図1:オトヒメクラゲ
図2A:ワタボウシクラゲ(標本)
図2B:ウラシマクラゲ
図3 オトヒメクラゲ(標本)の各部形態
画像1: https://www.atpress.ne.jp/releases/317517/LL_img_317517_1.jpg
図1:オトヒメクラゲ
黒潮生物研究所、新江ノ島水族館、アクアワールド茨城県大洗水族館は高知県土佐清水市、神奈川県藤沢市江の島、茨城県東茨城郡大洗町でそれぞれクラゲの採集調査を実施し、合わせて16個体の正体のわからないクラゲを採集しました。これらのクラゲについて形態観察とDNA分析による分類学的精査をおこなったところ、ヒドロ虫綱花クラゲ目ウラシマクラゲ科の新属新種であることが明らかとなりOctorhopalona saltatrix(学名)、オトヒメクラゲ(標準和名)と命名しました。
ウラシマクラゲ科はウラシマクラゲ属、ワタボウシクラゲ属、Halimedusa属(和名なし)の3属、4種が知られています。これらのクラゲたちは、傘の縁に触手を4本(4群)、放射管*3を4本もつことが知られていました。それに対し、オトヒメクラゲは触手を8本、放射管を8本もつため、他種とは容易に区別することができます(図2A-B)。
触手には、まち針のような形をした刺胞の塊が多数並んでこん棒状になっています。そのため、属名にはギリシャ語で「8本のこん棒」を意味する「Octorhopalona」を採用しました。傘は1cm程で丸く透明、各触手の基部から傘の表面に沿って8列の外傘刺胞列*4(がいさんしほうれつ)が伸びることも特徴です(図3A-E)。その他、傘の大きさや傘の形状、内傘にある角状突起、口柄支持柄(こうへいしじえ)、口柄の長さなどの形態特徴の組み合わせ、DNAの塩基配列の違いによりウラシマクラゲ科の新属新種であると断定しました。
この研究成果は2022年6月21日に、スイスの学術雑誌「Animals」に掲載されました。
[掲載論文]
掲載誌 :Animals
論文タイトル:Octorhopalona saltatrix, a new genus and species
(Hydrozoa, Anthoathecata) from Japanese waters
(日本産の新属新種Octorhopalona saltatrix(ヒドロ虫綱、花クラゲ目))
著者 :Sho Toshino, Gaku Yamamoto, Shinsuke Saito
(戸篠 祥[1]・山本 岳[2]・齋藤 伸輔[3])
[1]黒潮生物研究所 [2]新江ノ島水族館
[3]アクアワールド茨城県大洗水族館
日本で出現し、同じウラシマクラゲ科に属する2種
【A】
画像2: https://www.atpress.ne.jp/releases/317517/LL_img_317517_2.jpg
図2A:ワタボウシクラゲ(標本)
【B】
画像3: https://www.atpress.ne.jp/releases/317517/LL_img_317517_3.jpg
図2B:ウラシマクラゲ
画像4: https://www.atpress.ne.jp/releases/317517/LL_img_317517_4.jpg
図3 オトヒメクラゲ(標本)の各部形態
A:口柄
B:8本の放射管(上から見た図)
C:8本の触手(下から見た図)
D:触手の基部にある眼点
E:こん棒状の触手
スケールバーは0.5mm
■研究の背景
実は、今回記載されたオトヒメクラゲOctorhopalona saltatrixは、以前からその存在がクラゲ研究者たちの中でひそかに知られていました。日本の沿岸域で毎年主に春から夏にかけて出現する「ウラシマクラゲ」の中に、似ているけれど触手の数が異なる正体のわからないクラゲが紛れて何度か採集されていたのです。このクラゲはウラシマクラゲの奇形とも考えられていましたが、長年正体はわからないままでした(★)。
そのなかで、2005年9月と2006年8月に、本稿の著者の一人、アクアワールド茨城県大洗水族館の齋藤が、定期的に行っていた茨城県大洗漁港でのクラゲ採集調査の中で、図鑑には載っていない謎のクラゲを採集しました。当時、資料などで調べたものの、結局種の同定には至りませんでした。その後、2008年12月の調査でも、再度同じクラゲを採集したため、知り合いの研究者に同定を依頼したものの、結局正体はわからないままでした。
時は流れ、2015年の8月、著者の一人で当時学生だった山本(新江ノ島水族館)が、神奈川県江の島でのクラゲ調査の中で、謎のクラゲを採集しました。そして、同年に開催された日本刺胞動物・有櫛動物研究談話会(NCB)の研究発表でそのクラゲについて発表をしたところ、その謎のクラゲは茨城県で齋藤が採集したクラゲと同じものであることが分かったのです(※この時点で齋藤・山本は★の状況を知りませんでした)。その後、クラゲ類の分類学者である戸篠(黒潮生物研究所)も高知県土佐湾でこのクラゲを採集し、2021年までに茨城県、神奈川県、高知県の3県で計16個体の標本が採集されました。
それらの標本をもとに、戸篠を中心に本格的に研究(標本の形態観察やDNA分析、論文の執筆など)を進め、この謎のクラゲがウラシマクラゲ科に属する新属新種のクラゲであることを突き止めたのです(※模式標本*5は2008年に大洗で採集された個体)。
■和名「オトヒメクラゲ」命名について
オトヒメクラゲの和名は「浦島伝説」に出てくる「乙姫」に由来します。外見が本種に近縁の「ウラシマクラゲ」に似ていること、それに比べて最大サイズが少し小さいことから、この和名を選定しました。学名はOctorhopalona saltatrixで、「8本のこん棒を持つ踊り子」という意味が込められています。8本のこん棒を持つと聞くと少し物騒なイメージですが、8本の触手を広げながらぴょこぴょこと踊るように泳ぐ姿はとても可憐です。
■今後の展望
ヒドロ虫類は、そのほとんどが数mmから数cm程の小さいクラゲです。そのため、身近な海に生息しているにもかかわらず、その存在に気付かれることは少ないです。しかしながら、微小なクラゲたちを含め、海にはまだまだ多くの未記載種*6が存在すると考えられます。その中でもウラシマクラゲ科は、2年連続で新種が記載されるほど、未解明なことが多いグループです。季節的消長や出現動態、行動や生活史についてはほとんど知られていません。
これからも引き続き海洋生物の採集調査・研究を行い、ひとつひとつ情報を積み重ねていきたいと思います
■本発表のまとめ
・2008年から2021年にかけて、茨城県、神奈川県、高知県で採集したクラゲの標本を分類学
的に精査したところ、ヒドロ虫綱の新種であることがわかり、学名Octorhopalona saltatrix、標準和名 オトヒメクラゲと命名しました。
・オトヒメクラゲは、ヒドロ虫綱、花クラゲ目ウラシマクラゲ科の仲間です。
2021年に江の島近海から発見された新種のワタボウシクラゲも、同じウラシマクラゲ科です。
・オトヒメクラゲはこれまでに見つかっているウラシマクラゲ科のどの種にも見られない独特な
形態的特徴を備えていたことから、新しい属*1であるオトヒメクラゲ属(新称)Octorhopalonaを設立しました。本種はウラシマクラゲ科の新属新種です。
画像5: https://www.atpress.ne.jp/releases/317517/LL_img_317517_1.jpg
図1:オトヒメクラゲ
オトヒメクラゲ(乙姫水母)
学名 Octorhopalona saltatrix
分布茨城県、神奈川県、高知県で確認。
傘の直径が1cm程の小型種です。触手を8本、放射管を8本もちます。
<専門用語の解説>
※1 属
いくつかの種が集まった集団。生物分類の基本的階級の1つ。属の上には科、科の上には目、綱、門がある。
※2 科の定義
科の形質(形態的特徴、生活史の情報)などについて記述したもの。記相(Diagnosis)とも呼ばれる。
※3 放射管
体の中心にある胃から放射状に伸びる栄養を送るための管。クラゲの種類を特定するためには、放射管の本数や形状が重要な手がかりとなる。
※4 外傘刺胞列
傘の外側(外傘)にある筋状の刺胞列。刺胞列は多数の刺胞が配列するため、筋状に見える。ウラシマクラゲ科ではオトヒメクラゲとウラシマクラゲに見られる。
※5 模式標本
ある生物に学名を与えるときに、その基礎になる標本。
※6 未記載種
論文などで分類学的記載がなされていない未発表の種。未記載種が論文などで発表され新しく認定(記載)されたものを「新種」と呼ぶ。