8月8日は、その八本の足にちなみ「タコの日」。伝統の蛸壺漁法を守り続ける瀬戸内海のタコの名産地・広島県三原市が、平成8(1996)年にタコを弔う「タコ供養」をこの日に行い始めたことにあわせて設置したものです。ウナギやマグロとともに、世界中でも特に日本人が好んで食べてきたタコは、近年、その知能の高さに加え、「タコ格」とも言い得る個性や自意識を持つことが徐々に判明し、注目を集めています。
タコすげー!その驚くべき知能とは!?
タコ(蛸 鮹 章魚 octopoda)は、軟体動物門・頭足綱(頭足類とも)八腕形上目、タコ目に属する海洋動物の総称です。
約200種が世界中の海洋、沿岸域から深海まで広く分布し、八本の自在に動く足とその足についた、どんなものにもくっつく吸盤がもっとも典型的な特徴です。
地中海沿岸の一部の国を除いた欧米では一般的にdevil fishと忌み嫌われ恐れられてきたタコですが、日本では食用としておなじみです。
食用となるのはタコ目のうちマダコ科に属する温かい海に棲むマダコ、大型で寒冷な海に棲むミズダコ、小型のイイダコなどで、日本人は世界でもっともタコを消費している民族です。が、そんな日本人のタコへのイメージは、古くはヘビが海に入って変化する妖怪の類という伝説がありましたし、近世以降では茹でダコの真っ赤な色が酔っ払いや激昂した人を連想させるためか、タコが水中を推進するための器官・漏斗(hyponome)を口に見立て(ご存知の通り、タコの本当の口は八本の足の付け根の中心部に隠れています)、また頭足類の胴部にあたるこんもり丸い内臓塊をスキンヘッドの頭に見立てて、口をとがらせた面白い顔のおじさんと重ねて見られがち。
さらに、「このタコ」「タコ助」など、よく意味はわかりませんが(おそらく映画『男はつらいよ』でのタコ社長への寅さんの台詞から定着したものと思われます)、他人を罵倒するときの常套句としても使われます。「タコ殴り」や「タコ部屋」などの成語も、決して良い意味の慣用句ではありません。
親しまれてはいますが、ちょっとマヌケないじられキャラ、というところでしょうか。
ところがここ20~30年ほどの研究で、実はタコが高い知能を有する極めて賢い動物である、ということが判明してきており、最近では「タコすげえ」という賛嘆が集まることもしばしばなのです。
知能は脳の神経細胞(ニューロン)の数が多いほど賢い(情報処理能力が高い)とされます。人間の神経細胞の数は約160億に対して、タコは5億ほど。これは犬の神経細胞とほぼ同じで、無脊椎動物の中では同じ頭足類のイカと並んでダントツの多さなのです。
家を飾り、夢を見、命がけで子を守る…まさかタコって海に棲む人類?
タコの賢さについては、事例に事欠きません。
採餌活動と関係なく、好奇心が豊かで、海の中で見つけた何の役にも立たないような瓦礫や貝殻などを気に入るとコレクションして溜め込み、棲み処を飾ります。また、その棲み処は世代を超えて引き継がれることもあるそうです。また、ときに貝殻などを身を守る盾として持ち歩くこともあります。
タコが、ダイバーに近づいてきて熱心に観察したり、さらには個体を見分け、好きな人には触手を伸ばして触るなど親密さをアピールし、嫌いな人には漏斗で水を噴きつけるなどのいやがらせをする、といった高等生物としか思えない行動も観察されています。そのため、タコに魅せられてしまうダイバーも多いそうです。
鏡に映った自身の姿を自分だと認知する鏡像自己認知能力があることも知られており、これはチンパンジーやゾウ、イルカなどのごく一部の脊椎動物にしか確認されていない高い認知能力です。
水槽の中で飼われているタコは、自分が水槽という小さなケースの中に閉じ込められていることを認識しています。このため、水族館ではタコは脱走の常習犯だとか。
蓋の閉じられた透明なビンに入った餌を取り出すために、蓋を回して開けることができたり、他のタコが課題に挑戦しているのを観察し、クリア方法を習得する、学習能力の高さも知られています。
また、タコは睡眠時夢を見るとも言われています。眠りながら体色をさまざまに変化させ、体の形を次々に変えるなどし、人間が夢を見ながら体験した出来事を整理するように、体験を反芻し、追体験や空想に充ちた夢を見ているようです。
低生性、浮遊性の浅い海のタコの生殖行動は一生に一度きりです。一般的に動物の生殖行動ではオスはなりふりかまわぬ必死なふるまいに出るものですが、タコのオスはまるで人間の若い男性のように、しり込みをしたり戸惑ったりなどシャイな行動を見せ、まるで自意識があるようにふるまいます。オスダコは、一生に一度の交尾をすると、ほどなく寿命で死んでしまいます。
メスダコは交尾の後に安全な岩場に隠れ、卵を10万個以上産卵します。一房1000個ほどの卵からなる房状の卵塊をいくつも狭い岩窟の天井にぶら下げ、その様子は藤の花にたとえられて「海藤花(かいとうげ)」と呼ばれます。
母ダコは海藤花の脇に庇護するように腕をたわめて横たわり、一ヶ月以上、卵塊全体に新鮮な海水が行き渡るようにあおぎながら、飲まず食わずで見守り続けます。そして卵からチビダコたちがはじけ出るのを見届けながら、衰弱して一生を終えます。その愛情溢れる姿は知性ある者の豊かな情緒を感じさせます。
それにしても、交尾行動後にすぐ死んでしまうことからも、タコの寿命は極めて短く、通常1~2年、長くて3年。その寿命には不釣合いな巨大な神経ネットワークをタコは有しています。その理由は、タコが身体を守る外殻組織を一切捨て去ったためだと推測されています。
裸になって知性をまとった海の賢者が今、ピンチです
タコの脳は、軟骨に包まれた中央脳が両目の間付近に存在していますが、中央脳にある神経細胞は5億個のうちの10%程度の5千万個ほどしかなく、視神経と直結した視葉に30%、残りの60%の神経細胞は八本の触手に分散しています。
人間の腕も「第二の脳」「外に出た脳」とも喩えられ、脳神経と強い関連性があると言われますが、タコの腕は喩えではなく、実際に脳細胞が分布する正真正銘の「脳の一部」なのです。
腕の付け根の部分にその腕の活動を統括する中枢部があり、一本の腕自体が、中央脳からの直接指令を受けずに独自に活動できるようになっています。このため、タコの足は本体から千切れても、血液循環が絶たれて細胞死するまでは、しばらくは動き続けます。
中央脳と視葉と各腕の神経節は独立しつつも連携をしており、人間などの脊椎動物の神経細胞が、脳からのトップダウンによる中央集権体制とすれば、タコの場合はさながらアメリカ合衆国のような連邦政府体制を取ることで、あらゆる身体部位を自在に動かす複雑な運動を可能にしているのです。
タコは外殻を失い軟組織を無防備にあらわにすることで、自在な運動性、そして捕食者の目をくらます究極の擬態能力を発達させました。カメレオンやカエルなどにも体表面の色彩を変化させる種はいますが、タコ、そして同じ頭足類のイカの色彩変化能力は他の生物とは比較にならないほどすぐれたもので、あらゆる色や模様を瞬時に合成できます。
砂目や斑は言うまでもなく、金属光沢も物体の反射光をも再現でき、映画「プレデター」に登場する周囲に完全に色を同化させる宇宙人さながらです。実際、アメリカ軍はタコ、イカの色彩変化を軍用の光学迷彩開発のための研究対象としています。
加えてマダコの仲間は、硬い甲に覆われたイカでは限定的な、形状変化も自由自在。体表面に分布する乳頭突起の出し入れを、体表下の発達したしなやかな筋肉をたくみに収縮・拡張させ、ごつごつした岩に擬態したり、魚などの別の生物に化けたりもするのです。
この複雑な擬態能力を操るために、タコは神経細胞を発達させたものとも考えられますし、さらに言えば、タコは外殻を失って無防備になることで、この高度な擬態能力を発達させたとも言えるでしょう。
刺身や酢だこ、たこしゃぶやたこ飯、塩辛などはもちろん、おでんの具やたこ焼きでもよく食べられるタコ。
その主要種であるマダコは特に愛好され、名産地はいくつもありますが、兵庫県明石と千葉県大原のマダコが、国産ニ大ブランドとされています。
しかし、マダコの国内漁獲は需要の半分もなく、1970年代頃から漁獲は減り続けており、長らく西アフリカのモーリタニアや北アフリカのモロッコからの輸入に頼っています。
ところが近年、国内だけではなくスペインなどの消費拡大で乱獲が続き、マダコの資源量は世界的に深刻な枯渇事態になりつつあります。子供のタコも一網打尽にする底引き網漁、砂漠化による沿岸海域の水産資源全体の減少なども枯渇の原因と言われています。
「タコは頭がいいから食べてはいけない」などと言う気はありませんが、タコもまた漁獲圧や捕食圧に抗しつつ生き抜いてきた貴重な生物です。彼らが充分に生きていけるだけの環境を保ち、漁を適正に抑制するのは、人間の生物としての仁義ではないでしょうか。心や痛みのない下等生物と考えている限り、タコへの過酷な漁は持続するでしょう。
夢を見、生きる喜びも知るこの愛すべき生き物の暮らす沿岸域の海が、地獄のような場所ではなく、安らかに生きていける場であってほしいものです。
(参考・参照)
タコの知性 その感覚と思考 池田譲 朝日新書
深刻化する環境問題に耐えるモーリタニア
三原のたこ漁