3月5日は二十四節気「啓蟄(けいちつ)」です。「啓」は「ひらく」、「蟄」は「虫が土の中にこもる」の意ですから、「巣篭もりしていた虫が這い出てくる頃」という意味で、春の訪れの象徴としてメディアに取り上げられることも多く、二十四節気の中でも二至二分(夏至・冬至・春分・秋分)四立(立春・立夏・立秋・立冬)以外ではもっともメジャーな節気でしょう。古来「虫」とはありとあらゆる生き物、虹や蜃気楼などの気象現象までも含む言葉でしたが、今は昆虫とその近縁の節足動物に限られています。現代人は虫が嫌いな人が多いようですが、彼らの生態には、現代人が学ぶべき教訓が多くあるように思います。
多様性に富む昆虫たち。「戸」の啓(ひら)き方もさまざまだった
夏の代表的な昆虫、カブトムシやノコギリクワガタ、セミ、トンボ、カマキリ、アゲハチョウなどの成虫たちが晩秋から初冬にかけて軒並み命を終えていき、通常冬にはほとんど昆虫は私たちの前から姿を消します。一見死に絶えてしまったようにも感じますが、春のはじまりと同時に、ハチやアブがあらわれ、チョウもひらひらと飛び出します。
つまり彼らはどこかで生き残っていたということですね。
冬は体が小さく変温動物である昆虫たちにとっては厳しい季節で、それをどう乗り切るかの生存戦略は種によってさまざまです。特に昆虫の場合、生存地域は地上、水中、上空、土中、人家など、地球上のあらゆる場所を住処としています。さらに変態という昆虫独特の生まれ変わり習性があり、卵、幼虫、蛹(さなぎ)、成虫というステージがあるので、我々哺乳類よりも対応策のバリエーションははるかに多いのです。
蛹ステージで冬越しをするのはアゲハやモンシロチョウ、スズメガなど。一方シジミチョウやコオロギ、カマキリ、アカトンボなどは秋の終わりに卵を出産して成虫は命を終え、次世代は卵で冬越しをして春の訪れとともに幼虫が誕生します。
イトトンボの中でオツネントンボなどわずかな種は成虫で冬越しをする種もいますが、ヤンマやシオカラトンボ、コシアキトンボの仲間では、幼虫であるヤゴの状態で、大気中より温度が安定した水の中で越冬します。
トンボと同様、水生のゲンジボタル、ヘイケボタルも幼虫時代は水の中で冬を越します。冬の間は活動を弱め、巻貝の殻の中にもぐって寒さをしのいでいるようです。
マツモムシやミズカマキリなどの水生昆虫は成虫で越冬します。活動量は落ちますが、たまに獲物を見つけると捕食(体液を吸入)もします。
水上を活動圏とするアメンボは、雑木林の枯れ枝の下などの寒さをしのげる場所にもぐりこんで成虫として越冬します。
スズメバチやアシナガバチは、夏までに活動していた女王蜂、働き蜂、オスバチは死に絶えますが、秋に生まれて羽化した若い次世代の「王女バチ」がオスバチと交尾したあと単独で生き残り、冬の間暖かい場所でじっとして春を待ちます。
一方同じハチでもミツバチは体を寄せ合うことで熱を発して巣の中でかたまり、冬越しをします。テントウムシは成虫の集団で木の皮の隙間などに密集して活動を停止して冬に耐えます。アリの仲間たちは、冬が来る前に栄養を溜め込み、温度の安定した土の中でじっとして春が来るのを待ちます。
完全変態をせず脱皮して成長するバッタの仲間やセミは、やはり土の中で幼虫の状態で冬越しをして、春を迎えると這い出てきて、大人へと脱皮します。幼虫の間、土、堆肥、朽木の中などで生きるカブトムシを含むコガネムシの仲間のほとんども、暖かい土中で冬の間幼虫として過ごします。
カミキリムシは概ね幼虫時代は木の中でぬくぬくと過ごしますが、成虫で越冬する種もあります。また、中にはフユシャクガ(冬尺蛾)のように、真冬の暖かい日に出没して交尾活動をするニッチな昆虫もいます。冬には寒さというデメリットはあっても、天敵となる肉食昆虫やクモがほとんどいなくなるため、逆に言えば安全度が高い季節とも言えるわけです。
昆虫ではありませんが、クモの仲間ではジョロウグモやコガネグモなどでは、冬の前に産卵した成虫は死に、卵のうに包まれた卵として冬を越す種、巣を張らず、走り回って獲物を捕らえるアシダカグモやヒメグモは成虫として、石の下や木の隙間などでじっと休眠する種、子グモとして冬を迎え兄弟姉妹で固まって葉の下で冬を越す種などさまざまです。
昆虫たちは「冬」という圧倒的な逆境もまた進化や棲み分けのために、たくみに利用して生き抜いているのです。
なんとクワガタムシは成虫のまま冬を越している?その理由とは?
ところで、夏に見られる大型のスター昆虫たちは冬が来る前に卵を産んで死んでしまう、と述べましたが、実は例外があります。それも、子供たちにはもちろん、大人の昆虫マニアの中では一番人気と言って過言ではないクワガタ(クワガタムシ)の仲間です。
クワガタムシは、カブトムシが日本に一種(ヤマトカブトムシ。ただし四亜種が沖縄や鹿児島の離島に分布)だけなのに対して、日本国土に40種以上が分布しています。クワガタムシはカブトムシとセットで語られることも多いため、同じ仲間と思われがちですが、コガネムシ上科の中でカブトムシはコガネムシ科、クワガタムシはクワガタムシ科に属し、別科なのです。
クワガタの主要種としてよく知られているのは、ノコギリクワガタ、ミヤマクワガタ、オオクワガタ、コクワガタ、ヒラタクワガタの5種でしょうか。ちょっと詳しければルリクワガタやスジクワガタ、オニクワガタなどもご存知かもしれません。
これらのうち、ノコギリクワガタやミヤマクワガタはノコギリクワガタ属(またはプロソポコイルス属 Prosopocoilus)に属し、オオクワガタ、コクワガタ、ヒラタクワガタはドルクス属(Dorcus)に属します。このドルクス属の仲間は、成虫として数年生き続ける長命種として知られているのです。
もちろん昆虫には寿命の長短があり、セミは幼虫の姿で数年~7年、中には13年、17年も生きる素数ゼミも知られていますが、羽化(成虫化)の後の昆虫は比較的短命で、短いものは数日、数週間、通常は1シーズンで命を終えるものがほとんど(中にはシロアリの女王のように50年、100年生きるモンスターもいますが)。その中で、成虫として何年も生き続けるドルクス属のクワガタは例外的長寿種と言えます。
なぜ彼らがこんなに長寿なのかについては、主に二つの理由が考えられます。
(1) ドルクス属のクワガタは、動きが派手で活発なノコギリクワガタなどと比べて動作が鈍く、じっとしていることの多い省エネライフ。この生態が身体の磨耗劣化を防いでいる。
(2) 産卵数が多く堆肥土などに普通に生みつけるカブトムシ、やはりそれに準じて産卵場所を選ばないノコギリクワガタ属と比べると、朽木のみに産卵するドルクス属は産卵数・産卵場所も少なく、一個体の成虫による産卵を繰り返すことを生存戦略としているため、成虫として数年生き延びる。
加えて、押しつぶしたように胴体が平たいドルクス属のクワガタは、木の皮の間などの隙間に入ることも容易で、冬越しがしやすい体型でもあります。もっともこれは、冬越しの必要のない常夏の東南アジアがクワガタの世界的分布のホットスポットであることを考えると、冬越しのために平たくなったのではなく、平たい形が温帯・亜寒帯の日本の気候環境の中でも生存に有利に働いた、ということなのでしょう。
クワガタムシはあるべき「多様性社会」のお手本かも知れない
クワガタは性的二型(雌雄の形態や性質などが著しく異なること)が顕著な昆虫で、オスはメスより通常体格が大きい上に、異様に発達したツノを有します。このツノは、昆虫の口器である大顎・小顎・下唇(かしん)のうち大顎が発達して鋏状の武器となったものです。
オスはこのツノを威嚇・戦闘・ディスプレイなどに使用しますが、クワガタが面白いのは、このツノの形状やスケールが、種による差異だけではなく同種の個体差がきわめて大きい、ということです。
あまりに発達しすぎて動作にも苦労するほどの大きなツノの個体もあれば、メスと大差ない個体まで、多様に存在して生き残っているのです。これは、オスの生存戦略にさまざまなバリエーションがあり、ツノが大きいことのみで勝ち残り他のオスを排除できるような一方向に特化してはいないということをあらわしています。
カブトムシの交尾は採餌場で行われるのが普通で、交尾が終わるとオスはメスを追い出してしまうこともしばしば。一方、クワガタはつがいとしての情を通わせるような習性が見られ、交尾後にメスをオスが外敵からかばうふるまいが確認されています。
またチビクワガタ属では、家族で朽木内で生活し、幼虫に親が朽木を噛み砕いて与えて世話をする行動が見られます。
性的二型は、人間社会では多様性の阻害要因ととらえられることもありますが、実はそうであることが、多様性の可能性を広げるあり方なのかもしれません。虫と人間との共存もまた生物多様性のために必須です。彼らから学ぶべきことはたくさんあるように思います。
参考・参照
・野外観察図鑑「昆虫」 旺文社
・日本の昆虫 旺文社