人生100年時代を楽しく生きるために、今、必要なのは「大人の週末起業」。このシリーズでは、「週末起業」の提唱者であり経営コンサルトの藤井孝一氏とともに、さまざまな実例から大人の人生戦略を学んでいきます。第1回は、「大人の週末起業」立ち上げの理由と、藤井氏自身の人生戦略をご紹介します。
人生100年時代の「引退後」、どう備える?
近年、「人生100年時代」という言葉がさかんに取り上げられています。「今後、人間の寿命は右肩上がりに延びていき、やがて100歳以上生きるのも当たり前になる」というのです。
そこで浮上してくるのが「引退後」の問題。従来どおり65歳で定年退職するとしたら、その後35年も生きることになります。すごく長いですよね。ただでさえ年金はどんどん先細りしていて、社会保障は当てにできない時代です。当然、それ相応の「備え」が必要になるでしょう。
とはいえ、具体的にどんな「備え」をしたらいいのかわからない——そんな方も多いのではないでしょうか。かくいう私もそうでした。
しかし、試行錯誤の末、たどり着いた解決策があります。それが「週末起業」、つまり「会社で働きながら、週末や定時後の時間を利用してビジネスを立ち上げること」です。
私は2001年に『週末起業』という書籍を出版し、より多くの方に「週末起業」を実践・成功していただくための支援事業に力を尽くしてきました。それを今、定年後の心配を抱き始めた50代前後の方に向けて、新たに提唱したいと思います。名付けて、「大人の週末起業」です。
定年後のための人生戦略=「大人の週末起業」
定年後、仕事がないまま数十年も生きるというのは、とても大変です。
収入の問題が第一ですが、それだけではありません。仕事がなければ、極端な話、昼間まで寝ていようが、夜遅くまでお酒を飲もうが、自由です。でも、それだとすぐに体を壊してしまいますよね。やるべきことがなくなれば生活のハリも失われ、外出の機会や人付き合いも減り、メンタル面にも大きく影響が出てきます。それで家族との関係も悪くなってしまった、などの話も聞きます。
私も独立した経験がありますが、「昨日まで行っていた会社に行かなくなる」というのはとても大きな変化なんです。特に私の世代では、「これまで仕事一筋でやってきた」という方が多いので尚更です。
そんな引退後の諸問題を解決してくれるのが「週末起業」です。ここで得た収入ややりがい、社会的つながりが、引退後にも強い味方になってくれるはずです。
ただの起業でなく「週末起業」なのは、「在職中」に始めておくのが重要だからです。今まで会社員だった人がいきなり起業するというのは、成功確率も低く、非常にリスクが高いこと。よって、会社にいて確かな収入源とつながりがあるうちに事業を立ち上げ、少しずつ育てていくのがポイントです。
大人の週末起業によって、定年退職後のお金・人間関係・心身の健康・生きがい・家族関係など、全ての不安が自動的に解消されていく——つまり、「定年後のための人生戦略=大人の週末起業」といえます。
「定年の日」は絶対に来る、そのために準備をする
最初に「週末起業」を考案したのは、いまから約18年前、35歳のときでした。当時、日本の景気はものすごく悪くて、「給料が減るんじゃないか」「リストラされるんじゃないか」「会社が倒産するんじゃないか」と、誰もが不安を感じていました。私自身、バブル採用で会社の調子がいいときに入社したのに、どんどん悪くなっていくのですごく不安でした。メディアも連日「日本経済はおしまいだ」といった内容を報道していて、日本中が不安に包まれていたと思います。
そんな中で「会社に依存していてはだめだ」と独立・起業する人もいましたが、うまくいかなかったり、それ以前に「怖くて飛び出せない」という人がすごく多かったのです。そこで、「まずは会社にいながら事業を起こしてみて、うまくいったら辞めればいい」と週末起業を考案し、自ら実践しました。それが成功したので、他の人にもノウハウを伝え、支援していく事業を始めました。
当時は時代的に誰もが不安だったので、週末起業はどんどん広がっていきました。ただ、リストラや倒産は100%起きるとは限らないものです。一方「定年退職」は、会社員であれば、誰もが100%経験することですよね。人が死ぬことと同じように、「定年の日」は絶対に来る。そして「大人の週末起業」は、絶対起こることに対して準備をすることだから、無駄打ちになることはないんです。人生100年時代の今、週末起業は誰にとっても重要な備えになっているのです。
→NEXT:「普通の週末起業」にはない最大のメリット
「大人の週末起業」では出口戦略がポイント
ただし、ある程度の年齢になってから起業するとなると、万が一失敗したときは大変ですよね。若ければ再起を図れますが、年をとってからだと、時間的にも体力的にも、やりなおしが効かないことが増える。そういう意味では、「大人の週末起業」では、普通の週末起業と比べて、いくつか気をつけなければいけないことが出てきます。
まず、「あまり大きな投資をしない」ということ。本来の「週末起業」はただの副業で終わるのではなく、「やるからには独立して、あわよくば社員を雇って規模を大きくして、大きな成功をおさめよう」というものでした。しかし「大人の週末起業」では、借金はしない、人を雇わない、設備にお金をかけないなど、できるかぎりコンパクトに行います。
固定費がかからないようにするのも大切ですね。私も会社を経営していますが、固定費の負担は結構大きいもの。ときには、固定費のために働かないといけないような状況もあります。そうなってしまうと、辛いし、つまらないですよね。ですから、投資や固定費は減らし、ミニマムに、確実にやっていきましょう。
それから、「出口をどうするか決める」ことですね。ある程度の年齢になると、「この会社、将来どうなるのかな」ということまで考えないといけない。創立者である自分は、いずれ年老いて死んでいきますよね。そのあと、誰が事業を継いでいくのか。
私も立ち上げた会社を人に任せたことがありますが、かなり苦労しました。後継者探しや、自分がいなくても回る仕組みづくりというのは、本当に容易ではなかった。そうなると、やはり「大人の週末起業」では、出口戦略が自ずと変わってくる。そこが普通の「週末起業」との一番の違いです。
「大人」と言いながら「子ども」っぽく稼ぐ
そして、「大人の週末起業」の一番のポイントでありメリットであるのは、「本当に好きなことで楽しく稼げる」ことです。
会社員としてはどうしても利益の追求が求められ、「自分がやりたい仕事かどうか」は後回しになりがちです。組織の論理に従わなければならない場面もあると思います。特に私たちぐらいの年齢だと、「現場が好きだったのに、知らない間にマネジメントに回されて、人やお金の管理ばっかりやらされている」という人も多いのではないでしょうか。
だからこそ「大人の週末起業」では、「大人」と言いながら「子ども」っぽく、自分の本当にやりたいことを追求してほしいんです。
たとえば、趣味があるなら趣味を仕事にしてみる。会社で部下の面倒を見るのが得意だったなら、教育の仕事をやってみる……長いキャリアの中で、好きな仕事も、苦手な仕事もあったと思います。その中で、好きだったことや得意だったことだけを切り出してやってみる。「自分は本当はこういうことがやりたかったんだな」と気づくこともあると思うので、その気づきをぜひ生かして、本当に好きなことをやれるのがこの時期。ある意味、会社員時代に培ってきたものが、そこでやっと活かせるという感じですね。
人生が二度あれば、もう一旗揚げられる
ただ、「需要」をおろそかにはできないと思います。なんといっても、目的は稼ぐことですから。
これまで、「定年後の過ごし方」というのは、「お金を稼ぐのは二の次で、残りの人生を悠々自適に楽しむ」という流れで語られることがほとんどでしたが、これってまさに「人生80年時代」を想定している。65歳で定年退職して、残りの人生15年くらいなら好きなように生きられたかもしれません。しかし僕たちの時代は、定年後も30〜40年くらいある。そうすると、退職金と、もらえるかもわからない年金だけでは乗り切れないでしょう。
単に「稼ぐことが大切」というと、「金儲けのためだけにやっているのか」と捉えられがちですが、そうではない。お金というのは、感謝の気持ちやモノ・コトの価値を客観的な数値として置き換えたものです。「お金が欲しい、欲しくない」というよりは、「価値を感じてもらっている」という実感をより感じられることに意味があります。それは、生活のためにお金がいるかどうかとは別の次元の話です。
何よりも、時間がもったいないと思うんですよ。30年もあれば、もう一旗揚げられると思うのです。ただ貯蓄を切り崩しながらほそぼそと過ごすのではもったいない。ここはぜひ強調したいんです。
私が好きな落語に、春風亭昇太さんの「人生が二度あれば」という演目があります。「人生100年時代」だったら、まさに人生を二度経験できると思うんです。しかも、二度目の人生では一度目の経験値があるので、本当にやりたいことや得意なことを楽しみながら一旗揚げる人生が送れるはずです。
→NEXT:具体的にどうすれば100年時代を生き残れるのか?
「自分と同じ境遇の人たちを助けたい」という思いがビジネスに
私自身、もともとは金融系の会社でサラリーマンをしていました。けれども、前述したように不況の中で不安を感じ、またかねてから教育・コンサルタントの仕事をしたいという希望があったので、会社員を続けながらビジネスパーソンの自立を支援する事業を始めました。やがて独立して20年近く活動し、会社を設立し、社員も採用し、ある程度軌道に乗ったので、2年ほど前に社長職を譲りました。今は、これから何をやっていこうか考えているところです。私自身、今まさに「大人の週末起業」を模索中なんです。
ただ、最初に「週末起業」をしたときからずっと変わらない思いがあります。「自分と同じ境遇の人たちを助けたい」というのが私の人生のテーマなんです。当時、私はリストラに怯えるいちサラリーマンでしたが、「自分と同じように、悩んでいる人を手伝いたい」という思いから始めた活動がビジネスになった。「週末起業」という事業で自ら「週末起業」したような感じですね。
現在は「人生100年時代」と言われ、「会社を辞めた後、どうしよう」と悩んでいる人がたくさんいる。「会社という後ろ盾を失ったとき、自分は生きていけるのだろうか」——悩みの根本は、「週末起業」を立ち上げたときと同じです。私は今後、そういう人たちを応援していく仕事を少しずつやっていきたいと考えています。再び、「大人の週末起業」という事業で私自身の「大人の週末起業」を実践していくということです。
具体的にどうすれば100年時代を生き残れるのか?
『週末起業』は10年以上前に刊行された本ですが、最近、「とても10年以上前の本とは思えない」「今の時代にぴったりな内容ですね」という感想をいただくことが増えました。
2018年には政府が「モデル就業規則」を改定し、積極的に副業・兼業を推進する姿勢を示したことが大きな話題を呼びました。しかしそれは、何も親切で言っているわけではなく、少子高齢化・年金の先細りなどの問題が蔓延る中、「会社や社会保障を当てにせず、定年後も自力で稼げるようになってもらわなければ困る」というのが実情でしょう。それを邪魔するような副業禁止規定をもつ企業に対して、「余計なことは言うな」というのが、「副業解禁」だと言えます。
実は、『週末起業』の中には、「副業解禁のような流れはいずれやってくるだろう」ということが書いてあります。10年以上前に書いたことが実際に起きたんですね。
そして、人生100年時代も本当にやってくると思います。そのことで困る人も出てくる。何が困るかと言うと、「お手本がない」ことです。今までのお手本、人生のロールモデルが使えないんです。
『LIFE SHIFT』が生んだ「人生100年時代」というフレーズは、まさにこれからの社会をぴたりと言い当てたものです。しかしこの本には、「具体的に、何をどうすれば100年時代を生き残れるのか」というステップまでは書かれていない。ロンドン・ビジネススクールの教授が、学者として、現状分析とそれに基づいた予測を提示するものです。
そこで、「では、今の日本に生きる私たちはどうしたらいいのか」まで掘り下げていくのが、我々実務家の使命ではないかと思うのです。「人生100年時代」を知って不安になった人たちに向けて、「あ、これを待っていた」というような解決策を提示できないか——そう考えたとき、「週末起業」は人生100年時代にも適用できるんじゃないか、という結論にいたりました。
大人の週末起業にはゴールがない
とはいえ、私も明確な答えやお手本を示せるわけではありません。週末起業には、「単なる副業として終わらせるのではなく、それで独立できるくらいの事業に育てる」というゴールがありました。そして私自身、実際に週末起業をして独立というゴールに辿り着いたからこそ、「こうやればうまくいきましたよ」とアドバイスできました。
しかし、大人の週末起業にはゴールがない。あえて言うならば一生を終えて、死ぬことがゴールでしょうか。私自身、まだ道半ば、奮闘中の身です。
そこでなにができるか考え、立ち上がったのがこの連載企画です。まずは、実際に「大人の週末起業」に取り組んでいる人たちや成功事例を紹介し、私自身も学びながら、みなさまにもご自身なりの生き方、定年後を含めた人生設計というのを自ら考えていただく。そうすることで、見えてくるものがあると思うのです。
「大人の週末起業」は誰かが講師になるのではなく、みんなが生徒であり、先生。それぞれの人生のあり方をお互いが教え合い、学び合う事業です。それはもちろん、私自身も含めて。この連載を通して、「人生100年時代を自分らしく、幸せに生き抜くための具体的なヒント」をともに見つけていけたら幸いです。
経営コンサルタント(中小企業診断士)/株式会社アンテレクト取締役会長。独立・起業を目指すビジネスパーソンに対し、ノウハウ提供やアドバイスなど、実践的なサポートを行う。特に、かつて「副業」と呼ばれていた「在職中から起業する」スタイルを「週末起業」と名付け、その普及に東奔西走する。この活動を加速させるため、2003年に「週末起業フォーラム」を創設、1万人を超えるビジネスパーソンが学び、独立・開業を果たす。さらに、ビジネスパーソンの自立を、教育コンテンツ、パートナーシップ、インフラの面からも支援するために、株式会社アンテレクトを創設、経営を行っている。著書に代表作『週末起業』(筑摩書房)のほか50冊以上。うち、いくつかは中国、台湾、韓国でも刊行されている。1966年生まれ。慶応義塾大学文学部卒業。