北極圏に生息し、地上最大の肉食獣とも言われるホッキョクグマ。真っ白い被毛から日本では「しろくま」とも呼ばれます。2月27日は、「国際ホッキョクグマの日(International Polar Bear Day)」。国際的な動物保護団体「Polar Bears International」が2005年に制定した記念日です。地球温暖化が叫ばれるとき、温暖化の影響により氷が充分に張らない北極で狩りができずに痩せこけてしまっているホッキョクグマの映像も流されます。なぜ、氷が張らないとホッキョクグマは飢えてしまうのでしょうか。その特異な生態と地球環境の関係とは?
北極圏に完全適応進化した氷海の白い王者
ホッキョクグマ(Ursus maritimus / Polar bear)は、ネコ目(食肉目)クマ科クマ属に分類され、オスは体長2.5m以上、肩高1.6m、体重は大きな個体は600kg以上にもなり、クマの中でも最大種とされてきました。記録上最大のホッキョクグマは、なんと1tを超えていたとか。生息域は北アメリカ大陸北部、ユーラシア大陸北部のいわゆる北極圏で、推計では野生のホッキョクグマは現在26,000頭ほどとされており、国別ではホッキョクグマの生息するカナダ、アメリカ、ノルウェー、ロシア、デンマークの五カ国のうち、カナダに全頭数の大半にあたる60%が生息しています。
ホッキョクグマは陸生でありながらほとんどを海の上、海氷上で過ごし、また頻繁に海にもぐり、何時間も遊泳します。雑食性の高いクマの中ではもっとも肉食性がつよく、その獲物は北極圏に棲む大型の動物で、セイウチやベルーガなども捕食しますが、もっとも主要な獲物はアザラシです。体脂肪が豊富なアザラシの脂肪分を大量に摂取することで、ホッキョクグマ自身が分厚い脂肪を蓄えて、寒さに耐える巨体を維持するのです。獲物を捕らえる際は、海中に潜行し、氷上のターゲットに水面下から近づいて一気に襲い、仕留めます。
また被毛は実は透明で光を乱反射して氷上で保護色となるうえ、毛髄の部分は中空になっており、空気をためられるため保温性が抜群であることも有名です(ちなみに、毛髄が中空構造になっている動物は、たとえばカシミヤヤギ、アンゴラヤギ、アンゴラウサギ、アルパカ、ラクダ、エルクなどもが挙げられます)。
繁殖期(交尾期)は3~5月ごろの春で、同時にこの時期は来たるべき夏に向けて、旺盛に狩りを行い、栄養を摂取して太ります。海氷上で狩りをするホッキョクグマにとって、氷が解けて後退する夏季は、獲物が思うように捕れず、飢餓に陥る時期だからです。この間はトナカイや海鳥などの死肉、海草や木の実などを食べてどうにかしのぎます。ホッキョクグマの消化器系は、アザラシ、イルカ、セイウチなどの脂肪質でカロリーが高く、かつ海洋生物を常食している海洋哺乳類の摂取に適応しており、陸生の生物を運よく摂取しても、飢餓を満たすことは出来ません。このため、ホッキョクグマは餌がほとんど取れない夏の間、代謝活動を極限まで落として「夏眠」します。動かなくなるわけではなく、普通に歩き回るのですが、ボーっとした夢うつつの状態でエネルギー消費を抑えて過ごすのです。
温暖化はどうしてホッキョクグマの危機になるのでしょう?
このように、極寒の海洋地帯である北極圏の環境に見事なまでに適応進化したホッキョクグマですが、北半球の温帯域を中心に亜熱帯や亜寒帯に生息するクマが、いつごろ北極に進出し、進化したものなのか、過去から現在まで、長く研究や議論が行われてきました。ヒグマと近縁であることはわかっており、その分岐の時期がいつなのか、また、ヒグマから枝分かれしたのか、共通の原種から分岐したのか、などについて、さまざまな仮説や根拠が提示されてきたのです。
ホッキョクグマの化石痕跡は極めて少ないため、その進化過程は長い間謎でした。21世紀に入って、わずかなホッキョクグマの化石痕跡を解析したり、現生ホッキョクグマや近縁とされるハイイログマ(グリズリー)などのミトコンドリアDNAや核DNAの分析を通し、ホッキョクグマが登場した時期を探る研究が次々と打ち出されていますが、未だどの説も決定的な根拠を提示できているとはいえず、その時期も十数万年前から500万年前、と幅があります。
十数万年前の比較的近年の分岐だとする学説では、ホッキョクグマの完璧とも思える極地地域での適応進化があまりに急激過ぎるという瑕疵がある反面、ホッキョクグマと一部の北方系ヒグマに交配の痕跡が発見されていることなどとは整合性があります。
一方500万年前とする学説には、ホッキョクグマの進化タームには無理がないものの、DNAから明らかになったヒグマとの交配については、500万年もの太古にヒグマとホッキョクグマとに分岐したのなら、子孫を残せる交配が可能であることが説明困難になるのです。今のところ、約60万年前ごろにヒグマとの共通の原種から分岐進化した、とする説が有力とされています。
ホッキョクグマの進化の謎の解明が急がれていますが、その理由は近年叫ばれる地球環境の温暖化の影響で、北極圏に急激な環境変化が生じているからです。
この数十年で、極地の海氷面積は、急速に減少しています。極地の気温の上昇は、秋の海氷形成を遅らせ、春の海氷の解凍を早めます。これはそのまま、凍りついた海での海獣捕食に特化したホッキョクグマが、獲物にありつけない時期が長くなることを意味し、近い将来、北極の氷とともに、ホッキョクグマは絶滅する危険性が指摘されているのです。
ホッキョクグマの生存圏を守るには…
近年叫ばれる地球温暖化とは、自然物理現象や自然生物の生命活動以外の人為的な資源の燃焼放出によって、地球大気に太陽からの入射熱が滞留することですが、その原因物質は二酸化炭素(CO2)、一酸化二窒素(N2O)、メタン(CH4)、フロンガスなどの人工的ハロゲン物質があり、それぞれ大気寿命が異なるため単純な比較は出来ないものの、二酸化炭素の温室効果が全体の63%を占めると計算されています。
ところで温暖化と寒冷化には、それぞれにメリットとデメリットがあり、どちらかといえば寒冷化することこそ生物にとっては不都合であり、温暖化は歓迎すべきことである、といった考え方もあります。
確かに、温暖化と二酸化炭素の増加は植物の繁殖にとって有利であり、寒冷化はその逆です。寒冷化こそ、世界の食料生産の減少を招くと言えるでしょう。
しかし、それはあくまで人間の出す過剰な二酸化炭素を吸収してくれる植物=樹木や草本、海草、シアノバクテリア(cyanobacteria 藍藻)が充分に存在してこそ、です。温暖化により食料は増産され、植物の繁茂が温暖化を押し戻すことにより、寒冷化を促しバランスが保たれるのですが、今世界中で起きていることは、森林の伐採や土壌の遮蔽です。人間の経済活動の大半は、住環境を都市化することに注がれており、植物が繁茂するための土地を急速に奪い取っているのです。
温暖化対策にはまず「緑を増やす」ことは必須なのですが、一方で植物による二酸化炭素吸収の効果を否定しようとする言説があります。植物が発芽し、繁茂し、朽ちて腐敗するまでのプロセスで排出する二酸化炭素と酸素は同量なので植物を増やしても意味がない、というのです。
ですが、それならば、動物の生命活動や火山の噴火、山火事など、日々排出される二酸化炭素はまったく吸収されずにたまり続けることになり(何しろ植物がどれほど光合成で二酸化炭素を吸収して酸素を排出しても、その分二酸化炭素を排出して相殺されてしまうというのですから)、人間が経済活動で二酸化炭素やメタンやフロンを排出しようがしまいが、地球は日々刻々二酸化炭素が増え続ける、ということになります。
植物による二酸化炭素の吸収と酸素の供給という効果を矮小化する言説は、温暖化抑止政策自体を否定することになります。
地球史で植物が大繁殖した時代には、酸素が増加する一方で二酸化炭素が減少し、地球は寒冷化しています。これは、植物の生成する酸素が、排出する二酸化炭素よりはるかに多いということを意味します。
仮に化石燃料の使用を削減しても、自然再生エネルギー生産施設が巨大化すれば、森林破壊を化石採掘以上に加速させることになってしまいます。自然エネルギーはマイクログリッド(小規模発電の発送電システム)網の構築により、その効果を発揮するものです。マイクログリッドと森林の保全こそ、北極の自然を守り、ひいては私たち人間の生活も守るものではないでしょうか。
参考
ホッキョクグマ・生態と行動の完全ガイド アンドリュー・E・デロシェール 東京大学出版会
【気候変動】地球温暖化に動じない植物