10月24日は国連デー(United Nations Day)として知られています。近年、何かと話題に上ることの多い「国連」。大戦の終結間もない1945(昭和20)年の10月24日、ソ連(現在のロシア)の国際連合憲章への批准により、発効に必要な20か国の批准を達成して国連憲章が発効し、国際連合が発足しました。良くも悪くも、第二次大戦以降の世界は国連の示す国際ルールのもと、一定の秩序が保たれてきました。一方、一部の説では10月24日は「トリコロール記念日」という聞きなれない記念日である、とされます。どんな記念日なのでしょう?
国連憲章・人権宣言に影響を与えたフランスの人権宣言
ニューヨーク、イーストリバー沿いにある国連本部。川をくだりアッパー湾ニューヨーク港に出ればそこには「自由の女神」像がそびえています。この像がアメリカ合衆国の独立100周年を記念してフランスから贈呈されたことはあまりに有名な話です。そして、この自由の女神とは、フランス革命の戦う民衆を描いたドラクロワの名画「民衆を導く自由の女神」に描かれた女神マリアンヌと同じ。ドラクロワの絵では、女神はフランスのおなじみの三色国旗(トリコロール Tricolore)を掲げています。
アメリカ独立革命(1775~1783)、イギリス産業革命(1760~1830ごろ)、そしてフランス革命は「大西洋革命」と呼ばれ、後の欧米による世界支配・近代資本主義世界の潮流を作った大きな出来事だったのです。
ルネサンス以来の古代エソテリズムと結びついた反教会的な人間解放、プロテスタント運動などの宗教改革を経て、封建社会を支え支配した教会と王権の権威は揺らぎ、ヴォルテールやルソーなどの啓蒙思想、アメリカ独立宣言で採択された市民の「革命権」思想が、フランス革命と言う未曾有のレボリューションを引き起こしました。
1790年、ブルボン王朝を打ち倒して設立された革命政府の国民公会による議会が採択したフランス人権宣言には、その高揚のもと、すべての人の平等と自由、財産権、国民主権、権力の分立のみならず罪刑法定主義や推定無罪などの現在の法制度の基礎となる概念が盛り込まれています。
そしてフランス革命のスローガン「自由・平等・友愛」(Liberté, Égalité, Fraternité)が高らかにうたわれ(もっとも、当初は「自由・平等・財産」だったともいわれます)、現在のフランス共和国の国としての標語となっています。
国連憲章や、その2年後に発布された日本国憲法、そして1948年の世界人権宣言も、このフランス人権宣言の影響下にあり、同じく「自由・平等・友愛」の三原則を根本理念としています。「世界人権宣言」では、「すべての人間は、生れながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である。人間は、理性と良心とを授けられており、互いに同胞の精神をもって行動しなければならない。(第一条)」と、明確にこの三原則を明記しています。
現在世界で言われる「民主主義」や「人権主義」「自由主義」の出発点となっているのがフランス革命でありフランス人権宣言なのです。
十進法の世界基準を作ったフランス革命とナゾの「トリコロール記念日」
フランス国民公会(Convention nationale)は、それまでヨーロッパを支配していたカトリック教会の因習を一掃し、新しい国家秩序、世界秩序を打ち立てることを目指しました。フランス革命暦(Calendrier révolutionnaire français)はその重要な変革の一つ。それまで採用されていたグレゴリオ暦を廃止、9月22日から1年が始まり、1分は100秒、1時間は100分、1週間は10日と、今までの12進法による時間を廃止して十進化時間を用いました。
あまりにもそれまでの習慣と異なるため多くの不便が生じ、後にナポレオン帝政時代に全廃され、もとのグレゴリオ暦に戻されました。
しかし、このときに革命政府が採用した単位法は生き残りました。メートル法や、それを基準にした質量基準であるキログラム法やリットル法、面積の単位であるアール法などです。こちらは発祥地であるフランス以外では、もっとも普及しているのが日本、というのも不思議な話ですね。フランス人権宣言の直系の子孫とも言える日本国憲法が生きている、という意味で、フランスの日本への間接的な影響は計り知れないものがあるのかもしれません。
そのせいでしょうか、日本のネットでは国連デーである10月24日を「トリコロール記念日」としている記述が多く見られます。けれども、フランスでそのような記念日があるというのは聞いたことがなく、そのような記念日をいつ誰が設定したものなのかも不明。また「10月24日にトリコロールがフランス国旗として採用された日」との説明があるのですが、トリコロールがフランス海軍などの国章として正式採用されたのは1790年の10月21日です。10月24日は何の関係もありません。筆者が調べてみた限り、ネットでもっとも古い「トリコロール記念日」への言及は2005年ごろ。約12年ほど前から、「10月24日はトリコロール記念日」という通説が出回っているようです。
先述したとおり、国連の世界人権宣言とフランス人権宣言には密接な関係があり、同じもののバリエーションと言ってもいいほどのものです。出自をご存知の方がいれば、教えていただけるとありがたいです。
アメリカ、イギリス、フランス。3つの国家とトリコロールカラー
おしゃれな国旗の代表格のようなフランス国旗。青・白・赤の3色のこの国旗デザインは、先述したとおり1790年に、フランス国籍の軍艦・商船に旗印としてつけることを通達して以来、国の旗印、つまり国旗になりました。
横じまのトリコロールは既にオランダ船の旗として存在したために、縦じまにしたといわれます。革命市民軍が帽章がパリ市の色、青と赤で(実際、現在でもパリの街の公的機関のあちこちで、「たゆとうとも沈まず」という標語と帆船の描かれた、上下青赤に染められた市章を目にすることが出来ます)、革命政権樹立後、そこにブルボン王朝の象徴である白を付け加え、「市民と王家が一致協力して新しい国家を作る」というラファイエットのスローガンをあらわすものとして三色旗が生れた、という説が有力です。
けれども、よくよく考えると、その後の現代まで続く世界を実質支配してきたアメリカ・イギリス・フランスの3国の国旗は、どれも青(紺)・白・赤の三色で構成されていますが、偶然でしょうか。これらの国に対抗する勢力として第二次大戦の枢軸国(ドイツ・イタリア・日本など)や、社会主義国(ソ連・中国など)や、イスラム諸国などが登場しますが、正義のヒーローはやはり「赤・白・青」の旗を掲げた三国であったようなイメージです。
日本のロボット系アニメでもっとも世界で有名な「機動戦士ガンダム」の主人公のボディ塗装も、青、白、赤。それまでのファンタジックなロボットアニメと一線を画して、「リアル」な戦争を描いた魁とされる「ガンダム」においても、トリコロールカラーは正義・勝者の色として活躍します。もちろん、作品中の善悪は決して割り切ったかたちで描かれてはいませんが、それでもやはり主人公側・勝者側は「トリコロール」であるという刷り込みが、生きています。このイメージは知らず知らずに私たちみんなの中にあるのかもしれません。
フランス革命以来、「人権」や「民主主義」「友愛」が幾度となく訴えられ、それを目指す人間の試みはことごとく失敗し、破壊と衝突が続いてきたのが現実です。しかし達成困難だからこそ、理念を掲げ続けることは止めてはならないことだ、ともいえます。そんな人類のジレンマが、フランス国旗ののトリコロールのはためきに見えてくるように気がします。
国連憲章テキスト