの樫の木から取った、物を言う材木を使用させました(今でいうナビでしょうか)。こうして、名工・アルゴスによる50の櫂を持つ巨船「アルゴ号」が建造されたのです。
元祖・スーパー戦隊結成!空に投影された冒険譚
この巨船の乗組員として、イアーソンを庇護するヘーラー神の導きで、ギリシャ全土の選りすぐりの戦士たちが名乗りを上げ、かくてヒーロー50人衆=アルゴナウタイ(Ἀργοναῦται アルゴーの船員たち)が結成されたのです。メンバーには、船建造者のアルゴスと船長のイアーソンを筆頭に、並ぶものなき豪傑・ヘラクレス、ミノタウロス退治で知られるアテーナイの英雄・テーセウス、ふたご座となったカストルとポルックス、冥府巡りの神話が有名な竪琴の名手・オルフェウス、医術の達人・アスクレピオス等々を含む神々の息子たちが居並ぶ錚々たるヒーロー大集合。このような設定を、よく古代に考えついた人がいるものだ、と感心するような派手な現代的エンタメです。
英雄・ペルセウスの物語を以前当コラムでは「元祖RPG」とご紹介しましたが、アルゴーの冒険は、さしずめアニメや特撮などではお馴染みのコンセプト、「元祖ヒーロー/ヒロイン大集合」。本来別の時系列・世界設定の存在である架空のヒーロー/ヒロインが、その壁を取り払って夢の共演をする、多くのファンを胸熱にさせる例のやつです。そして実際、アルゴー船とアルゴナウタイがモデルとなった某スーパー戦隊シリーズが近年制作されているほどで、さまざまなかたちで紹介されています。
アルゴ船座は、全体として見ると舳先を地平線の下に沈め、船尾(艫側)を上に向けて傾いた形になります。そしてα星のカノープスは、船尾側の後端(りゅうこつ座の末端)にあたり、カノープスからとも座が立ちあがって、おおいぬ座の方へと延びています。
日本では見ることのできない舳先側には隣接して、南半球の星座の代表格ともいえるサザンクロスこと、南十字座(Crux)が輝いています。そしてアルゴ船座の中央部、りゅうこつ座の真ん中とその上に乗ったほ座の下部分とで、南十字座に似た十字図像が結ばれており、俗に「偽十字」と呼ばれています。
このような水平線ぎりぎりの位置に、ギリシャ人が巨船の星座をあえて結んだのはなぜでしょうか。
もしかしたら、海洋国であるギリシャ人たちは、水平線ぎりぎりに現れる巨船・アルゴー号の星座を、あたかも沖の彼方を行く本物の船に見立てて空想をかきたてられたのかもしれません。ならば、同じ海洋民の末裔で、南の水平線が広く開けた海を持つ私たち日本人も、古代ギリシャ人の想像に共感できるのではないでしょうか。
2月の夜空。カノープスとZTF彗星、二つの稀星を楽しみましょう
カノープスは、赤緯(+90°の天の北極≒北極星と-90°の天の南極≒ポラリス・アウストラリスを縦軸の基準にした角度) は約−52° 、関東地方付近でのカノープスの南中高度は約2°というぎりぎりの低さで、近畿地方あたりでは約3°、鹿児島県あたりでは約6°と、南に行くほど上がっていきますが、いずれにしても南側が開けていて地平線が見渡せる位置か、高い場所に登らない限り見ることが不可能です。
兵庫県付近では南にあたる紀伊半島超しにぎりぎり見られるその星を、「紀州のみかん星」と呼びました。香川県付近ではやはり南の土佐地方と結びつけ、「土佐の横着星」(空に出てくる=働いている期間が短く、横着して怠けているという意味でしょうか)の名が見られます。千葉県や茨城県では、「布良(めら)星」と呼ばれ、房総半島の最南端にあたる館山市布良(めら)の方向に見られる星とされています。布良の漁師が時化で遭難死し、その魂が化身した星とする伝承があり、時化を呼ぶ不吉な星とされました。
カノープスは地球からの距離は約310光年。質量は太陽の8倍あり、表面温度は超高温の恒星で、光度は太陽の1万倍を超えるというとてつもなくまぶしい星です。このため、地球からの距離が8.6光年と近宇宙にあるシリウス(シリウス自体の光度は太陽の約25倍)よりもはるかに遠いにもかかわらず、シリウスに次ぐ明るさで輝いているわけです。
2月上旬は、カノープスの南中高度は20時台でしたが、一日4分毎に早まっていきますから、3月にもなると残照や町明かりの影響でますます見えづらくなります。
予想されていたよりもずっと見やすいぞ、と最近話題になったZTF彗星ことフータネン彗星。2月2日に地球と最接近し、今は遠ざかる段階ですが、逆に見え方としては、北天から南天に向けて横切っていく彗星が、2月8日ごろに天頂付近に来たために、光害に影響されず観察できる好機となりました。冬の星空も終盤です。見れば寿命が伸びるといわれるカノープス、2月中にぜひ探してみてください。
参考・参照
星空図鑑 藤井明(ポプラ社)
【特集】カノープスを見よう(2023年) - アストロアーツ
緑色の彗星、5万年ぶり地球に接近