2022年末の太陽系7惑星大集合に続き、明けて2023年の正月すぐには、しぶんぎ座流星群の極大イベントがあります。一方で、すでに冬の星座は夜半前には西空に移っており、春への移行の予兆も見せ始めます。冴え冴えとした冬の天空の主役である冬の大三角を構成し、その中心的なオリオン座は誰もがすぐ見つけることができるでしょう。今回はそのすぐ周辺にある二つの星座、新年の干支にあやかってうさぎ座と、謎多きぎょしゃ座をご紹介しましょう。
2023年の干支はうさぎ。可愛らしいうさぎ座が見頃
オリオン座の胴体の左下(東サイド)に付き従うおおいぬ座の右(西)隣、つまりオリオン座のすぐ真下にあるのがうさぎ座(Lepus)です。ほとんど話題にならず無名ではありますが、トレミー(プトレマイオス)の設定した48星座のひとつともなる由緒ある星座です。
巨人オリオンと二匹の猟犬から逃げるようにお尻を向けて、西へと駆ける姿で描かれ、オリオンの獲物として設定されているとも言われますが、当のオリオンは右上にあるおうし座のプレアデス姉妹(プレアデス星団)を夢中で追っていて、足元のうさぎには気づいていない様子。
α星アルネブ(Arneb)は三等星で、アラビア語でうさぎの意味を持ち、ここからうさぎの図像が確定されたようです。南中高度は35°で、2月初旬に最大高度となりますから、1月の夜空ではまさに見頃といえます。12年に一度のうさぎ年に、まずは可愛らしいうさぎ座を、オリオン座とおおいぬ座(シリウス)を目安にして探してみるのも一興でしょう。
北天に輝く金の星カペラと子山羊星アルマーズ。ぎょしゃ座は不思議だらけ
ぎょしゃ座(馭者座 Auriga)は、オリオン座の右上にのしかかるように角をかざすおうし座の左角の先端に当たるβ星をおうし座と共有しており(図像上での共有で、おうし座β星自体はおうし座に所属)、独特の五角形と、全天恒星のうち6番目に明るい一等星・カペラ(Caprlla)をα星とすることで、高度も高く(南中高度83°)非常に目立つ星座です。
カペラは、伴星を引き連れたカペラA(視等級0.71 光度は変光)と、同じく伴星をもつカペラB(視等級0.96)からなる二つの連星がさらに肉眼では見えないカペラH(視等級10.2)、カペラL(視等級13.7)と牽引しあう特異な四重連星です。中でも見た目の輝きの主体となるカペラAは太陽の約12倍の直径を持つ巨星ですが、その色は非常に太陽に似ていて、地上から肉眼で見た時には、明るい黄色に輝いて見えます。
しかしこの印象的なカペラよりも天文学者たちの興味を引き、研究に駆り立てていたのはε(イプシロン)星になるアルマーズ(Almaaz)です。「子山羊」の意味を持つこの星は、α星カペラに寄り添うようにして、ぎょしゃ座の本体の五角形から突き出た箇所にあります。
分類上は三等星ですが、その視等級は2.92から3.88まで、激しく変動する食変光星(暗い副星が明るい主星を地球から見て覆い隠して食となる性質の変光星)です。変光周期は27年で、これは観測技術が進化した2016年まで、全天中最長期間の食変光星でした。そしてその食の期間は二年間と極めて長く、これは、当時想定されていたアルマーズ主星の大きさから考えて、それを覆い隠すほどの大きさのまったく姿の見えない伴星の存在の説明がつかなかったために、1821年の食の観測から、200年間にもわたって大きな謎とされてきたのでした。
2009年から2011年、アルマーズの食現象が生じたとき、スピッツァー望遠鏡による観測で得られたモデルは、これまで超巨星とされてきたアルマーズはそれほど大きな星ではなく、この星の周りを、巨大な暗い塵の円盤で覆われた伴星が回っていて、その直径が12億kmあり、地球から太陽までの距離(1au)の8倍もある、この塵が定期的に主星を覆い隠すのだ、というものです。
未だ全ての謎が解明されたわけではない不可思議なアルマーズの変光現象。次回この現象が始まるのは2036年とされています。
「ぎょしゃ」のモデル・エリクトニオスは異形の王?
さて、このアルマーズから伸びた二つの星を結び、かつては単体で山羊の星座とされていました。これをプトレマイオスはぎょしゃ座の本体に接合し、現在のぎょしゃ座となりました。
だからぎょしゃ座は「馭者」の左肩に当たるカペラ付近の「山羊の星座」を片腕で抱きかかえ、「子山羊を抱いた優しいおじいさん」の図像を得ることになりました。
筆者などは「フランダースの犬」のお祖父さんを連想してしまいますが、神話伝承上ではこの人物は、火山と鍛冶の神でオリンポス12神の一柱・ヘーパイストス、同じく都市アテーナイを守護する処女神アテナ、原初の大地の女神ゲー(ガイアとも)といった錚々たる神々に由縁のある、アテーナイ三代の王・エリクトニオス (Ἐριχθόνιος Erichthonios) だと伝わっています。
その伝承は、奇妙な神話の多いギリシャ神話の中でも、飛びぬけて奇怪な物語です。
アポロドーロスの『ビブリオテーケー』によれば、神話時代、ゼウスを頂点とするオリンポスの十二神が出そろった頃、神々はそれぞれが自身を崇拝する都市を持とう、と話しあいました。現在ギリシャの首都となっているアテネ、古くはアテーナイと呼ばれたアッティカ半島にも一つの都市ができ、初代の王が出現します。大地の神ゲーの子で、人間の上半身にヘビの下半身を持つケクロプスです。この王の時代、この地方の統治神はアテネに決定され、都市名も後にアテーナイとなりました。
この頃、ゼウスと正妻ヘーラーの最初の子であるヘーパイストスは、母からあてがわれた美と愛欲の女神アフロディーテーに冷淡にされ、悶々とする日々を送っていた折、武具を鋳造してもらおうとヘーパイストスを訪ねたアテナに襲いかかり、それをきっかけにして生まれたのがエリクトニオスでした。
彼(エリクトニオス)をアテナは不死にせんものと神々に秘して育てた。そして彼を箱に入れて、ケクロプスの娘パンドロソスに、箱を開くことを禁じた後、あずけた。しかしパンドロソスの姉妹らは好奇心に駆られて箱を開き、赤児を抱いている大蛇を見た。(アポロドーロス『ビブリオテーケー』第三巻)
大蛇に育てられたエリクトニオス自身もまた、初代王ケクロプスと同様、蛇身の姿であったとされ、アテーナイの三代目の王となっています。
さて、このエリクトニオスは、父であるヘーパイストスの血を引いて物づくりが得意であり、馬をはじめて馬車につなぐ軛を考案し、強力無敵の戦車を発明したため、ゼウスにその功績を讃えられ、死後「ぎょしゃ座」として空に上げられた、と伝わります。
冬の星座たちの南中の時刻も早まり、星の良く見える夜半過ぎにはすでに西空に移りつつあります。年末の西の宵空の惑星大集合とともに、マイナーながら美しいぎょしゃ座と控えめなうさぎ座もそのエピソードとともに是非お楽しみください。
参考
ギリシア神話 アポロドーロス 高津春繁訳 岩波書店
星空図鑑 藤井旭 ポプラ社