12月12日より、大雪の次候「熊蟄穴(くまあなにこもる)」 となります。渋川春海により編纂発布された日本初のオリジナル暦・貞享暦では、それまで使用していた中国の宣明暦の七十二候の大幅な書き換えもおこなわれました。このとき、宣明暦での「虎始交(とらはじめてつるむ)」を「熊蟄穴」に書き換えられました。日本には生息しない生物を春海は除外したようですが、トラからクマへ。いずれにしても陸生動物の生態系の頂点にいる大型猛獣。また、どちらも巨大亜種伝説のある動物です。
続々判明する「クマ型冬眠」の神秘
ご存知の通り、日本在来種のニホンツキノワグマ、エゾヒグマとも、冬の訪れとともに木の洞や狭い洞窟などに篭り、冬眠をします。上野恩賜動物園では、2006年からツキノワグマの「冬眠チャレンジ」の試みを行い、ツキノワグマを東京の自然な温度変化下で冬眠させ、さらには冬眠期間中に妊娠・出産する習性を再現して出産させることにも成功していますが、動物園の冬眠入りも、大雪のこの頃、12月中旬前後のようです。
熱帯・亜熱帯地方を除く高緯度から中緯度に生息するクマは、どれも特異な仕方で冬眠しますが、アラスカのアメリカクロクマは冬眠期間が長いことで知られ、何と約5~7カ月。一年の半分を冬眠に費やすことになります。冬眠する動物は体温が10度下がるごとに代謝数値が半分ほどになるのですが、アメリカクロクマは冬眠時の平均体温でも33度を保ち、夏季の活動時と比べわずか5~6度低い程度。にもかかわらず代謝を活動期の4分の1にまで落としているのです。1分間の心拍数は、活動時が55回なのに対し、冬眠モードでは9回に。人間であればこんな心拍数まで下がると気絶して瀕死の状態になってしまいます。さらに、コグマを産み落とし、授乳育児をしている母グマの場合はコグマを暖める必要性から、さらに体温は高い状態を保ったまま、前述したような代謝機能を低下させているのだそうです。一体どんなメカニズムでそのような「魔法」が使えるのか、まだまだ不明なことも多く、解明が待たれます。
大型肉食獣の中でもトラは最もピンチです!
さて、宣明暦での大雪次候「虎始交」。トラのつがいがこの時期、交尾をはじめる、と言う意味です。中国国内には、中国固有種のアモイトラ(華南トラとも・Chinese tiger/ Panthera tigris amoyensis )が揚子江周辺の南部地帯に、ロシア、朝鮮半島と接する北東部にはアムールトラ(シベリアタイガーとも・Panthera tigris altaica)が生息しています。このうち、冬季を中心に、11月から翌年の春ごろまで交尾をする習性があるのは北方種のアムールトラで、「虎始交」はアムールトラについて語っているものと思われます。
アムールトラは、現在生息するトラの亜種6種のうちの最大種であるばかりではなく、動物園での血統が生き残ってはいるが、野生種の絶滅が確認されているバーバリーライオンをのぞけば、原生野生ネコ科動物中でも平均値で最大種でもあります。ただしその体格については長毛種であることなどもあり、かなりバイアスがかかって大げさに書かれたものが多く、実際にはベンガルトラやライオンと比べて格別な差ははなく、種間の差よりもむしろ個体差の方がばらつきがあるのが現実です。
かつては一時期、激減して200頭ほどにまで落ち込みましたが、現在保護活動により何とかロシアに4~500頭、中国東北部に数十頭ほどにまで回復していますが、回復も頭打ちの状態で、深刻な絶滅の危機からは脱しきれていません。
華南トラのほうは更に深刻で、1950~60年代、盛んに害獣として射殺されたために激減し、すでに自然界から実質絶滅したとも言われます。全世界で確認されている数はわずか100頭あまり。そのすべてがたった6頭のアモイトラの子孫で近親ばかり。近親での交配が繰りかえされることでのリスクも年々さしせまったものになっています。
現在世界にはヒグマ類は13万頭、ライオンは2万から5万頭ほどいると推定されていますが、それと比べてもトラの数は極めて少なく、すべての亜種を含めて1万頭程度。全世界にたったそれだけしかいないのです。絶滅の危機に瀕しています。この美しい動物が失われることは、あってはなりませんよね。
強さの象徴・クマもトラも巨大種伝説がいっばい
日本のクマは食性が植物食よりであること(ツキノワグマだけではなく、近年、エゾヒグマも肉食性が低く、鹿や鮭をさほど食べていない、ということが判明しました)から、クマとしては小型が多いのですが、ホッキョクグマやコーディアックグマ、ハイイログマなど、世界には雲つくような巨大グマが多くいます。
しかし、それらよりもっと大きなクマがいる、といううわさがあります。それが19世紀のナチュラリストで冒険家のロバート・マクファーレン (Robert MacFarlane) がイヌイットから頭骨と被毛を譲り受けた「マクファーレンズ・ベア」です。その巨大さもさることながら、頭骨の形がそれまでのクマのどれとも違っていたため、マクファーレンはスミソニアン博物館に詳しい調査を依頼しますが、そのまま忘れ去られて半世紀。20世紀に入りたまたま倉庫から見つけ出され、解析がおこなわれた結果、そのクマはシロクマとグリズリー(ハイイログマ)の混血種であることがわかりました。その大きさは立ち上がると3mをはるかに越え、現生のどのクマよりも大きいと推定されました。
この事実は、大きさよりも、シロクマとグリズリーが自然交配わしている、という事実を明らかにしたことにより大きな意味がありました。2006年にも、このシロクマとグリズリーのハイブリッドと見られる巨大なクマが、狩猟者によってしとめられています。
ハイブリッド種が大きくなるのはクマに限ったことではなく、大型ネコ科でも、ライオンのオスとトラのメスを掛け合わせたライガーは、とてつもない大きさになることで知られています。これは、ライオンのオスに巨大化遺伝子が存在すると同時に、ライオンのメスには熱帯のサバンナで狩りがしやすい身軽さを獲得するための成長抑制因子が存在し、結果としてライオンの体格を現状の大きさにとどめているのですが、トラのメスにはそうした抑制因子がないので、ライオンのオスの成長遺伝子が抑制されずに発現して巨大化するのだといわれます。その体長は尻尾を除いた大きさで3mを越えて、「ナルニア国物語」に登場するライオンのアスランのような巨大さです。ただし、マクファーレンズ・ベアとはちがいライガー(もしくは父トラと母ライオンから生れたタイゴン)には内臓疾患や生殖能力の欠如などの障碍が発生することが多く、現在作出は禁止・抑制されています。
トラの巨大種と言えば、1980年代に悲しいことに絶滅したジャワトラの先祖に当たる、更新世のインドネシアに生息していたガンドントラ(Ngandong Tiger)は、体長が4m近く、体重も500kgだったと推定されるスーパーキャット。
ステラーカイギュウ、マンモス、バーバリーライオンなどなど、人間が絶滅に追いやった大型動物は数多く、もし人間がもう少し残酷でなかったら、空想や想像で語られる巨大なクマやトラ、ライオンが、今もたくさん駆け回っていたかもしれません。
シリーズ:クマの冬眠の謎にせまる