10月13日より「寒露(かんろ)」の次候「菊花開(きくのはなひらく)」となります。貞享暦では宝暦暦の末候と逆になり、末候が「菊花開」となっていますが、いずれにしても旧暦ではこの頃に菊の節句、つまり重陽の節句がやってきて、そこかしこにキクの花が開き、秋を彩ります。栽培菊(イエギク)だけではなく、野の花も秋は特にキク科が目立つ季節。ご存知コスモスもその一つですが、それと同じくらい目立つキク科の帰化野生植物の一つが、セイタカアワダチソウです。黄金色に光り輝くピラミッドのような円錐型の花を先端につけた丈高い草を見たことがあるかと思います。非常に優れた野草であるにもかかわらず、さまざまな誤解と偏見に晒されてきたかわいそうな花なのです。
スズメがハマグリに?奇想天外な寒露次候の示す意味は
和暦の七十二候では、寒露次候は宝暦暦以来「菊花開」ですが、中国宣命暦では「雀入大水為蛤(すずめたいすいにいりこはまぐりとなる)」。スズメが大水(大河や海)に飛び込んでハマグリになる、という荒唐無稽な候です。宣命暦にはこの候と立冬末候の「雉入大水為蜃(やけいみずにいりおおはまぐりと なる)」と二つ、鳥が貝に化身する候があります。「大蛤」とは別名「蜃」、蜃気楼を生み出すと言われる幻想の生き物です。
野山や人里で春から秋まで活発に活動してきたスズメも、繁殖期も収穫期も終わり、次第に餌が乏しくなる時期になるとどうするのだろう、と古代中国人は考えました。スズメたちはこの時期になると海や大河のほとりに集まってくる。そういえばスズメの茶と白、黒の羽色の模様がハマグリの貝殻の色合いや模様と似ているじゃないか。こうして「スズメはハマグリに化身するのだ」と空想し、言い伝えられるようになったのです。
しかし、この化身の意味は単に体色が似ているなどの見立てだけではありません。スズメ(鳥)は五行思想では火。つまり夏の象徴。ハマグリ(貝)は水で、冬の象徴。そして「大水」自体は壬(みずのえ)つまり「水性の陽気」で、「妊娠」の「任」の字の原型でもあります。夏の火性が冬の水性へと変容し、来るべき春の芽吹きの種子が水の中に生まれる、という季節の大きな変わり目であることを意味するのです。
あれこそがにっくき秋の花粉症の原因だ!セイタカアワダチソウ冤罪事件
秋は、初秋から晩秋までキクの季節。イエギク(家菊 )と呼ばれる栽培菊は短日性(日中の時間が短くなる時期に花をつける性質)のため、日に日に夜が長くなる秋に花をつけ、目を楽しませてくれると言うわけです。かたや野生のキクの多くも、秋が花の季節です。
と言っても、野生のキクの種類は多く、キクだと一目でわかるノギクの仲間(ヨメナ、シオン、ノコンギク、ユウガギクなど)の他にも、アザミやオケラなどもキク科ですし、俗に「ヒッツキムシ」などと言われる大豆くらいの大きさの種子にトゲトゲがついていてズボンや靴下にくっついてくるあのオナモミもキク科。
また、コスモスやオオアレチノギクと言った空き地に野生化したキク科の帰化植物も多いもの。あの秋の花粉症の原因として悪名高い「ブタクサ」も北米原産のキク科の帰化植物です。
そして、そのブタクサと同じ北米原産のキク科で、ブタクサよりも目立つ花をつけるために、「あれがブタクサだ」と勘違いされ、花粉症患者に憎しみの目を向けられてきたかわいそうな雑草がセイタカアワダチソウ(Solidago altissima L. 背高泡立草 キク科 アキノキリンソウ属)です。この姿から、原産地の北米ではゴールデン・ロッド(golden rod)=黄金の杖というなかなか勇壮な名がつけられています。日本に渡来した時期ははっきりはしていないものの明治中期ごろと考えられますが、爆発的に繁殖し始めたのは戦後になってからで、アメリカからの物資に種子が紛れ込んでいたものが、港湾や空港付近で定着、次第に全土に広がったものと思われます。9月から11月初旬ごろまで、1.5mから2m、時に3メートル以上の文字通り「背高」な草丈の先端に、目の覚めるような黄色の円錐花序をつけ、群落になるためによく目立ちます。休耕田や湿地、空き地などに、ススキやオギ、トダシバ、アシなどにまじって、というよりは圧倒するように黄色い群落を作っている景観は、皆さんも何度か見たことがありますよね。
目立つ大きな花序は、無数の細かな頭花に数個の筒状花、その周囲に10個以上の舌状花をつけ、遠目に見ると黄色いパウダーをまぶしたように見えます。ここからいかにも花粉の塊のように見え、花粉を飛ばしまくって花粉症や気管支炎の原因になっていると思われてしまったようです。でも、セイタカアワダチソウの花粉は粘り気があって重く、風で飛散はせず、まったくの濡れ衣です。典型的な虫媒花で、ミツバチなどが盛んに採蜜にやってきます。
セイタカアワダチソウへのいわれなき中傷は、花粉症だけではありません。
最大の悪評は、「セイタカアワダチソウは根から毒物を出して他の在来植物や土中のミミズなどを殺す、有害な外来侵入植物」というものです。実際、たしかにセイタカアワダチソウの葉や根にはポリアセチレン化合物という化学物質が含まれ、この物質を根から分泌して他の植物の発芽・生育を抑制します。こうした作用をアレロパシー=多感作用といいます。
セイタカアワダチソウの生育環境はススキなどの在来のイネ科植物ともかぶるため、かつてはススキがセイタカアワダチソウに駆逐され、絶滅するのではないか、と危惧されていたのです。
事実は逆でした。セイタカアワダチソウは、典型的な荒地パイオニアで同じ北米のライバル帰化植物のブタクサに取って代わるように繁茂しはじめるのですが、このときアレロパシーによってブタクサを駆逐し、繁栄するのです。ときに4mにもなるほど巨大化しますが、やがて自身が出した化学物質のアレロパシー作用により次第に勢力を弱め、衰退していきます。するとそこにススキなどの在来植物が育ち始めるのです。ススキは、セイタカアワダチソウによって土中のバクテリアやカビも分解された好適な環境で、セイタカアワダチソウを緑肥としながら繁栄していたのです。筆者も、セイタカアワダチソウとススキやオギ、アシが仲良く共存する群落をたびたび眼にしていたので、本当にセイタカアワダチソウがススキを絶滅させてしまうのだろうか?と以前から疑問だったのですが、事実はススキやオギの生育に役立っていたわけですね。セイタカアワダチソウは緑肥として有名なレンゲと同じようにカリウムやカルシウムを土壌に提供し、むしろ他の植物の繁殖に利する働きをしていたのです。
また、「セイタカアワダチソウから採蜜したハチミツは臭くて不味い」という言説も、専門業者によると根拠のある話ではなく、秋の花の種類の少なくなってきた時期には、ときにいくつかの植物の蜜のブレンドで独特のにおいになることがあるのを、よく目立つセイタカアワダチソウのせい、にしたのではないか、と考えられます。
背が高くて頼りになる!セイタカアワダチソウはみんなの足長おじさんでした
では、セイタカアワダチソウの驚くべき薬効について説明しましょう。
セイタカアワダチソウの「泡立ち」という名前は、細かに密集した花があわ立つように見えることからそう名づけられたと思われている向きがありますが実はそうではなく、全草にシャボンの成分「サポニン」が含まれていて、煮沸すると豊かにあわ立つ性質によります。サポニンは石鹸に使われるくらいですから強い抗菌作用があります。セイタカアワダチソウをお風呂に入れると、サポニンの成分によりぶくぶくに泡が立ち、皮膚症状への効果がありつつ、バブル風呂を楽しめます。
また、ヨーロッパでは古くから泌尿器系の炎症、腎臓結石の治療などに使われていました。セイタカアワダチソウの服用には水利尿作用があり、尿路の緊張を緩めて結石を排出させる働きがあるのです。腎臓自体を健勝にする作用もあります。
フラボノイドの一種ルチンも含まれているため、血液の浄化や血管の良化、高血圧・コレステロール値の抑制にも効果があると言われています。
赤ワインなどでも有名な抗酸化作用のあるポリフェノールも豊富です。葉にはクロロゲン酸の一種シナリンも含まれ、これは血糖値の抑制や抗ガン、抗エイズ作用すら期待できるのです。
そしてさらには何と、かつては花粉症の原因とされていたセイタカアワダチソウに、皮膚や目のかゆみ、鼻水、鼻詰まり、くしゃみや喉の痛みなど、まさに花粉症全般のアレルギー症状を緩和し治癒する効果すらあることがわかったのです。
こうしてみるとまるで、陰ながら手助けしてくれる「足長おじさん」のようではないですか?
セイタカアワダチソウは、冬が近づくと白っぽい綿毛の種子をつくって全体に褐色となって立ち枯れます。晩秋から冬の枯淡の景観に、これもまた良いアクセント。
外来の植物でありながら優れた縁の下の力持ちとして、黙々と日本の土壌や環境に良い効果をもたらしてくれたセイタカアワダチソウ。とても強い草ですから特に人の助けなどは必要ともしていないでしょうが、あらぬ誤解や不必要な駆除などはせず、日本の自然の一部として見守って欲しいものです。
参照
野草図鑑・たんぽぽの巻 (長田武正・長田貴美子 保育社)