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【西武】元山飛優は「泣きそうでした」と唇かむ 亡きともだちに「できました!」と笑える1年に


西武ライオンズの元山飛優内野手は、オープン戦で代打ヒットを放ち、その際に故郷・ヤクルトでの古い仲間を思い出しました。その仲間とはヤクルトのマスコット「つば九郎」を担当していたスタッフで、最近亡くなりました。元山選手は、亡くなったと知った時の悲しみを振り返り、「マジで悲しい」と述べています。そのスタッフからはポジティブになれる言葉をよくもらい、元山選手の大きな支えになっていました。シーズンへの決意を新たにし、活躍を通じて「できました」と言いたいと元山選手は述べており、亡くなった友の応援を受けながら奮闘する決意を固めています。

西武対広島 8回裏西武1死、代打元山は右前打を放つ(撮影・滝沢徹郎)

<オープン戦:西武6-0広島>◇18日◇ベルーナドーム

プロ5年目、西武の元山飛優内野手(26)がいつもとは少し心持ちが違う春を迎えようとしている。

ヤクルトから移籍加入して2年目になる。古巣のマスコット「つば九郎」を担当してきたスタッフが2月、亡くなった。

「倒れられる直前まで連絡してたんです。だから『マジで…』って」

倒れた話も耳にした。

「でも倒れて大変な時やろうし、復帰した時に連絡しようと思ってたんですよ。だから…悲しい。すごく不思議な気分でした。泣きそうでした」

ヤクルト時代は背番号6だった。元山の前に6番を付けた宮本慎也氏(54=日刊スポーツ評論家)がつば九郎と懇意だった。

「だから、宮本さんの流れで僕のことまで気に掛けてくれて。『6ばん、おもいけどきにしないでがんばれよ』って言ってくれて。そこからめっちゃ交流するようになりました」

24年6月、交流戦で再会。つば九郎は当時のブログを「はなれていてもいつでもともだち。」と題し、元山のことをつづった。

元山は振り返る。「つば九郎、何が好かれるって、いつもポジティブになれる言葉をくれるんですよ。いい時も悪い時も」と友をたたえる。

そんな“友”ともう会えない。信じたくなかった。LINEも送ってみた。

「でも、返ってこなかったです。すごく寂しい」

高知・春野での2軍キャンプ中の訃報だった。すぐには何もできない。ただただご冥福を祈るだけ。

開幕が近づくこの日、今季初めて1軍に呼ばれた。いきなり代打でヒット。友はずっと「もとやまくん、できるからがんばれ」と言ってくれた。

だから。「今シーズン活躍して『できました』って伝えに行きたい。そう決意しました」。

思いを胸にしまい、西武の元山飛優として獅子奮迅の現役生活を。はなれていても。【金子真仁】

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